2016年【隼人】30 オレがオナニーサイボーグだ

 一九六六年一一月一五日深夜、TNTエリアを車で走っていたロジャー・スカーベリー夫妻とスティーブ・マレット夫妻の四人が乗った車がモスマンと遭遇した。

 廃墟となった旧発電所を通過中、モスマンは道路脇に立って車内の人間達を睨みつけてくる。

 約一分後、モスマンは背を向け、足をひきずるようにして去ったので、四人はその場から逃げ出した。


 TNTエリアを脱出しても話は続く。

 ポイント・プレザントへ通じるルート六二号へ入ったとき、翼を広げ空中を飛翔する動物が彼らを追いかけてきた。異様にぎらついた赤い目の特徴は、先ほど対峙していたモスマンと同じだ。


 時速百マイルを出しても、モスマンは振り切れない。大きなネズミが鳴くような「キィキィ」という声を出しながら迫る。

 だが、不意にモスマンは四人の視界から消えたのだ。


 この話を総括すると、車がないから逃げられないということか。いや、ちがう。追いかけてきても、手を出さないという話だと思いたい。


 モスマンの赤い瞳の上部分、人間でいうならば顔がある部分を覆う毛が動いた。目にかかる前髪を鼻息で動かすあの感じに似ている。というか、そこにしっかりと顔があるんじゃねぇか。


 鼻息を荒げてモスマンは、標的を絞った。モスマンが凶悪な鉤爪のついた足で床を蹴り、勢いをつけてコトリに迫る。


「コトリ!」


「へたに動くな童貞! 射線は通っとる!」


 床に並んでいたハンドガンを手にして、里菜が発砲する。

 やかましい音を間近で聞いただけなのに、隼人の尻の穴はキュッとしまった。


 連射した弾丸は、すべてモスマンの体に当たる。正確な射撃に、おそれを抱いたように、モスマンは後ろに向かってジャンプする。「キィキィ」という音が響くたびに、毛が動く。どうやら鼻も口もあるようだ。長い髪の毛の下に人間と同じような顔が隠れているのだろう。


 つまり、赤い瞳だと思われていたのは、胸筋が異常発達した胸だったのか。そんなものは隠しておけ。ブラジャーをし忘れていませんかね、そのおっぱい。

 モスマンは里菜を警戒したまま部屋から出て行った。ブラジャーをつけにいったわけではないだろうが、とりあえずは助かったようだ。


 それにしても、里菜の正確無比な射撃。格好よすぎだ。


「何発撃ったかもわかんないけど、全弾命中ですよね」


「当然やろ。百発百中は基本中の基本や」


「にしても、あれでも死なないんですね」


「えげつない生命力やろ。ビッグフットは、モスマンよりもきついらしいで。逃がさんかって良かったわ、ほんまに」


 ビッグフットもこのマンションにいる。ともとれる台詞を吐きながら、里菜は空薬莢を床にばら撒く。スピードローダーを使ってパイソンのリロードを終わらせてから、ライフルを拾い上げて装備を整える。そこまで見ていると、隼人も察した。


「外に出るつもりなんですね?」


「当たり前やろ。うちの仕事は、自分らだけを守っといたらええってもんでもないんや」


 里菜はパイソンをスカートのゴムにはさんだ。右手にライフルを持ち、左手で握る武器を選んでいる。

 その表情が、引退前のビデオのワンシーンと重なった。


「じゃあ、里菜さんは誰が守るんすか?」


 隼人の問いかけに、里菜は左手になにも持たぬまま顔を上げる。


「いまの見てないんか? うちの射撃能力なら、一人でなんとかなるで」


「だったら、引退前と同じ顔をしないでくださいよ。そんな儚げな表情されたら、不安になるじゃないですか」


「そういや、ファンやったとか言うとったな?」


「そうですよ。大ファンなんですよ。親父の部屋でAV見つけて、パッケージの表紙と裏表紙でオナニーさせてもらったのが、遠くの思い出ですよ」


「いや、そこはテレビかパソコンで見たらええやんか」


「新品で袋が破れてなかったんですよ。それを破いたら、親父に感づかれるじゃないですか。まぁ、結局、里菜さんで初めてオナニーしてから、一週間と持たずに全部の袋を破いてやりましたがね!」


「てか、ダンチョー。やっぱ見てくれてなかったんやな」


 ボソリと言った里菜の言葉は、ほとんど隼人には聞こえなかった。


「とにかく、里菜さんにはお世話になりっぱなしなんすよ。そんな人に借りを返さないで、なにがオナニーサイボーグですか! そう、オレがオナニーサイボーグだ!!」


「テンション上がりすぎて、わけわからんことなっとるで。落ち着け、落ち着け」


「はい、一回抜いてきます。トイレにこもります。いや、でもそんな時間はなかったんだ。里菜さん、オレを連れてってください。役にたちますから」


 断言した。自分になにができるかを考えてもいない。だが、里菜と共にこの部屋から出たい大きな理由が二つある。


 ひとつ目は、口に出した里菜への恩返し。

 そして、もうひとつ。モスマンというUMAがいたのだ。追いかけられるならば、追いかける。その延長線上にしか、UMAを捕まえる道はないはずだ。自分の夢を叶えるための方法だと、直感で理解している。


「つまり、命懸けで手助けするから、褒美として筆下ろししてっていうわけか?」


 憧れのAV女優とセックスができる。そういう企画物のビデオは、どうせ全部ヤラセだと思っていた。日本ってすごい。UMAも実在するし、憧れの女優に筆おろししてもらえる。なんて面白い世界だ。

 色んなことに興奮して勃起する。それでも隼人は、理性で自らの野生を押さえ込む。

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