2016年【隼人】10 言いたいのは、そういうことじゃない

「遥、オレらだけでも逃げないか?」


「なにいってんの、バカ。そんなのできるわけないでしょ」


「この人なら、なんとかなるって。むしろ、オレらがいたほうが、足でまといになるんじゃないか」


「だとしても、ダメよ」


 説得は無理なようだ。その理由に気づき、自らを納得させるため、口にする。


「そりゃそうか。大事な彼氏だもんな」


「あたしが言いたいのは、そういうことじゃなくて」


 皮肉げに笑う隼人を、遥はスカートの裾を掴んで睨んでくる。文句があっても押し黙るとき、昔からこのポーズで顔を真っ赤にしていたのを思い出す。

 その頃から、遥のことが好きだった。


 チャンスは幾らでもあったはずなのに、なんで他の男のものになってしまったのだろう?


「考える前に動いておくべきだったな。いまになっては、もう遅いだろうが」


 倉田の発言は、隼人が自問したものの模範解答だった。

 隼人の胸を痛ませたのは、どうやら偶然に過ぎないというのにも腹が立つ。

 道を遮っている黒い車に一番近い位置にいる倉田だからこそ、隼人や遥よりも先に見えて、報告しただけだったのだろう。

 敵のおかわりがきたようだ。


「おいおい、おいおーい。なんだよ、この状況は?」


「こいつら、先走ったくせにだせぇことになってんな」


「しかも、俺様の車がこんなところに。あー、ぶつけてんじゃねぇか。誰がこんなことを」


 敵を視界に捉えるよりもはやく、声が聞こえてきた。最低でも三人はいる。だが、敵は大勢いると想定しておくべきだ。

 もっとも、数の把握よりも、まずは身を隠すのが重要だ。

 隼人はその場でしゃがみこんだ。振り向けば、遥がすでにしゃがんでいた。


 遥と目があったので、隼人は車を指差す。あれの陰に隠れて様子をうかがい、隙をみつけて逃げようという提案をしたつもりだ。遥は意味を汲み取ったのか、うなずくと、しゃがんだ状態で歩いていく。


 息がピッタリだ。過信ではなく、二人ならば逃げ切ることができただろう。

 堂々とした足取りで、車に沿って歩いていく三人目。倉田は、空気を読まずに敵の前に姿を見せた。


 仕方がない。そういう奴だからな。空気を読む必要がないほどに強いのも知っている。


「さて、うちの陸上部よりも多い数が集まってるな。これで、全員か?」


「質問するのは、こっちだ。お前は、それ以外のことは喋るな。ああん? 倉田よぉ?」


 車にはりついたばかりの隼人には見えないが、大きなため息が聞こえた。不良たちの安い脅迫に、倉田は呆れたようだ。

 負の連鎖が続く。倉田の態度に、遥も呆れ果てて頭を抱えている。


「なぁ遥、陸上部って何人いるの?」


「えーっと、一五人ぐらいだったかな」


「一五人も、まさか嘘だろ」


 安心感がほしくて、隼人はみつからないように車の向こう側を覗く。

 威風堂々の四文字が似合う倉田と、対峙する不良たち。ぞくぞくと集まってくる不良に怯えて、隼人はすぐに頭を引っ込める。


「どうだった? 一五人ぐらいだった?」


 遥に問われて、群れている不良たちの姿を隼人は思い出す。一瞬しか見えてなかったが、おそろしいことに気づく。


「きちんと数えた訳じゃないけど、その倍はいたな」


「もしかしたら、倉田くんは女子陸上部の数もいれてるのかもしれない。女子のほうの部長みたいにもなってるから、あの人」


「すごいリーダーだな、そいつは」


 主将としていかにすごくても、現状を打開できるとは限らない。どうするつもりだ、倉田和仁?


「俺らの仲間をやってくれたのは、倉田ぁ。お前なんだな? あ?」


「そうだな。眠らしたのは、ぼくだが」


「すかしてんじゃねぇぞ」「死ねや」「ボケ」「殺すぞ」「俺様の車を傷もんにしやがってからに」


 やんや騒ぐ連中の中で、ひときわ最後の言葉だけが切実に聞こえた。


「おい、車がどうとか言った奴。それだけは聞き捨てならない。ぼくは無関係だ」


「じゃあ、誰だ。そいつを殺すから教えろよ」


「浅倉隼人という男だ。岩田屋中学校の二年生だ」


 なに言ってんだ、あいつ。嘘をつくのも悪だとでもいうつもりか。


「ああ、もう倉田さんは、本当に」


 毒づきながら、遥は車の陰から飛び出す。


「ちょっと倉田さん。個人情報を漏洩しすぎですよ。あとあと隼人が面倒なことに巻き込まれたらどうするつもりですか?」


 これ以上、情報を与えさせぬために、遥の体が動いたようだ。先を越された感を拭いきれないが、隼人も不良連中の前に現れる。


「あのですね。なんか誤解されてますよ。あ、ちなみにオレは通りすがりの無関係な男なんですがね、はい――」


 登場と同時に、隼人は言い訳を並べる。

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