2016年【隼人】6 駄菓子屋の妖怪の類い
「遥ちゃんを追いかけてたんでしょ。悟られまいとしてか、このばばあが来てから一度も交差点を見てもなかったわね」
「そこまでわかってるんだ。やっぱ、ばあちゃんの正体は妖怪の類いなんだろ。出会ったときから、見た目に変化がないし」
「そんなことは、どうでもいいんじゃない。もう誤魔化さなくてすむのよ」
「上等ォ!」
喜々として叫び、堂々と隼人は交差点に視線を向ける。
遥と倉田の姿はなかった。
すかさず立ち上がる。勢いがよくて、椅子が倒れてしまう。
「ばあちゃん、遥がどっち行ったか見てた?」
「見てはないけど、わかるわよ」
「なんだよ、それ。とにかく、なんでもいい。あの交差点から海の方に行ってなかったら、ひと安心出来るんだけど、どうなんだ?」
「そうね。『計算』したところ、安心できないわね」
「ふざけんなよ。カップルで向かうって、大人の階段を登るつもりかよ! お父さんは許さんぞ!」
ばあちゃんに別れの挨拶をする余裕はない。
自転車にまたがる。すぐにサドルから腰を上げて、全体重を乗せてペダルを踏み込む。
遥を最後に見た交差点の信号は赤になっていた。だからなんだ。止まらない。右に曲がる。海に続く道を進む。
浜辺が見えてくる途中で、雑木林を横切る脇道があるそうだ。
その林では、半裸の獣の交尾が多数目撃されている。いわゆる、青姦の名所だ。
エロビデオの撮影クルーがロケハンに来たとの噂まである。
情報提供者の有沢と、夏休み中に真相を確かめようと約束をしたのは、昨日のことだ。
調査という名の覗きを、まさかこんな形でするとは思ってもみなかった。
全速力で自転車を前へと進ませる。
ばあちゃんの冗談であってほしかったのに。
年寄りは、やっぱり死ぬ前に嘘をつかないようだ。
縦一列で左側を走る自転車二台が見えてきた。そこまでルールを守るならば、結婚するまで性交も控えろよ、ぼけ。
落ち着け、落ち着け。このまま単に海を見に行くだけかもしれない。そうであってくれ。絶対に林に向かう脇道にはそれないでくれ。頼む。頼むから。
願いは通じない。
昔からそうだ。駄菓子を買って当たりを願っても、ハズレの三文字を見るばかりだった。だから、これも仕方がない。納得できないが、認めるのだ。諦めるしか。
倉田が先導する形で、自転車二台は青姦の名所に進んでいく。
世界が歪む。
真っ直ぐな道を走っているはずなのに、峠道のようなぐにゃぐにゃの道に見えてきた。まるで隼人が前に進むのを阻むようだ。ただの直進コースが難関コースに姿を変える。
自転車を止めてみた。異常は元に戻らない。
もう進めない。精神状態を言い訳にして自らを納得させようと必死だ。
『軽口を叩いた以上、この夏が大変でも逃げ出さないでよ。どんなにつらくてもね』
総江の言葉が頭の中によみがえると、納得という言葉に唾を吐きたくなった。
「上等ォだ、部長!」
隼人の叫びに驚いたのか、近くの木から鳥が羽ばたいた。
天を仰ぐと、鳥は列をなして飛んでいく。
その中の一羽が糞を地面に落とす。糞というハズレを引き当てたのは、黒い大きな車だ。路肩に違法駐車していたのが運の尽きだったようだ。罰金を支払うことに比べれば、ボンネットに鳥からの贈り物をもらうぐらい可愛いものだろう。
叫んだときから、世界の歪みは元に戻っていた。
隼人は自転車を漕がずに、地面を蹴っ飛ばしながらタイヤを転がして進んでいく。
黒い車の近くには、自転車と原付が何台も駐輪している。原付のナンバープレートは、もれなく曲げられおり、所有者の頭の悪さが予想できる。黒い車の持ち主もやっぱりバカだ。運転席に誰もいないのに、エンジンをかけっぱなしにする程度には常識がない。
もしかしたら、後部座席に誰かいるのかもしれない。
横目で確認したところ、後部座席のシートは倒れていた。大人が横になって眠るのに十分なスペースに、使い終わったコンドームやバイブが無造作に転がっている。
このゲス連中は、いったいどこにいった。
最悪な想像が、隼人の頭の中に浮かぶ。
使用済みコンドームとバイブ。そして、遥。
目の前のものと遥を強引に繋げただけで、見たくないものが完成した。
倉田と青姦してる最中に、こいつらに拉致られたら遥の経験人数はアホみたいに膨らんでいくぞ。
アダルトビデオの見すぎかもしれないが、あり得るのだ。
岩田屋町という田舎でも、過去にレイプ事件が起きているのを隼人は知っている。
父親の弾丸が家に帰ってこなくなったので、行方不明事件に関してアンテナを張っていたときに、たどり着いた町の闇。
地方の新聞やニュースを追いかけるだけで、とあるチンピラグループが行方不明になったのを小学生でも知れた。そいつらのことを調べてすぐに行き着いたのが、多数のレイプ事件だった。
携帯電話を取り出して、遥に電話をかける。
出ろ、出ろ、遥。出てくれ。
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