2016年【隼人】17 少年の嫌がらせ

「助けてなんてお前が言っていいのかよ、コトリ」


「性格悪いな、自分。そないにこの子を責めてやるなや」


 ショットガンの先端をコトリに向けながら、里菜はやる気のない表情だ。アダルト業界から引退直前のセックスシーンの顔も、こんな感じだった。


「でも、ムカつくじゃないですか。なんだ、いまの命乞い? 獣の群れで確固たる地位を築いてた奴が、群れから追放されたらずいぶんと弱々しくなるんだな、おい?」


 コトリはショットガンに怯えて震えている。どうせなら隼人の文句でも震えさせてみせる。


「くだらねぇ。なんも言い返さないのかよ。カッコつけろよ。抗えないことに直面しても、しょうがねぇから一人で責任をとってやるとか言って、強がれねぇのか?」


 相変わらず、コトリは黙っている。

 もしかしたら、隼人の声が聞こえていないのかもしれない。


「ムダや、ムダ。この子には、聞こえてへんみたいやで。せやから、もうええやろ。あとは、うちがキッチリいじめ倒したるから任せろや」


「ダメですね。それだと嫌がらせとして最悪ではないとオレは考えてますから」


「どういうことや? ガキの考える最悪ってなんやねん?」


 隼人は笑う。出来うる限り、悪者ぶった表情をする。

 自分は悪の大王だ。将来、世界を征服する男だ。自己暗示。


「コトリにとっての最悪は、この危機をオレに助けられることだと思うんですよ。最高に悔しいはずだ。これから先の人生で、このことを思い出すたびに、コトリは心の中で惨めになる。そんなことを想像したら楽しくて仕方がないですよ――アタシは、命の危機を救われた。でも、浅倉隼人なんかに助けられた。最悪だ。よりにもよって、浅倉なんかに――こっちは最高の気分だ、ざまぁみろ!」


「屁理屈こねて、カッコつけとるだけやで。ええんか? 意地張ったら死ぬかもしれんで」


「嫌がらせするんだったら、リスクは上等ォですよ。いまのコトリを見てたら、そういう覚悟も必要だって、いやでもわかりますしね」


 コトリを狙っていた銃口が、隼人に向けられる。


「おもろいこと言うやんか。でも、どうやって助けるつもりや。素手で鉄砲に勝てるんやったら、見せてくれや」


「そんなの、普通の人間には、無理に決まってるでしょ」


「なんやねん、いきなり諦めて命乞いか。ダサいで。あんたの親父さんのダンチョーさんなら、うちの射撃能力でも、まだ仕留めきれんと思うで」


「そういや、さっきも親父の名前を挙げてましたね。知ってるんですか?」


「なんも聞かされてないんやったら、うちからは言うたらあかんことばっかやと思う。せやけど、これぐらいはええやろ。世話になったで、あの人には。その息子さんをうちが殺すことになるとは想像もしてへんかったけど」


「死ぬとは限りませんよ。オレは里菜さんで、何度もオナニーしてきた。でも、あなたがくれたガムを噛むたびに、オレは勃起してます。この性欲が暴走したとき、オレ自身どうなるかわからないんですよ」


「浅倉の血が目覚めるってか?」


「そうじゃなくて、オナニーマシーンが、あなたをレイプするセックスマシーンに進化するかもしれないってことですよ。童貞のまま死にたくないですしね」


「それで潜在能力が引き出せるんやったら、自分は一生童貞のままでおるべきやな」


 里菜が呆れた瞬間に、隼人は地面を蹴る。

 遠い。

 里菜までの数メートルが、果てしない距離のように思えた。


 発砲。

 銃から飛び出した弾にとったら、隼人と里菜の距離など一瞬で駆け抜ける。

 弾がどこにいったのか、目でおえなかった。

 銃声のあとに隼人の体から力が抜ける。


 前のめりに倒れていく中で、不思議な感覚におそわれた。地面に近づくのが、やけにゆっくりとしている。

 まるで水の中のように、動きが鈍い。

 地面と激突した瞬間に、痛みが身体を駆け巡る。のたうち回って、ごろごろと転がる。


 寝返りを打つたびに、身体から感覚が抜け落ちていく。

 聴覚、視覚はなくなった瞬間に、すぐわかった。

 気持ち悪さを覚えて、ゲロを吐く。

 吐いたと思う。味覚も嗅覚もなくなっているので、よくわからない。


 死ぬかもしれない。

 そんな風に思ったのは、今日が初めてではない。

 思い返せば、遥が告白されたと知ったときも、体調が崩れて死を覚悟した。


 遥。


 感覚が失われたいま、心の中で生きている遥は、救いの光そのものだ。


 とどのつまりは、これこそが『あ――

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