2016年【隼人】40 たかが巖田屋会組長の娘ってだけ
「ちなみに、このクソ馬鹿ジェイロの場合は、好きな女に触りにいって、苦しんだ挙句にオレの説教を受けることになってるからな。ありえねぇ。普通じゃねぇ」
「つまり『獣の烙印』をもってしても、おれの愛は阻めないって話だな」
歯の浮くようなセリフを口にしながら、ジェイロは得意げに笑う。イリヤも嬉しそうに尻尾を振る姿を見て、お互いに恋心を持っているのだと、隼人は思った。
馬鹿だけど、すごいことだ。
同じ種族でもないのに愛を育んでいるのは素晴らしい。あくまで想像だけれども、下半身が魚類ならば、セックスできなくて、子供ができなさそうだし。それとも、都合よくマンコはどこかにあるのか。
水に浮かんでいるイリヤを見ても、マンコは見当たらない。下半身ばかり視線を向けるのは失礼だ。興味はなくても、彼女の手元も観察する。
イリヤは手を動かして波を立てている。水中に漂う白いものを運んでいるようだ。
「マジか、こいつら。交尾してたのかよ」
ユウジの発言が理解できなくて、隼人はなにも言えなかった。
「やめろって、イリヤ! 気持ちわるいもんみせんな。排卵したものに精子送りこもうとしてんじゃねぇよ」
「え? あの白いのって精子? てことは、オレってさっきまで他人の精子が漂う水の中に、入ってたってこと?」
誰の精子か知らないが、最悪だ。体や服についていないかを確認して安心を得たい。自分の濡れている箇所を大雑把に見ている最中に、イリヤがズボンの裾をつかんできた。
「まさか、ズボンに精子がついてるの? もう回収しても受精には使えないと思うけど」
「んー!」
イリヤは首をブンブンと振る。ズボンをつかむ手は、隼人の体を這い上がってくる。
「おっふ」
チンコを握られた。でかさを確認し終えると、イリヤは水の中に沈んでいく。
「なんだったんだよ、いったい?」
隼人が戸惑っていると、水中からイリヤの手だけが出てくる。まるで手コキするようにいやらしい動きだ。
「里菜がいなくなって、姫も本性を現してきたか。坊主の精子も欲しがってるぞ。こいつ、フェラとパイズリで絞りとってくるから気をつけろ」
「発言に気をつけろ、ユウジ! イリヤ姫はそんな淫乱じゃねぇよ」
「あー、そうか。無視し続けたら、諦めてくれるから淫乱とは違うのかもな」
「その言い方だと、こちらがその気なら抜いてくれるってことですか?」
「抜いてくれるけど、親になる覚悟は持っておけよ」
「責任がとれませんし、認知しませんよ」
だいたい、人魚との間に子供ができて、遥が祝ってくれるとも思えない。それに、子持ちでも挿入経験はないので童貞のままではないか。
子持ちの童貞――訳のわからない異名を手に入れるぐらいならば、遥に挿入して子供を産んでもらって幸せに暮らして、めでたしめでたしという人生を送りたい。
「子供ができるかもって、不安なら杞憂に終わるわよ。浜岡博士の研究資料によれば、人間と人魚の間で、交尾による繁殖は確認されていないからね」
この透き通る声は、隼人にとっては聴き慣れつつあるものだ。
金髪のポニーテールが、歩くことで尻尾のように揺れている。人魚姫とは、またちがった美しさを持っているひとつ年上の女性だ。
ユウジから『獣の刻印』の話を教えてもらってから、総江が近くにいるのは隼人にも予想できていた。
「部長? 色々とききたいことがあるんですけど」
「隼人の疑問には、きちんと全部答えるわ。約束する。だからこそ、その前に筋を通す時間をあたしにもちょうだい」
反論を認めない総江の物言いに、幼い頃の記憶がよみがえる。
女性に恥をかかせるなと、兄貴肌の男に教わったことがある。だから隼人には、うなずく以外の選択肢がなかった。
総江はユウジに対して、深々と頭を下げる。
「お久しぶりです、ユウジさん。あのときのお礼を、ずっとしたいと思っておりました。遅くなってしまいましたが、ありがとうございました」
