2016年【隼人】39 Unity Majority Animal(大多数を統一する動物)
「もしかして、ネッシーって萬守湖にいる水棲獣のことを言ってるのかな~とか思ったんですけど」
「やっぱりか。坊主、誰の断りをもって、岩田屋ネッシーを見てんだよ」
「岩田屋ネッシー? 萬守湖の水棲獣ならマッシーって名付けるべきなんじゃ? ほら、鹿児島の池田湖のはイッシーですし。他のとこだって。だから、湖のは『なんとかッシー』が基本でしょ?」
「巨大ウナギが正体のイッシーと一緒にすんな。オレが大陸から連れてきたのは、ネス湖のネッシーと同じ種族なんだぜ。だからこそ、岩田屋ネッシーってオレが名付けた。文句あるか?」
「ネーミングには文句ないです」
「には? じゃあ、なにに文句あんだ?」
「池田湖のイッシーの正体に関してですかね。ウナギが正体って噂はきいたことありますよ。けど、まだ捕まってないじゃないですか。だったら、ネッシーと同じ種族の水棲獣の可能性もあるんじゃないですか」
「イッシーを含めた日本の水棲獣とネッシーには、確実な相違点があるんだよ」
「相違点? 目撃情報が載ってる本をいっぱい読んできましたけど、そんなものがあるってどれにも書いてませんよ」
「お前、羽佐間先生のUMA本を読んだことねぇんだな。オレが高校生の時に出版された本には、ネッシーに関する『呪い』について示唆されてたぞ」
「羽佐間先生の本ならむっちゃ最近読みましたけど」
総江から勉強のために渡された本の大半に、羽佐間という著者が出版に関わっていた。大陸からネッシーを連れてきたと豪語する男すらも、『先生』と呼ぶのだから、羽佐間という人はUMAに近い人物なのだろう。
「じゃあ、読み飛ばしたんだな。本文じゃなくて、掲載されてる写真についてるコメントに書かれてたから目立たなかったのかもな」
「かもしれませんね。でも『呪い』って? いったいどういうことなんですか?」
レスポンスの速かったユウジが、いきなり口を重くする。
「さてと、どうしたもんか。オレの体に『獣の烙印』を刻ませるわけにはいかねぇから、話せることは限られてるんだよな。説明するには、どーするのが一番いいのか」
ユウジは咥えていたアイスの棒を指にはさんで、タバコの煙を吐くように深い息をつく。
「そっか。ジェイロの体に『獣の烙印』が刻まれてる。おい、坊主に見せてやれよ」
「そりゃ、いいけど。いやらしい目を向けてきたら、すぐに隠すぞ」
「坊主、ムカついたらジェイロを殴ってもいいからな。オレが許す」
「ムカついてはいませんよ。きもいとは思いましたけど」
隼人の辛辣な言葉が聞こえていなかったのか、ジェイロは何食わぬ顔で自らの肌をみせつける。
痣。
彼が意識を失っている時に掻きむしっていた箇所だ。まじまじ見ていると、単なる痣がまるで絵のように思えてきた。
簡略化された水棲獣の形。
「こいつはUMAが、生命ある獣に与える呪いだ。それが『獣の烙印』だ」
「UMAが呪ってくる? そんなやばいんですか?」
「ちょっと待て。ひとつ質問だ。坊主が言ってるUMAってのは、なんだ?」
あらたまっての質問に戸惑ってしまう。答えはひとつしかない。
「アンディファレント・ミステリアス・アニマル」
即答したが、どうしても発音は英語ではなくてカタカナ言葉のようになってしまう。
「オレが言ってるUMAは、それとはちがう。Unity Majority Animal。大多数を統一する動物。つまりは、神だ」
ネイティブな英語の発音ができなかったとか、すごくどうでもいいことになった。
いままでの隼人はUMAに関して、無知すぎたようだ。
「初めて聞きましたよ、そんな言葉」
「むー大陸では宗教の信仰対象に捧げる言葉にもなってるぐらいメジャーな言葉だが」
ぶつぶつとジェイロは『Unityなんたらと』口にしながら、手を合わせる。まるで祈りだ。厳かな表情で目を閉じている。
