2016年【隼人】23 処女のまま死ぬのはいやだから
「なんで、お前がそんなにムカついてんだ。もしかして、倉田のことが好きだったのか?」
「きもいこと言わないで。あんな奴を好きなんて、ありえないから」
珍しいこともあるものだ。少数派の意見をコトリが口にしている。女子ならば、誰もが倉田を好きだと思っていたのだが。
「いいぞ、もっといえ。倉田の悪口なら、きいてて心地いいからな」
「ああ、ムカつく。ほんとにムカつく」
「そうだな。倉田のやろうは、マジでムカつくよな」
悪口は最高の肴と、誰かが言っていた。その通りだ。コトリの飲みかけだった缶チューハイが、すすむすすむ。
「言っとくけど、アタシがムカついてるのは、倉田とハルが三割で、残りは浅倉に対してだからな」
「え? なんで? 間接キスしたことで怒ってんのか。ごめん、オレもしたくなかったからな」
「八割になった!」
怒鳴りながら、コトリは冷蔵庫を開ける。二回目ともなると慣れたものだ。自分の家の飲み物を口にするように、躊躇いなく新しい酒を飲んでいく。
「なんなんだよ、お前は。なにがあったか知らんけど、ふられたんだろ。なのに、どーしてハルのピンチにあの場所にいたんだ? 当然のようにいたけど、おかしいだろ」
いくら文句を言われても、ストーカーのように遥を尾行していましたとは白状できない。
なんと返すべきかと迷いながら、ちびちびと酒を飲む。気づけば、中身が空になっていた。アルコールの力を借りて、空っぽの頭のまま口を開く。
「遥のピンチなら、駆けつける。そういうもんなんだよ」
「逆はないのに、カッコつけすぎなんだよ。浅倉のピンチにハルは助けてくれないんだ。さすがに、同情する。可哀想だな、おい」
ここまでハッキリ言われると、ほろ酔いでも腹の奥にどすんとくる。見返りを求めていた訳ではないが、無償で誰かに尽くすのは、たしかにバカバカしいことかもしれない。
でも、果たして本当に無償なのか。遥と共に積み重ねてきたたくさんの思い出は消えた訳ではない。色あせたとしても、いまもかけがえのないものとして、隼人の心の中にある。
過ぎ去った日々を思い出すだけで、不思議とまだまだ強がれる。
「可哀想とか決めつけんなよ。そういう風に見下されたら面白くねぇ。それに、コトリになんぞ、同情されたくもないからな」
「嫌われたものね」
「当然だろ。いままでやってきたことを、胸に手を当てて考えてみろ」
遥は許していたとしても、小学生時代にイジメが起きたのはコトリのせいだ。それに、遥をダシに不良連中を動かしたのも許せない。
「なんだ? このクラスで三番目に大きい胸に手を当てろ、と。あ、ちなみに上位二名はぽっちゃり系なので、スレンダー巨乳はアタシだけ。そこんとこよろしく」
「なにをさりげに自慢してんだよ」
コトリのアピールは留まることを知らない。制服のボタンを外していき、水色のブラジャーと谷間を見せつけてくる。
「この胸、揉みたくない?」
おっぱいを視姦しながら、隼人は拳を握る。
「き、きょ、興味ねぇよ。オレは貧乳のほうが好きなんだ。だから、遥の胸なら揉みたい。吸いたい。パイズリを強要して、できないって困ってる姿を堪能したい」
「妄想を語るな。だいたい、選り好みできる立場じゃないだろ。このままだと童貞で死ぬかもしれないのに」
一瞬で酔いがさめた。もしかしたら、コトリも隼人の変態発言で素面に戻ったのかもしれない。
忘れてはいけない。
いま、隼人とコトリはヤクザに拉致られているのだ。
「煽ってくんじゃねぇよ。どうにかして、脱出すんだから、黙れ。休憩は終わりだ」
ずいぶんと話し込んでしまった。時間を無駄にした。
「ごめん。そういうつもりじゃなかったから。いまのは、マジでごめん」
会話に付き合うつもりはなかった。それよりも、外に出れる場所をあらためて探していこう。再び、自分が目覚めた寝室に戻る。すぐに、コトリも追いかけてきた。
「ただね、アタシも焦ってるんだ。このまま、処女のまま死ぬのはいやだから」
童貞には気になるキーワードを口にしやがってからに。釣り針としての効果は抜群だ。
「嘘つけ。お前、ウリしてるって噂を聞いたことあるぞ。処女のわけねぇだろ」
「ウリの話はたぶん、アタシを産んだクソビッチの売春に付き合わされたことだと思う。男ってなんでああなの? 親子丼ってなんだよ? きもい。いやだ」
怒りを自分の中から放出すべく、コトリは力任せに壁を叩いていく。ドンドンという音が寝室に響く。黙って聞いている訳にはいかず、隼人はコトリの手を掴んだ。
「落ち着け。ここから出れたら、お前の母親をぶん殴ってやるよ。だから、もうやめろ」
「同情してくれるんだったら、アタシを抱いてよ。死ぬ前に味わっておきたいから、セックスってもんを」
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