「あのときって、どのときだ? まさか、オレが中学のときに助けた誰かか?」
「ちがいます。シャイニー組の手から救ってくれたのですが、覚えてませんか?」
総江に対して興味なさそうにしていたユウジが、おもむろにサングラスを外す。鋭い瞳で総江を見つめていたが、みるみるユウジの表情は柔らかくなる。
「もしかして、沖田総一郎の娘か? でかくなったなぁ。元気そうでなによりだ」
まるで親戚の子に再会したような口ぶりだ。正月ならば、お年玉を渡しているテンション。しかも、かなり奮発して包むだろう。
こんな姿のユウジを見るのが新鮮なのか、なにか言いたそうにジェイロとイリヤは顔を見合わせている。
「へー、むー大陸に来る前から、人助けしてたんだな。さすが、ユウジは正義の味方だなー。すごいなー」
「だまれ、ジェイロ。棒読みで人を茶化してんじゃねぇよ」
サングラスを外したことで、ユウジの睨みは更に磨きがかかっている。無茶苦茶こわいのに、ジェイロは顔を横に向けて口笛を吹いてやり過ごす。彼も中々の肝っ玉だ。
「それで本題です」総江が切り出すと、ユウジはサングラスをかけ直した。
「恩返しの意味をこめて『獣の烙印』から解放される情報を持ってまいりました」
「親父さんから聞き出したのか?」
「ええ。久しぶりに喋りましたよ」
総江は露骨に嫌そうな顔になった。なんだか、ユウジの前だと総江の表情は豊かだ。
「父の話によると、岩田屋ネッシーの血が必要になるようです」
「やっぱ苦労して連れてきたのは、間違いじゃなかったってことか」
「そうなりますね。ですが、岩田屋ネッシーを捕獲する必要が出てきました。これは、骨が折れそうです」
「そうか? んなもん、オレがラーメン食いにいくついでに、捕まえてくりゃいい話だろ」
「それ。おれもついて行きたいんだけど」
心の声が漏れたのかと、隼人は自分を疑った。だが、喋ったのはジェイロのようだ。
「そんなに、ラーメン食いにいきたいのか? お前、イリヤ姫と離れすぎたら死ぬんだぞ」
「ちがう。ネッシーを捕まえにいくときについて行きたいんだ」
「そっちのほうが、馬鹿げてるぞ。足でまといは、あのくそったれの神様のところにたどり着けねぇんだからよ」
「大陸で一緒に戦ったおれの実力を忘れたとは言わせんぞ」
「烙印を刻まれた時点で、オレの求める強さのレベルが大陸時代と同じわけねぇだろうが」
「なんだよ。条件が厳しくなんのか」
「たりめーだろ。オレが苦手としてることをカバーできんのか? いまのジェイロ程度で出来るとは思えんがな?」
ジェイロに向かってユウジは指を向ける。射撃するような動きをして「バーン」と言う。
「ユウジさん。この下の階に射撃場があります。好きに使ってもらって構いませんよ」
「テストには、もってこいだな。じゃあ、行くぞジェイロ」
「いや、テストなんてパスさせろよ。おれとユウジの仲だろ?」
「ガタガタうるせぇぞ。来い」
ジェイロの首根っこをユウジは掴む。そのままジェイロを引きずって歩いていくが、しばらくしたら足を止めて振り返った。
「見にこないってことは、総江嬢には、結果が『計算』できてるってことなのか?」
「ええ、勿論。それに、優先順位を見失うつもりもありません。私には隼人に対して筋を通す義務がありますからね」
「立派だな。でも、あんまり頑張りすぎんなよ。ガキはガキらしくしてねぇと、ひねた大人になっちまうぞ」
「お優しい言葉をありがとうございます。ですが、子供らしくできる環境ではありませんからね。仕方ないんです」
「そんなに特別なことか? たかが巖田屋会組長の娘ってだけだろ?」
曖昧に微笑む総江のすぐそばで、隼人は冷や汗をかいた。
巖田屋会。
どこかで聞いた名前だ。里菜の自己紹介で耳にしたのだと思い出した。
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