2016年【隼人】13 ほんと、バカなんだから
遥が隼人の制服の背中を掴む。
このまま振り返って、遥を抱きしめたい。
欲望に身を任せるのは、だめだ。
いま顔を見られるのもまずい。一瞬で、隼人の強がりが全部ばれてしまう。
遥の額が背中にひっつく。
肌と肌の触れ合いを阻んでいるのは、制服一枚の薄さだ。
「ほんと、バカなんだから」
耳で聞くよりも先に、遥の声は隼人の体に振動して、内側に染み込んでいく。
いまならば、本当に不良集団を一人で倒せるような気がしてきた。
「上等ォだ」
気合の入った隼人の声は、思いのほか大きくなっていた。いままで話していても、いっさい見向きもしなかった倉田が、振り返るほどだ。
いちゃついている姿を見たのに、倉田は不良集団に対峙したときと同じ表情のままだ。とりたてて変化はない。それが逆に不気味でおそろしい。
「じゃあ先にイケ、遥」
遥はセックスしても、自分だけが先に絶頂を感じるのを嫌がるのかもしれない。
頑固な遥を隼人から引き剥がしたのは、ほかでもない彼氏の倉田だ。
倉田は遥の腰に手を回して、エスコートする紳士さも持ち合わせている。
「ちょっと待て、倉田! おまえ、どこに行くつもりだ?」
「浅倉が相手をしてくれるそうだから、ぼくらは先に帰る」
律儀に立ち止まって説明するな。遥を連れて、この場から去るのだ。できれば走れ。
「なんだ、それ?」「余裕みせてんじゃねぇぞ」「んだと、こら」「待てや」
不良どもは、隼人を無視して倉田を怒鳴りつける。愛車に傷をつけられた小太りでさえ、倉田に狙いを定めている。集団で一致団結して、標的を決めて動いているみたいだ。
そんな中で、コトリだけが隼人を見つめていた。
「みんな、落ち着いて。倉田は歩いてるんだから、慌てなくても平気だ」
「どういうことだ、小鳥遊?」
「だって浅倉は、びっくりするほど弱いんだ。そいつを再起不能にしてから追いかけても、ちゃんと間に合うから」
なにひとつ間違ったことを言っていない。だとしても強がらねば、やってられない。
「ははは。ずいぶんと舐められたもんだな、でもよ。オレは――ぐぶえ」
腹に重たいパンチが入り、隼人は膝をつく。喋り切ることさえ許されないとは。クソ野郎どもが、あまりにも、あまりにもだ。
せめてもの救いは、誰も抜けがけをして倉田を追いかけないことだった。
膝をついている隼人一人を倒すのに、過剰なまでの人数をさいてくれている。
殴られ続けることが、時間を稼ぐことに繋がるのならば、歯を食いしばり痛みに耐えてみせる。
「っってぇ」
ダメだった。かたく決意した直後に地べたに倒れてしまう。いつもそうだ。やってやると思っても、自分に課した約束すら守れない。
今日は、連続で二回オナニーをやろうと決めていても、一回射精したら悟りを開いてしまう。もう深夜になってるから、明日学校もあるし、寝るかとか、射精前の自分をいつも裏切っている。
亀のように体を丸めながら、痛みが去るのを黙って待った。
「なんだこれ。マジでちょろいな」
「反撃もしてこねぇし、もう無視していいんじゃないか?」
身を固めている状態で、隼人は地べたから道を眺める。遥と倉田の姿を見つけられなくて、ひと安心するのは一瞬だけだった。
そこまで時間を稼いだつもりはない。もしかしたら、遥らが去った道とは逆の方向を見ているだけかもしれない。殴られすぎて、方向感覚がなくなっているので、有り得る。
不安を払拭するために、体を反転させる。こちら側の道には、歩いている人がいた。不良どもが邪魔で、得られる情報が少ない。
夏場なのにロングコートを着ており、スラリと伸びた脚は黒く日焼けしている。
とどのつまり、遥とは別人だ。
「ちょっとみんな、誰かが近づいてきてる。人の壁で浅倉を隠せ。数がいるんだから、力を合わせれば、それぐらいのことが余裕でできるだろ」
倉田を追いかける前に、通報される訳にはいかないとコトリは判断したようだ。
中学生女子の言いなりになって、不良たちは動きだす。統率がとれているとは言い難かく、無駄の多い動きだ。にも関わらず、隼人を隠すのに成功しやがった。
「むっかしーむっかしー、うっらしまはー、助けた亀をつっれさってー」
女性の歌声が聞こえてきた。関西弁のなまりが強い。微妙に歌詞を間違えているが、彼女のふるさとでは、もしかしたらこういう歌詞なのかもしれない。
なんにせよ、ごきげんさんで歩いている。隼人や不良達とは無関係だから、当然といえば当然だ。
「おい、あれの顔と体。むっちゃよくないか? なぁ?」
「黒ギャルじゃんか。おれは、倉田の女のほうが好みだな」
「マジか。ロリコンだな」
男が集まると、女を性的な目で見て会話をおこなう。
「てかよ。黒ギャルもさらわないか。見られてややこしいことになったら困るだろ」
ここに集まっている連中は底辺だから、最悪な話題ほど盛り上がりやすいようだ。
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