2016年【隼人】19 童貞のまま死ぬかもしれない
「ちょっと待て。コトリも私物とられたって言ってたよな」
「そうだけど。みてよ、ほら。いつもブランド物の時計を手首に巻いてるのに。いまは、髪につけてたシュシュをつけてるんだよ」
「タバコだけじゃなくて、シュシュもとられてないんだな。残ってる私物があるなんて、おかしくねぇか?」
だらしなく見えていたコトリの八重歯が、隠れてしまう。彼女は不機嫌そうに隼人をにらみつける。
「あんたの言い分じゃ論破できないぞ。だって、アタシの私物で残ってるものがあったから、触りたくもない浅倉を触ったんだ。あんたの私物で、ライターは残ってないかってね」
「なるほど。筋は通るのか」
「やっぱ、疑われてたのか。こんな状態でも力を合わせられないって、信じられないな。これさ、一緒に拉致られたのが、ハルだったら絶対にそんな反応してないでしょ」
「あたりまえだろ。遥だったら、無条件で信じるってんだ。なんか持ち物もってたら、多分、下着の中にでも隠してたんだろうなって、勝手に考えを補完する」
口にしなかったが、その下着の中までも、妄想してしまう。撫子から得た情報で、陥没乳首とパイパンをイメージした。
「きもちわるいこと言うな。それとも、ハルってショーツかブラジャーの中にものを隠す癖があるの?」
「知らねぇよ」
「脱がしたことないんだ?」
「あるわけねぇだろ」
「だったら、あんた童貞のまま死ぬかもしれないんだね」
「死ぬ?」
「ヤクザに拉致られてるのよ。有り得ない話じゃないでしょ」
有り得ない話ではないが、そんなことを考えるには、まだまだ時期がはやい。コトリのネガティブな感情に、引きずられるわけにはいかない。
「さてと。オレは誰かさんとちがって、いまやれることを探そうかね」
どれぐらい眠っていたのかわからないが、身体から疲れは抜けている。ベッドから立ち上がると、いつもより体調が優れているように思えた。
「だめだ。煽られたことをスルーできないわ。あんたにだけは、言われたくない。ムカつく 、ムカつく、ムカつく。だいたい、えらそうに言ってるけど、なんもできないだろ。ああん?」
「うっせぇ。これ以上、オレを激しくムカつかせるんだったら、逃げれるようになっても置いてくからな」
「逃げる算段がついてから、偉そうなことを口にしろ。昨日だって、カッコつけてたくせに、このありさまなんだからな。おら、ぼけ」
文句を言われた末に、隼人はケツを蹴られてしまう。これ以上、コトリとは喋りたくない。
不毛なのは、この会話だけでない。寝室に留まることもだ。
この部屋には、窓がない。外に繋がっている扉が一つあるだけだ。扉の前に立つと、背後からコトリが叫んでくる。
「ちょっと待って!」
隼人は振り返らない。コトリの顔を見たら、イライラが増大するに決まっている。
「なんで、止めるんだ? 向こうの部屋は、そんなにやばいもんがあるのか?」
「それは、知らないけど」
「知らない? なんで見に行かないんだ。なんもせずに文句いうのマジでムカつくぞ」
「悪いけど、アタシは下手に動くべきじゃないと思ってるから。だから、あんたもこの部屋から出ようなんて考えないで。浅倉のバカみたいな行動のせいで、アタシに迷惑がかかったら最悪よ。だいたい、前科あるのも覚えてないの?」
「前科だ? 迷惑がかかるほど親しくもないのに、なにを言っているんだ?」
「修学旅行で、あんたらバカップルが原因でうちのクラスは全員怒られただろ。勝手に旅館を冒険して、集合時間に遅刻したのは、誰だった?」
「オレと遥だな。巻き込んだだけなのに、遥には悪いことした。うん」
「反省してんなら、成長しろよ。アタシにも同じように迷惑かけんな」
前例を語ったのは、逆効果だ。修学旅行の件を思い出して、隼人の決意はさらに強くかたまる。
「悪いけど、オレはどんな手をつかっても遥に会いに行くわ。で、あらためて修学旅行のことを謝らねぇと」
理由なんてなんでもいい。それこそ、なくてもいい。とにかく、遥に会いたい。この部屋でじっとしていて、向こうから遥がやって来るとは思えない。ならば、やるべきことは決まっている。
寝室のドアノブを回す。
鍵はかかっておらず、扉は簡単に開いた。
隣接している部屋は、リビングだ。人の姿がないのは一目瞭然だった。
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