2016年【隼人】24 野性と理性の喧嘩祭
抱いてと口にしたコトリの手を、隼人は握ったままだ。柔らかい。中学二年生、一四歳の女の子の肌に触れている。
「本当にしたことないのか?」
いまにも泣きだしそうな顔で、コトリは隼人に微笑みかける。
「必死で守ってきたのよ。クソビッチがヤクザの男を客にしてきたときだって、フェラチオだけで入れさせなかった。もっとも、ヤクザ相手でもなんとかできたから、そこらへんのチンピラから貞操を守るのなんて訳なくなったんだけどね」
「そうとう、大事にしてきたんじゃねぇか」
「柄にもないって思うんだったら笑えよ。でもね、これも全部、あんたらの起こした奇跡に可能性を見たせいなんだから。ハルは言ってたよ。あんたに唇を奪われたとき『暖かい風に包まれたような感覚だった』ってね。そんなこと言われたら、夢みても仕方ないだろ」
「遥が、そんなことを言ったのか」
なんだ。
同じようなことを感じてくれていたのか。
初めてキスをしてから、過ぎ行く日々が、それまで以上に特別なものになった。
遥と一緒にいることが、なにかを感じることが、隼人にとっては暖かい風に包まれるように、心地のいいものになっていた。
特別なこと、そうでないこと、二人でひとつひとつを積み重ねていき、小学生ながらに確かに知った。
とどのつまり、あれこそが『愛』なのだ。
「でも、夢を見た分だけ落胆もした。アタシはキスをしてもフェラをしても、する前と後で世界が変わるなんてことはなかった」
「そりゃ、相手が悪かっただけだろ。愛がなかったんだよ」
「あんたらの間に、愛があったっていうの? だったら、おかしいじゃん。この疑問に答えをちょうだい。何度だって訊くよ。なんでハルは浅倉を捨てて他の男にいくんだ?」
「それは、なんでだろうな。オレは遥じゃないからわかんねぇ。わかんねぇけど。でも、もしかしたら、願望かもしれないけど、オレが納得できる理由があるんじゃないかな」
「いい加減、夢をみるのはやめろよ。セックスして目を覚ませ。ロストチェリーやロストバージンなんて、しょうもないんだって、二人で確認をしようよ」
コトリは必死で、彼女は夢をみたくないと語っている。
だが、それは夢を叶えたいと熱弁しているのと変わらない。
初体験を終えることで、奇跡を体験できなくとも、夢からは解放される。
人の夢というのは、叶えるまで苦しみ続けることになる。たとえ途中であきらめても、生きてる限りくすぶり続ける。まるで、呪い――屋上で総江が語った言葉の意味を、隼人は少しだけ理解した。
UMAを自らの手で捕まえるという夢も、隼人を苦しめるときがくるのかもしれない。
UMA関連の本を読みあさったことも、UMAの情報を遥にひけらかしたことも、UMAをこの目で見たことも、希望ではなくて絶望になる日がくるのだとしたら。
身体の力が抜ける。
コトリはなにか勘違いしたようで、隼人をベッドに押し倒した。
なんの抵抗もできないまま、甘い誘惑に身を任せる。
死ぬ間際に、夢を叶ていなくて後悔するのだろう。夢だけでなく、童貞のまま死ぬことにも悔いが残るだろう。そして、くたばるのは今日かもしれない。ヤクザに殺される。
見上げる形のコトリが、一枚、また一枚と服を脱いでいく。
下着姿の同級生が、隼人にまたがっている。
「もしかして、脱いでいっちゃだめだった? 浅倉が脱がしたかった?」
いつもより肌色成分の多いコトリは、口を開いて強がった。そうしないと、恥じらいを誤魔化せないようにも思えた。
誘惑してくる身体ではなく、隼人は顔を、目をみつめる。
「綺麗だな」
「まさか、褒めてくれるとは思わなかった」
隼人の服のボタンをコトリが外していく。
「言っとくが、コトリのことを可愛いとは思ってるからな。いままでしてきたことが許せないってだけで、見た目は文句ねぇ。AVに出てたらすぐに借りる。買うかもしれねぇ」
バカなことを言っている間に、ボタンは全て外された。コトリの顔が近づいてくる。キスするのだと身構えたが、唇は隼人の耳につけられた。
「抱いてる間、アタシを『遥』って、呼んでもいいわよ」
遥。
その名前を耳にして、隼人は冷静になる。
「どけ、コトリ」
「コトリじゃない。アタシは遥だよ」
童貞は遥に捧げると決めている。
決めていなかったとしても、いまこの瞬間に、そういう運命となった。
「お前は遥じゃねぇ。小鳥遊琴葉だろ。オレが好きなのは遥なんだ。だから!」
異性として魅力的だとしても、コトリを抱くわけにはいかない。
勿体ない道を選んでいるのだろ。知ってるよ。わかってる上で、そいつを乗り越えて否定しろ。野生と理性の喧嘩を長引かせて、勃起してもいい。ただし、射精はするな。
「いいんだぞ、浅倉。アタシも好きな人の名前を呼ぶから。気にすんな」
「わかってくれ、コトリ。オレがオレであるために。壊れないためには、ここで思いとどまらなきゃなんねぇんだよ」
ブラジャーとショーツを脱ぎ捨てて、コトリは隼人に抱きついてきた。
「我慢しなくていいんだよ、隼人」
コトリは懐かしい呼び方をしてきた。小学生時代、それこそ遥をいじめる前は、コトリも隼人を苗字ではなく名前で呼んでいた。
遥ほどではないが、コトリとも腐れ縁だ。それなりに思い出がある。
もしも遥が存在しない世界というものがあったとすれば、間違いなくつきあっていただろう。隼人とコトリは、その程度の間柄だ。
抱きしめることもできたが、隼人はコトリの肩を掴み、突き放した。
「ああ、そっか。昨日からお風呂入ってなかったから、臭いよな。シャワー浴びてくるから、待ってて」
寝室を飛び出していく桃尻を横目に、隼人は自分の股間を触る。
確認するまでもないが、勃起している。
なんとかカッコつけることができたものの、次はどうなるかわからない。
触れ合ったコトリの肌の感覚を思い出しただけで、やばい。股間に血が集まっていく。
このままではダメだ。
隼人は急いでトイレに駆け込んだ。
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