2016年【隼人】38 遥のこと知らねぇのに、バカにすんな


   13


 岩に腰掛けて、ユウジは足を組んでいる。

 彼の足元には、岩の欠片が散らばっていた。「座り心地が悪ぃ」とぼやきながら、ユウジは岩を蹴り砕いたのだ。まるで、砂場で作った城を壊すように、軽いノリでの改築だった。

 一部始終を目の当たりにした隼人は、この人もUMAなのではないかとパンツ一丁の姿で疑っている。


「濡れた服を脱げって命令は、暗にこれからの説教が長くなるってことかよ、ユウジ?」


「お前から質問してんじゃねぇよ。だいたい、なんでジェイロがここにいるんだよ?」


「鍵あいてたから、抜けだし――あぶっ」


 おもむろにユウジはジェイロの腕を蹴る。ジェイロも隼人と同じでパンツ一丁姿なので、素肌への攻撃は痛そうだ。それでも勇次が手加減をしたのか、はたまたジェイロの体が頑丈なのか、痛そうにしているが骨は折れていないようだ。


「おい、説教くらってんのに、なんであぐらかいてんだ? とりあえず正座しろ」


「星座? こんな建物の中じゃ、星の巡りを読むことは無理だって」


「このタイミングで、お前の母ちゃん直伝の占いを頼むと思うか? 日本語わかんないふりして、とぼけてんじゃねぇよ。前みたいに騙されんからな」


「いちゃもんつけてんのは、ユウジだ。おれは自分のことを日本に詳しい男だと思ってた。でも、かーさんから全てを教わってないって知った。まさか、日本では下着で汗を拭く風習があるなんてな」


