2016年【隼人】37 UMAよりも注目してしまう

「イチャイチャしてる暇があるんだったら、さっさと守田をどうにかしてくれ」


 くわえた状態のアイスの棒を使って、ユウジはエレベーターを指していた。


「ユウジもついてきてくれんと困るで。いきなり襲いかかってこられたら洒落にならんやろ」


「里菜なら勝てるだろ。色々と武勇伝をきいてるぞ」


「アホか。うちは遠距離が強いだけやで。エレベーターみたいな狭い空間やったら完全に死ぬで」


「つってもな。まだジェイロに説教したりないんだよな」


「なに? ぼろ糞にいうてくれるん?」


「そのつもりだ」


「じゃあ、なんとかするわ。へこむ姿が見えんのは残念やけど、頼むで」


「へこむタマじゃねぇから、期待に添えるかはわかんねぇぞ」


 これから怒られると予告されたのに、とうのジェイロはイリヤと見つめ合っている。図太い神経をしている。それが面白くなかったのだろう。勇次はイリヤをおもむろに水の中に投げ捨てた。


「んん! んん!」


 抗議の表情を向けながら、イリヤは水中を物凄い速度で泳ぎ回る。


「巨乳の人魚を見て勃起させとるとこ悪いんやけど」


「勃起してませんよ。だいたい、オレは遥みたいに貧乳が大好きですし。いや、でも遥がこれから巨乳になるなら、それはそれで。だから、どんなのでも遥のおっぱいが」


「そんなんどうでもええから、ひとつ頼まれてくれんか、隼人?」


「なんすか、あらたまって? 里菜さんの頼みなら喜んで。あと、里菜さんのおっぱいも好きです」


「アホの子なんやな――ま、とにかく、モスマンをエレベーターに押し込んでくれんか」


「わかりました」


 駆け足で隼人はエレベーターまで移動する。里菜が歩いてエレベーターに来るまでの間に、仕事を終わらせておいて褒めてもらうつもりだった。


 さきほどのジェイロよりも、モスマンは重たい。

 地面を蹴るようにして、隼人はモスマンを押していく。ずるっと手が滑ったせいで、モスマンの腹あたりに綺麗な拳の形が刻まれているのに気づく。

 素手でモスマンを倒した証拠のようなものだ。

 

 里菜から頼まれた仕事も、ユウジならば一瞬で終わらせられるだろう。

 ユウジという人物の底が知れないのだ。身体能力ひとつとっても、隼人とは雲泥の差があるわけで。

 隼人はただモスマンを押すだけで、息が切れて汗をかいた。ユウジはあずきバーを食べる片手間でモスマンを倒したのだから。


 エレベーターにモスマンを押し込んだ。いまのいままでUMAに触れていたというのに、それよりも注目すべき存在がいる。

 尻尾を跳ねさせているイリヤよりも、人魚のせいで濡れているユウジに注目してしまう。

 隼人の身体が、ぶるっと震える。恐怖か、憧れか、なんの感情が自身に渦巻いているのか理解できない。

 

「ご苦労さまやったな、隼人。ほれ、汗ふいとき」


 遅れてやってきた里菜が差し出してきたものを、隼人は見ることなく受け取る。


「ありがとうございます」


 礼を言ってから汗をふくと、里菜が苦笑いを浮かべる。


「いやいやいや、ツッコミなしかい」


「え? なにがですか?」


「ボケ殺しされたんやったら、ええわ。さっさと行くで」


「オレも一緒でいいんですか。さっき、まったく役に立たなかったのに」


 部屋から外に出て里菜の手伝いをするつもりだったのに、結果は足を引っ張っただけだった。こんなことならば、安全な部屋でコトリと一緒にいたほうが良かったのではないか。


「UMA相手に立ち回るならば、あのユウジさんみたいな強さが必要不可欠なんじゃないんですか?」


「役に立たんかったこともないんやで。おねーちゃん、ちょっと感動したし」


 隼人の不安を感じ取ったのか、里菜は優しく笑ってくれた。AVのどの場面でも見せなかった表情だ。姉が弟に向けるような慈愛に満ちている。


「うちを助けようとしてくれたやんか。いや、マジであれにはキュンときたで。なんやったら、エレベーターで登ってる間、ホンマにイチャイチャするで?」


「あ、それは。その」


 顔を赤くしながら、隼人は最上階のボタンを押す。


「その階に、モスマンの部屋はないんやけどな? なんで、一番上を選んだんや?」


「いや、深い意味はないんですけどね、あはは」


 隼人の柔らかい表情がかたまる。

 鬼の形相で、ユウジがエレベーターに駆け寄ってきたせいだ。隼人が視認したときには、すでに走るスピードを緩めていた。

 隼人の全力よりも素早い動きで走ってきたのに、ユウジは息ひとつ乱れていない。


「ん? どないしたんや、ユウジ」


「イリヤから聞いたんだよ。そっちの小僧もジェイロと同じなんだってな」


「せやせや。その説明も頼もうと思っとったんや。でも、困ったな。うちの力やと守田くん動かせんで、さすがに――あ、あんなところにちょうどいい台車があるやん」


「わざとらしいぞ、里菜」


 里菜がニヤニヤして、部屋の隅に置いてある台車を指差す。隼人が場所を確認した瞬間に、風が吹いた。ユウジが飛ぶように移動し、台車を片手にすぐ戻ってくる。


「ほら、これでいいのか」


「サンキューやでユウジ。ついでに持ち上げて、載せてくれたらいうことないんやけどな」


「人使いが荒い女だな、ったくよ」


 毒づきながら、ユウジはモスマンを持ち上げる。片手でコンビニで買ったアイスの入った袋を持ち上げるように、軽い動きだった。モスマンを台車に載せると、隼人が口を半開きにしているのに気づいてくれた。


「どうした? 間抜けな顔して冷や汗かいてるぞ」


「あ、はい。汗ならふくの持ってますからお構いなく」


 里菜から受け取った物で汗を拭く。しかし、これは布面積が少ない。なにより、レースみたいな装飾が邪魔だ。ハンカチにこんなものは必要ないぞ。


「小僧。それ、下着じゃねぇのか?」


「いや、まさか。そんな」


 言いながら、布を広げていく。セクシーなパンティーだ。


「いまさら気づいても、もうタイミングを逸しとるから、なんも言わんでええからな!」


 里菜がボケてくれたのに、なんだか申し訳ないことをしてしまった。反省しつつ、隼人は素直な気持ちを口にする。


「てか、下着を持ってるんだったら履いてくださいよ。里菜さん、いまだってノーパンでしょ。刺激強すぎですからね」


「ツッコミせずに、ボケんなや。死ね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る