2016年【隼人】27 コルトパイソン357マグナム

「なにがあった?」

「だまれ」

「はい」


 バスローブを羽織っているコトリに、隼人はそれ以上なにも訊けなかった。


「じゃあ、オレが体験したすごい話をきくか? 実はUMAのモ――」

「だまれ」

「はい」


 リビングのソファに二人で腰掛けながら、エアコンが出す風の音を聞いている。

 モスマンの衝撃を受けて隼人は体温が上がった。だから、エアコンの設定温度は低くしている。風呂上りのコトリにしても気持ちがいいのだろう。彼女は目を閉じて涼んでいる。


 ほどなくして、脱衣所に繋がるドアが開く。リビングにやって来た里菜は、コトリの制服を着ている。セーラー服がここまで似合う二〇代もそうそうおるまい。

 スッピンに制服だから、里菜が田舎のヤンキーに見えた。小遣い事情から化粧品が買い揃えられなくて、とりあえず頭を染めただけの女子みたいだ。こういう奴は学校にもいる。もっとも、ここまで美人はいないけれど。


 里菜がキッチンマットを蹴り上げる。

 床下収納がある。リビングを調べ尽くしたと思っていたが、まだまだ気づいていないことも多そうだ。


 隼人は目を凝らして里菜の動きを観察する。里菜が床下収納を開けるとき、スカートが揺れて、その中が見えた。

 ノーパンだ。ありがとうございます。すべての生命に感謝をこめて、いただきます。


「なに、マジマジと見てんだ、浅倉? ハルに言うぞ、おい?」


 コトリは睨みをきかせて、隼人を脅してきた。


「やめれ、遥には。もう見てない、見てないだろ。ほら、いまは可愛いコトリの目をみつめてるわけで」


「今度は、アタシを口説こうとしてんだ。さっきまでの男気はどこいったのよ。絶対に帰ったら告げ口してやろうっと」


「なんで、そうなるんだよ」


 最悪だ。このままでは、帰ってもろくなことにならないのではないか。

 帰る?


「てか、コトリ。帰れると思ってきたんだな?」


「まーね。風呂場で色々とあったから」


「色々って? 具体的には?」


「エロい妄想すんな。顔みりゃわかるぞ」


「してない、してない。オレのノーマルの顔が、これだ」


 もっとも、モスマンを見たあとなので、いつもより表情が緩んでいる可能性はある。


「それがノーマルだと、歩く変質者だな。そんな奴に詳しく教える義理はない。だから結論だけいう。とにかく、里菜様は寛大な心で、アタシがヤクザの名前を騙ったことを許してくれるみたい。もっとも、それどころじゃないだけかもしんないけど」


「それどころじゃねぇって?」


 てきぱきとした動きで、里菜は床下収納から武器を取り出している。

 ハンドガン、ショットガン、ライフル、弾薬。戦争がはじまるとでもいうのだろうか。そうなった時の敵は誰だ。まさかとは思うが、外にいるモスマンではないよな。

 隼人はソファーから立ち上がり、里菜に近づく。


「もしかして、外のUMAと戦うつもりなんですか?」


「のぞきやるとか、スケベやな」


「はい。魚眼レンズで君をのぞきました」


「なんや、そのフレーズ。サザンの曲かいな?」


 里菜はエロティカセブンを、ふんふんと歌いはじめる。詳しくは知らなかったようで、すぐに鼻歌は中断された。


「たとえばやけど、このハンドガン」


 そう言って里菜が隼人に見せてくるのは、六連式のリボルバーだ。シティハンターの冴羽が使っていたものと似ている。ただ、こちらのほうが、少し銃身が長い。


「このコルトパイソンでも、急所を狙い撃てば外の奴を殺せる。せやけど厄介なことに、ぶっ殺すわけにはいかんねん。あっちは、隙あらばタマとりにきよるのに、不公平やろ」


 使えそうな武器を並べ終えたのか、里菜は最後にタブレットをとりだした。


「よし、これも使えるみたいやな」


 タブレットを眺めながら、里菜はスマホを耳に当てる。彼女の険しい顔が、ホッとしたものに変わる。どうやら、すぐに電話が繋がったようだ。


「おー、階音先生。トラブル発生やねん。お嬢から聞いとるやろ? 童貞と処女を監禁するために、マンション使うって話。そうそう。で、最上階の休憩室兼武器庫あるやん。あそこの鍵を解錠するさいに、どうやら全部の部屋の鍵もあいてもうたみたいでな。うん、うん。うわ、その言い方かなり傷つくわ。心の弱い子やったら自殺しとるで」


 電話相手になにを言われたのかは知らないが、言葉とは裏腹に里菜はヘラヘラしている。


「先生が作ったマニュアルあったやん。あれに従って、外側から全部の部屋に鍵をかけてったで。うん。いまは頭の切れるUMAが一人、廊下を徘徊しとる。あー、たぶん他のとこに被害はないはずやで。うちが迅速に行動したことで、他の部屋の連中が徘徊UMAに殺されたり交尾されたりはないはずやから――え、あ、うん、うん。そやね。予定にないことは、するもんとちゃうな。むりくりセキュリティに侵入したんも反省しとるって。え? あ、はい。すんません」


 軽口を叩いていた里菜の口が、みるみる重くなっている。それでも反省の色はない。スマホを指差しながら、隼人に口パクで『こいつは、アホや』と言っている。


 そんな余裕が、一瞬にしてなくなった。里菜の大きな舌打ちが部屋に響く。

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