 ユウジ、ジェイロ、イリヤの視線が隼人に集まる。注目されて変な汗をかく。そういうときは、いまも握りしめている里菜の下着で拭くに限る。


「やってくれたな、小僧。てめぇのせいでややこしくなったじゃねぇか」


「あ、すいません」


「謝るんなら、お前も正座しろ。手本みせろ、ほら並べ。殺すぞ」


 逆らって殺されたくないので、隼人は素直に従う。

 ジェイロは素直に隼人の真似をして、隼人の横で正座をする。イリヤもやろうとしているが、できていない。水中でぐるっと回転したので、バシャバシャと水しぶきがあがる。


「なんだ。これが正座なのか。知ってるぞ。ブレイド時代に、いまみたく折り曲げた太ももの上に石を置く拷問を体験したことがあるからな」


 ジェイロの軽口に勇次は頭をかいた。


「じゃあ、今度からは正座じゃなくて、拷問のポーズやれっていうよ」


「そうしてくれ」


「余裕ぶってんじゃねぇよ。なんの話してたか忘れただろうが」


 煙にまこうというジェイロの話術だったのかもしれない。だが、巻き込まれて正座をしている隼人は、そうはさせじとジェイロの足を引っ張る。


「えっとですね。彼が、どうしてここにいたのかを訊ねてましたよ」


「そうだった。でかした、小僧」


「じゃあ、オレはそろそろ正座をやめてもいいすか?」


「だめだ。雑魚なのに自分のことをオレとかいってる中学生は、ムカつくから許さん」


「ええっ、なんすかそれ」


「うるせぇ、殺すぞ」


「殺さないでください。わりとマジで」


「で、話を戻すが、ジェイロがここにいる理由だ。話せ」


 怯えるだけ怯えさせておいて、ユウジは隼人を無視して話を進める。


「単純な話だけど、部屋から抜け出しただけだよ。さっきの訛りの強い女が、ウンコまみれで移動してるのも見たし」


「そういうことか。里菜の怠慢ってわけだな。最初の鍵閉めでまわってるときに、中の確認を疎かにしやがってからに」


「お言葉ですが」


 里菜の頑張りを知っている隼人は、黙っていられ――


「あ?」


「いや、なんでもないです。ごめんさない。黙っています」


「ちょっと待て。別に怒ってないから話せよ」


 嘘だ。サングラスの下が優しい瞳だとは思えない雰囲気だぞ。だが、黙っているほうが神経を逆なでするような気もする。助かりたくて、隼人は勇気を振り絞る。


「きっと里菜さんは、部屋の鍵をしめるときに、ちゃんと中の確認はしたはずです。でも、どんなカメラにも死角があるから、それで」


「小僧、酒のんでるのか? 結局、死角にいるって思い込んでた里菜が悪いだろ。あの女の色気に酔ってるんだな。酒よりたちがわるい」


「すんません。そうかもしれません。だって、里菜さんが好みなのも事実ですし」


「ちなみに、おれはイリヤ姫が最高だと思うな」


 ジェイロが男前なセリフをイリヤに向かって口にする。


「ん!」


「里菜もイリヤもオレの好みでもねぇしな。てか、そんな話してたんじゃねぇんだ!」


 いらだち混じりにジェイロを軽く蹴ってから、ユウジは冷たい視線を隼人に向ける。


「小僧はどうせ、あれだろ? 好きな女子がいないんだろ」


「失礼な。いますよ」


「でも、里菜がいいとかいう程度の好きなんだろ。オレが惚れてる女に比べたらたいしたことがねぇ女なんだろうな」


 いまのはムカついた。思わず立ち上がる。ユウジに睨まれた。正座を続けていればよかったと、後悔した。だが、心の中の遥が勇気をくれるのだ。ここで反論しなければ、遥に対しても失礼ではないか。


「遥のこと知らねぇのに、バカにすんじゃねぇよ」


 食べ終えたあずきバーの棒をユウジは噛み砕いた。

 歯を食いしばいながら、ユウジは楽しそうに笑う。


「いやいや、そうかそうか。それは、悪かった。オレはその子のことを知らんけど、お前が怒るほどの女だってことはよーくわかったからな。マジですまんかった」


「つっても、イリヤ姫のほうが可愛いんだろうけどな」


 善も悪も似合わない顔をしながら、ジェイロは好き勝手いいやがる。


「おい、調子に乗るなよ、ジェイロ。だいたい、誰が足を崩していいっつった?」


 いつの間にかあぐらをかいているジェイロは、鼻くそのついた指で隼人を指した。


「そっちの小僧は立ってるじゃないか」


「こいつはいいんだ。侮辱したオレにも非があったからな、正座させるのはしのびない」


 まさか遥のお陰で、ユウジから優しい言葉をかけられるとは思ってもみなかった。いい女に惚れているのだと誇らしくなる。


「ずるいぞ。そもそも、おれの非ってなんだよ」


「勝手にイリヤに会いに行って、あまつさえ触れちまったことだ。お前、自分がどうしてここにいるかわかってねぇんだろ?」


「おれがむー人と日本人のハーフだから、研究対象として保護してるんじゃないのか。日本人からしたら、このマンションにいる他のUMAと、おれは同じくくりなんだろ?」


「里菜の肩を持つわけじゃねぇが、他のUMAの相手のほうが楽だろうよ。感情で動くジェイロは、守田と同じでやりにくくてしょうがねぇはずだ」


「んなの知ったことかよ。とにかく、どいつもこいつも、おれとイリヤ姫の恋路を邪魔しすぎなんだよ。好きな子に会いにきただけだろ。なのに、くそが」


 悔しそうに、ジェイロは岩に拳をぶつける。血が出ていたように見えた。だが、ジェイロが唾をつけて拳をさすっているうちに、手の怪我は治っていた。


「多少の怪我は治るからって、無駄に体を傷つけてんじゃねぇよ」


「いや、治るからこそ、別にいいだろ。馬鹿かユウジ?」


「馬鹿だから試したいことあるんだけど、左でお前の顔面を殴っていいか?」


 ユウジには左腕がない。殴るとはどういうことかわからない。ジェイロが怯えていることから考えて、なにかしらの暗喩なのかもしれない。


「やめろよ。UMAころし使われたら、どうしようもねぇに決まってんだろ。いまのユウジの左腕は『獣の烙印』と同じ災厄なんだからな」


「なんか腑に落ちねぇが『獣の烙印』の危険性は、理解してんじゃねぇかよ。だったら、呪い解くまではアホなことは我慢しろってんだ。なんとかするために、お前らとネッシーをこっちに連れてきてんだから、それを無駄にすんな」


「ネッシー?」


 隼人は思わず呟いてしまった。

 話に横槍を入れるつもりはなかったのだが、ユウジやジェイロが視線を向けてくる。

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