「呪いが発動するまでには、いくつかの条件があってな。呪われたものは、ほぼ間違いなく死ぬ。そして死ぬときに、残りの寿命ごとUMAに魂を食されて、輪廻転生の輪から外れるって話だ。オレには理解できないけど、それを救いだと思ってる連中がいるみたいだがな。オレには理解できないが」
力強く連呼するユウジは、皮肉めいた笑みを浮かべる。救いを求めて死んだ連中のことを思い出したのかもしれない。彼の過去になにがあったのかわからない。わかるのは、ユウジがなにがなんでも生き残るという精神の持ち主だということだ。
「で、呪いの発動条件についてだが。きちんと理解してるんだったら、説明できるよな? ジェイロ?」
勿体づけるように片目ずつ開き、ジェイロは得意げにうなずく。
「条件のひとつ目は、神を目撃すること。おれの場合はネッシーを見たんだがな。他にも空飛ぶ生物と地を這う生物がいて――」
「いまは関係ないことを話さずに、続けろ。脇道にそれず最速で走り抜けろ」
他にも神と呼ばれるUMAがなんなのか気になる。ユウジが注意しなければ、知れていたのに。残念だ。そんな風に考えて、隼人は現実逃避をしているのかもしれない。
本当に残念なのは、隼人が一つ目の条件を満たしていることなのに。
「二つ目の条件は、その目撃した話を誰かに語ること。おれはイリヤ姫にきいてもらった」
岩田屋ネッシーを見たと、隼人の場合は沖田総江に話している。
『あなたは呪われたわ』
いまにして思えば、総江に夢を語ったとき、呪われたと言われているではないか。
総江もなにかを知っているのか。まじか。
考えをまとめる暇もなく、ジェイロは話を続ける。
「三つ目の条件は、ちょっとハードルがあがる。目撃情報をきいた側に依存されるからだ。一パーセントの疑念を持たずに、目撃情報を信じる必要があるからね」
ちょっと上がったハードルも、隼人はクリアしているかもしれない。
かもしれないと考えてしまうのは、『獣の烙印』に心当たりがないからだ。風呂に入ったとき、独特な形をした痣は体に刻まれていなかった。だから、大丈夫だと――
「坊主、首筋に痛みを感じたことはないか?」
「首のこりですか? 肩こりみたいな」
「そうじゃなくて、首筋に『獣の烙印』が刻まれてるって話だ。死角だから見えないだろ?」
「そんな、まさか」
首筋を触ってみたが、どこにあるのかわからない。鏡を探してみたが、都合よくみつからなかった。水の反射を鏡のかわりにしてみる。
顔が写ったと思ったが、水中から浮かびあがってきたイリヤだった。隼人を怒らせたくせして、心配そうな顔を向けないでくれ。
UMAがもたらす呪いの否定を、どうしてか頭が拒んでいる。
どんな形にせよ、UMAというものが隼人にとって身近な存在になるのが嬉しいとでもいうのか。
「ジェイロの話を補足する。『獣の烙印』が刻まれたものは、血の一滴、断末魔の感情に至るまで、全てが神の供物となる」
隼人の耳には、ユウジの話がほとんど入ってこない。
「供物には、二度の苦しみの後に、三度目に確実な死を与えられる。浜岡博士ってやつに言わせれば、下準備の最中なんだとよ。神様がよりうまい形で食いたいんだろうな。知恵を持った獣の寿命を」
確実な死。それ以外の情報は、別にあってもなくても隼人にとってはどうでもいい。
「にしても、不思議だな。予備知識がなにもないくせに、なんで生き残ってるんだ? 無知ゆえに、その日のうちに死んだ人間をオレは何人も知ってるから、坊主みたいなケースは珍しいぞ」
「無知ゆえにって、どういうことですか?」
「供物に施される下準備が起きるタイミングってのは二つあるんだ。UMAの目撃談を信じた相手に触れる。あるいは、目撃談を信じた相手から離れすぎるか。しかも、これって知ってたところで避け続けるのは厳しいからよ」
隼人は頭が回らなくて、どれだけ難しいのか想像力が追いつかない。とにかく、いまの隼人にとってはジェイロが希望にみえた。『獣の烙印』を刻まれても生き続けている相手に熱い視線を送っていると、ユウジがため息をつく。
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