2016年【隼人】41 いまの隼人には、なにも期待できない
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指定暴力団巖田屋会。
戦後まもない頃、警察だけに●島県の治安維持を任せられないと、さながら正義の味方のように集まった若者たちが母体となって生まれた極道組織だ。
日本の高度経済成長期までには、●島県には巖田屋会しか極道がいなかった。そのため、県内における影響力は計り知れないほどの地盤が固められている。
二〇一六年の七月現在までに、大きな抗争は三度起きている。
第三次●島県抗争と呼ばれたものは、三年前に勃発した。
無双組と呼ばれる、日本で最も巨大で有名な暴力団との事件を発端として、巖田屋会で内部紛争が引き起こされたという事件だ。
この内部紛争によって、組織はいわゆる老害と呼ぶべき膿を取り除くことができた。一新された巖田屋会は、沖田総一郎を会長に襲名することで、一枚岩となって強固なものとなる。
隼人は総江と階段をのぼりながら、巖田屋会の歴史を教えてもらっていた。話半分に聞いていると、そういえばと有沢とのやりとりを思い出す。
終業式は昨日のことだが、ずいぶんと遠い昔のことのように思える。最後に見た有沢の顔や言葉を思い出して、腑に落ちた。
あいつ、総江がヤクザの娘だって知ってやがったな。
二階と三階をつなぐ踊り場で、先を歩く総江の言葉にようやく感情がこもる。
「黙っていて、ごめんなさい」
いままでの説明とはちがう色を感じた。総江の生の言葉だ。聞き役に徹していた隼人は、乾いた唇を広げる。
「やり方がえげつないですね。ヤクザと関わるのが嫌でも、もう抜け出せないじゃないですか」
「その口ぶりだと『獣の刻印』の説明を受けたのかしら?」
「そうっすよ。部長がオレの症状を抑える唯一の存在なんでしょ。考えましたね。触れられなければ、一緒に行動してても貞操を守れますもんね。でも、言っときますが、こんなやり方をしなくても、手は出しませんよ。遥に未練タラタラだし、それになにより」
「自分の夢だから、はめるような真似をしなくても力になった――かしら?」
無性に苛立つ。言い当てられただけで、こんなに感情が揺さぶられるのは異常だ。
「そうっすよ。正直、激しくムカつきましたよ」
「でもね、隼人。夢とか甘いことを口にしているようでは、最後まで走り抜けれないんじゃないかしら」
「喧嘩売ってんすね?」
「事実を述べているだけよ。UMAに関わったことで隻腕になったユウジさんでさえ、まだまだ夢を叶える途中なのよ。彼がUMAを追いかけ続けるのは、諦められない理由があるからに過ぎない」
「その言い方だと、オレの夢はたいしたことない。ペラペラで薄いってことですか?」
「決まってるでしょ。背伸びしたところで、私たちは中学生なんだから」
まるで大人のような台詞だ。階段の段差分だけ、総江とは立っている場所にちがいがある。地下から一階に向かいながら、文字通り上からの発言を受けている。
「だいそれたことを言っても、ガキってことですか。でも、がんばれますよ。必死でね」
「それが甘いのよ。私たちの頑張ったとか、必死になったとか、本気の大人にとっては当たり前のレベルなんじゃないかしら。しかも、それを瞬間的ではなくて、目的を果たすまで続けられるものかしらね?」
即答できない。
その時点で、答えは決まっているようなものだ。見栄をはるのが、なによりも格好悪いように思えて、素直になる。
「普通は無理ですかね」
「隼人のいうとおりよ。普通は無理。そして普通なら、それで構わないの。でも、妥協するわけにはいかいなら、どうする? 普通を言い訳にしたら未来が閉ざされるとすれば、なにを犠牲にしても、呪われても、命をかけてでも、やるべきことをやるよね?」
総江には、隼人の先を歩く理由があるのだろう。
中学校の屋上で、一人でUMAを探さなければならない宿命があるのだ。彼女の必死さが、ひしひしとそれを感じさせる。
「無論、最善を尽くしたとしても、結果はなにも変わらないのかもしれないけどね」
「オレを『獣の烙印』って呪いにかけといて、なんすか、それ」
階段を登りきる。隼人が総江の横に並ぶ。二人の身長差は、ほとんどなかった。
肩を並べながら、主導権を握った気分で隼人はたずねる。
「こっちは、UMAに巻き込まれたことで、命かけなきゃなんなくなってるんですよ。それなのに、結果は変わらないかもって。まるで、オレの力になんの期待もしてないような言い方じゃないですか」
「ええそうよ。いまの隼人には、なにも期待できないもの」
ここまでボロクソに言われてるのに、ぐうの音も出なかった。
初恋を成就できなかった中学二年生には、誇れるものなんてなにもない。
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