2016年【隼人】25 向こう側なんて、そんなに遠くない

 早漏で恥をかきたくなければ、あらかじめ一発抜いておけばいい。女がシャワー浴びているうちに、トイレでシコシコするのが狙い目だとか。


 まさにトイレの中で、童貞の有沢から聞いた裏技を隼人は思い出した。

 とはいえ、抜きにきたわけではない。トイレの窓ガラスから学校を眺めて、遥をみつけるのが目的だ。


 それに、万が一。いや、億が一、コトリからの誘惑を突っぱねるために、仕方なく抜く必要があるならば、遥を見ながらイかせてください。


 最低なことを考えている。自分が嫌で仕方がない。頭を抱えて目を閉じた。

 自らの意思でつくりだした闇の中、明確なイメージが浮かび上がる。

 遥だ。


 必死に探しても見つからなかったのに、まぶたを閉じるだけで会える。

 隼人の心の中には、いつだって遥が生きている。


 目を開けると、遥が消えてしまった。

 丸い窓の外では、陸上部が練習をしている。撫子が走っているのをみつけた。他にも顔を知った部員がちらほらいる。遥と倉田の姿は確認できない。


 二人そろって見つからない。

 もしかして、部活動を抜け出してエロい汗をかいてやいないだろうな。


 星野里菜が出演した青春スクールシリーズのアダルトビデオであるまいし、そうそう校舎内でセックスする奴はいないだろう。

 アダルトビデオの世界というのは、言うなれば画面の向こう側だ。画面のこちら側とは交わることのない遠い世界。だから、遥が部活中にセックスをするはずがない。


 だいたい、遥を抱くのは倉田ではない。

 隼人の役目だ。彼氏持ちとか関係ない。ここから脱出したならば、遥とイチャラブセックスをしまくるのだ。決めた。いや、決まっているのだ。これが運命。


 モチベーションを爆上げさせて、隼人はトイレから出る。

 脱出のため、初心に戻る。調べていないものがないか探す。物が多いリビングには、なにか見落としがあってもおかしくはない。


 放置したままの空き缶を流しに運びながらも、あたりを見回し続ける。

 すりガラスの扉に視線が止まる。

 扉の向こう側で、人影が動いている。

 人影は上着を脱ぎ捨てる。コトリよりも大きな胸が揺れる。女だ、女。


 扉一枚隔てて、女性の脱衣シーンに立ち会っている。どこまで脱ぐのだろう。下は? あ、脱いだ。パンツさえも脱ぎ捨てるんですね。次は、次はいったいなにをして楽しませてくれるんすか。


 扉が開く。

 すりガラスを見つめ続けている場合ではなかった。身を隠すべきだったのだ。


 後悔しても時すでに遅し。

 裸の星野里菜を出迎える形になってしまった。


「おお、なんや。起きとったんか」


 アダルトビデオの世界なんて、そんなに遠いものではなかった。


 もしかしたら、遥と倉田はいまごろ運動マットの上で、あるいは立ちバッグで腰を振っているのではないか。そんなことになっていたら、やけになるぞ。コトリを抱くかもしれない。体力が持てば、里菜にも手を出す。


 そんな目で見られているとは露知らず、里菜は堂々としている。その場でしゃがんだのも、アンダーヘアーを隠すための動作ではないようだ。

 緩慢な動きで、里菜は足元に置いていた拳銃を拾い上げる。


「どけや」


 隼人に向けられた拳銃よりも、何度もお世話になった裸のほうに、いまも意識を奪われる。いままでだって、大量の精子をその体のせいで殺してきた。気づいていないのか。裸体の攻撃力は、拳銃に勝っているということに。


 さりとて、拳銃もちゃちな玩具ではない。隼人は里菜に発砲されたのを思い出した。当たらなかったとはいえ、文句はある。第一声になにを口にするか迷った。すぐに考えはまとまらず、感情に任せてみる。


「くっさ。なんすか、このにおい?」


「自分、それがほぼ初対面のレデェーにたいしてぬかす言葉か?」


「いや、えげつないですよ。てっきりビデオ見てるときは、汗やマン汁までうまそうだと思ってたのに。騙された。汗のにおいがオレ好みなのは、遥だけなのか、畜生!」


「誤解や、誤解。あれがにおとるんや」


 里菜は脱ぎ散らかされた衣服を指差す。玄関に並んだ靴の横に転がっている衣服は、泥にまみれたように汚れている。


 汚物を眺めたあとは、目の保養が必要だ。

 裸、裸。昨日もお世話になった裸をモザイクなしで見つめる。

 銃口を額に突きつけられながらも、隼人は勃起した。


「流しの下にごみ袋と消臭スプレーあるから、そこのゴミを片付けといてくれんか」


「わ、わかりました」


「シャワーから上がるまでに終わらしとけや。ついでに、勃起も処理しとけ。ええな?」


「了解です」


 すかさず返事をして、里菜のお尻を見送る。生尻を拝むのは、本日二度目だ。一度目の尻もシャワーを浴びに行ったのだったか。


「あ、待ってください! いま、風呂場には」


 追いかけたが、間に合わなかった。

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