2016年【隼人】12 あんたの正義に遥を巻き込むな
集合した不良集団の端から、コトリはゆっくりとした足取りで歩きはじめる。無数のいかつい顔の前を横切りながら、人をイラつかせる笑みを浮かべている。
「みてよ、こいつら。すごい人数だろ。みーんな倉田に『悪』と認定された連中だ」
悪の先頭に立ち、コトリは両手を広げた。彼女の後ろや横に広がる連中が、コトリの邪悪な翼のように見えた。その羽根の一枚一枚が、よく見ると個性的だ。
高校の制服を着ている奴がほとんどだが、私服の奴らもいる。学校を中退したのかもしれない。あるいは、大学生になってまでやさぐれているだけか。フリーターか、無職かもしれない。なんにせよ、ろくなやつらの集まりではないのは確かだ。
「ここに集まってる人たちは、年齢もバラバラで、中には県外から駆けつけてくれた人もいる。利害関係が一致したから、力を合わせようって決めたの。同じ思いのもと、空気を読んで行動を共にしようってやつよ。すごいよね。こういうの、なんて言うんだっけ?」
「んなもん、オレが知るかよ。ごちゃごちゃうるせぇぞ。なにが言いたいんだ?」
「浅倉はせっかちだな。ベッドの上でそんなんだと嫌われるぞ。あ、童貞には関係ないか」
「うるせぇよ。童貞で悪かったな」
大声で反論すると、情けない気分になった。遥を横目で見ると、あきらかになにか言いたげなのに、黙っていた。
「まぁ、早漏にアタシたちの目的を教えてあげる。当人たちにも震えてもらいたいから、よく聞いて。アタシらは、倉田をボコボコにして、彼女は好きにやろうって決めてる」
「すぐに警察呼ぶぞ」
「それは、やめておいたほうがいい。ケツ持ちは、アタシのツテでヤクザに頼むから、下手に誰かが捕まったら報復で目もあてられないことになるぞ」
コトリと暴力団の繋がりが、どれほどまでに深いものかは知らない。それでも、これだけの不良が集まるだけの闇を彼女が抱えているのは間違いない。
「結論はすぐに決めなくていいから。邪魔しないんなら放っておくし、ハルを犯したいんだったら、リンチにくわわってね」
いかなる脅し文句を並べようとも、倉田は凛とした態度をまったく崩さない。
怯えて震える臆病さを持ち合わせていないから、簡単に一歩を踏み出せる。
不良集団に向かって進んでいく。
倉田にだけカッコつけさせる訳にはいかない。
遥を守るのだ。守るためにできることを考える。具体的な方法が思い浮かばなくて、倉田の真似をして、隼人も前へ出た。
だが、一歩目で足が止まる。
隼人の制服の裾が、遥にちんまりと掴まれる。
倉田が前に出るから、彼氏に甘えられない。だから、幼なじみを頼っている。それだけのことかもしれない。でも、他の感情が、遥の中で渦巻いていてほしい。
隼人の中では、遥を守るための曖昧なイメージが混ざり合っていた。バラバラだった色が、新しい一つの色に変化した気分だ。
気に食わない相手を敵と認識して戦うことだけが、守る術ではない。
傍にいて守ってやりたい。倉田とは、ちがう方法に考えが行き着いた。遥の『ちんまり』のおかげだ。
「なぁ、小鳥遊。あの女を犯す順番だけど、倉田相手に活躍したやつを優先的に――」
不良どもは、挿入の順番を決める話で盛り上がりはじめた。
「能書きが長いな」
倉田がボソリというものだから、不良どもには聞こえなかったようだ。耳に入っていれば、いまの隼人みたくカチンときただろうに。
「そういうカッコつける状況じゃないでしょ。どうにかやって、ここから逃げないと。そうだ。車を使いましょうよ」
「ダメだ。無免許で運転はできない」
「オレがします」
「許すと思うか」
「そんなこと言ってる場合ですか」
「場合? どんなときでも、正しいやり方を貫くことに意味があるんだ」
遥の『ちんまり』をする手に、力がこもった。自らの意思を倉田に対して口にできないのかもしれない。こんな些細なアピールをするのがやっとなのだとすれば、隼人が力になってやらねばならない。
「上等ォじゃねぇか。あんたの正義に遥を巻き込むなよ」
「大丈夫だ。危険なことは、なにもない。この程度の数、問題にならんからな」
だめだ。倉田の意志は獣人系UMAの皮膚のように堅すぎる。自分ならば、なんとかできると信じて疑っていない。説得の隙があるとすれば、逆にブレないその部分だ。
「そうですね。あんなの、問題にならない数ですよね」
「ようやくわかってくれたか、浅倉」
倉田に同調したのだと思われたか、遥の『ちんまり』が離れていった。
寂しいけれど、いまはこれでいい。
やるべきことは、遥の手を追いかけることではなく、遥を守ることなのだから。
「あんなのは、倉田さんの手を煩わせることもない数ですもんね。オレ一人でもなんとかできますから」
「隼人。なに言って?」
「倉田に借りを返すには、ちょうどいいだろ。オレの男を立てるには絶好のチャンスだ」
「あたし、もういやだよ。あんなの見るのは、ぜったいのぜーったいに」
「大丈夫、見なくてすむから。あの日から鍛えてんだぜ、これでもよ」
もっとも、鍛えたのは喧嘩の技術でも筋肉でもない。UMAの知識ばかりだ。
肝になる部分を濁しただけで、別に嘘をついたわけではない。だから、うまいこと遥を騙せそうだ。
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