2016年【隼人】31 憧れが恐怖を塗りつぶす

「褒美がもらえるんなら、筆おろしよりも、サインがほしいですね」


「あくまで、オナニーにこだわるんやな。変わった趣味やなホンマに」


 呆れて笑うのは里菜だけでない。コトリも八重歯を見せている。さきほどモスマンに襲われそうになったのを忘れたように、目も輝いている。


「里菜様。その浅倉バカ人という男は、惚れた女に操を捧げるって決めておりまして」


 遥とセックスする。

 同級生の女子に言われると、さすがに恥ずかしくなってきた。隼人は反論できずに顔を赤くする。


「でも、ここに連れてくる前、うちとべろちゅーしたんやけど、それはよかったんか?」


「ああ、そんなのはいいんじゃないんすかね。こいつとハルは教室でキスするようなツワモノっすから」


「その話、詳しくききたいな――まぁ、いまは時間がないから後になるけどな」


 さっきまでのヘラヘラした態度が嘘のように、里菜は殺し屋の顔になる。スイッチでもあるかのような切り替わりだ。


「せやから、ついて来ても死ぬなや。自分の反応があってこそ、色恋話のおもろさが倍増するんやからな。わかったか、オナニーサイボーグ!」


「オナニーサイボーグ? あ、オレだ! はい、お手伝いします!」


「ま、素手はあれやから。パイソンでも持っていけや」


 うなずいた隼人に、里菜がパイソンを手渡ししてくれる。隼人の手におさまった拳銃は、ずっしりと重く、死体のように冷たかった。


「使い方はわかるか?」


「なんとなく。あ、でも。持ってるだけで安心はしますよ」


「いや、それやったらアカンやろ」


「それよりもコトリに部屋のカギの閉め方を教えてやってくださいよ。オレらが出たら、すぐに閉めてもらおうと思ってますから」


「ちょっと、勝手に決めるな。アタシは鍵をしめる気なんてないからな」


 にじり寄ってくるコトリに対して、隼人は首をかしげる。


「不思議そうな顔をすんな、バカ人。あんたが逃げ帰れる場所がないと困るでしょ」


「逃げるかよ。むしろ楽しんでくるだけだ。UMAがいるんだぜ、この部屋の外にはよ」


「頭いかれてるわね。あれは、ハルが見たでっかい鳥とは違うでしょ」


「でも、UMAって呼ばれる生き物は空想や都市伝説じゃねぇんだよ。だから、サンダーバードだって、やっぱりいたんだ。ちがうか?」


「かもしれないわね。あんなの見てしまったら、アタシも考えを改めざるおえないし」


「そこまでいうんなら、帰ったら遥に謝れよ」


 隼人からの命令に、コトリは目を丸くして唇を震わせた。その反応に、隼人は驚いてしまう。そこまで驚くようなことを言ったつもりはなかったのに。


「簡単に言ってくれるわね」


「ここから切り抜けるのに比べたら簡単だろ」


「それもそうか。じゃあ、楽勝で帰ってこいよ」


 八重歯を見せながら、コトリは優しい目になっていた。

 悔しいけど、顔はいいのだ。AVに出ていたらお世話になるかもしれないぐらいには可愛い。もっとも、性格があれだから、こいつにムラムラしたくはないのだが。


「どした? 心配してくれてるとか、らしくねぇな?」


「とにかく、帰ってこい。あんたには里菜様のビデオ貸してもらおうって思ってるから」


「本当に風呂場で、お前になにがあったんだよ!」


「楽しそうなおしゃべりを続けるんやったら、自分も残っといてもええんやで?」


 玄関で待ちくたびれた様子の里菜が、しびれを切らした。


「はよイキたいんやけど。二人で一緒にイクんとちゃうかったんか?」


「なんすかいまのセリフ。エクスタシーを感じる意味のイクってとらえたら、無茶苦茶エロいんすけど」


「あんまアホ言うなや。それが、最後の言葉になるかもしれんのやからな」


 そうなのだ。

 外にモスマンがいるというのに、不思議とこわくなかった。

 憧れが恐怖を塗りつぶしている。

 夢が近づいていることが身にしみるようにわかるのだ。

 狭い玄関で靴を履いていると、里菜がぽんと肩を叩いた。


「まぁ、無理はすんなや。どうせ、外に出た瞬間に、やばいと思うやろうからな。すぐにここに戻ってきてもええから」


「でも、それじゃあ、なんの役にもたってないんじゃ?」


「そうでもないで。うちはチートアイテムを使うからな。あんたが目立つ感じで、外に出て、そのあと部屋に戻ってくれるだけで、モスマンを欺けるんや」


「どういうことですか?」


「こういうことや?」


 囁くような声だけを残して、里菜が目の前から消えた。

 理解が追いつかない。

 履いたばかりの靴を意味もないのに脱いでしまった。慌てて、また履き直す。


「動揺しすぎやで。スカイフィッシュで作った透明マントや、えげつないやろ?」


 さきほどと変わらぬ位置から、里菜の声が聞こえた。まさかと思って手を伸ばすと、狙った通りに胸を鷲掴みにできた。


「どこ触っとんねん」


「事故です、事故――それよりも、すごいじゃないですか。覗きし放題っすね。おっふ」


 胸を掴んだことに対する反撃をくらった。チンコを握られてしまった。


「外に出てチンコつぶしたら、自分の役目は果たせたと思え。中に戻ってええからな」


 とどのつまり、憧れのAV女優にチンコを触られたら、役にたったということだ。

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