2016年【隼人】5 巖田屋の巫女の純潔

 一学期最後の日も、遥と倉田は二人で下校している。


 縦一列で走る二人の自転車から距離をとって、隼人も自転車を漕いでいく。


 倉田は校則を守って、指定のヘルメットを着用している。遥もヘルメットを着けるようになっていた。隼人と帰っていた頃は、カゴに入れていたくせに。


 生真面目な倉田の性格だから、交通ルールを守るのも当然だ。

 どんなときも、車道の左側を走る。

 自動車の邪魔になっていても、歩道に避けはしない。


 正しいけれど、間違っている。そんな矛盾を隼人は感じてしまう。


 そもそも、決して自転車を並走させないのならば、遥と一緒に帰る意味があるのか。あれでは、ろくに会話をしていないはずだ。


 実につまらない下校風景。


 隼人が隠れて見た限り、買い食いをしてるのを見たこともない。買い食いもダメっていう校則でもあるのだろうか。同じ中学校に通っているはずなのに、隼人は興味なくて知らない。


 むしろ、遥の笑顔が見えるならば、違反上等ォ。


 なんにせよ、その調子で堅苦しさを遥に押しつけていれば、別れるのも時間の問題だろう。別れろ、破局しろ。そして、クーリングオフすればいいのだ。クーリングオフ。

 期末テストで赤点を免れるのに力を貸してくれた答えを、隼人は心の中で連呼する。クーリングオフ、クーリングオフ。契約撤回は申込者の権利だ。ならば告白されたものの権利として、別れ話を切り出してもいいだろう。


 別れたら、また一緒に下校しよう。

 倉田とちがって、きちんと家まで送っていくから。

 どうせ今日も、駄菓子屋をこえて最初の交差点で、倉田と遥は別々の帰路につくはずだ。


 隼人が駄菓子屋を横切ろうとしているときに、遥らは交差点にさしかかる。

 そこで、遥と倉田は自転車を止めた。

 青信号なのに、直進しないのはルール違反だ。


 隼人は慌てて自転車のブレーキをかける。

 アスファルトにタイヤの跡を残しながら、駄菓子屋の前で自転車が止まる。

 大きなブレーキ音が出たのに、遥と倉田は振り返らない。交差点の信号機の下で、なにやら話し込んでいる。


 まさか真面目をこじらせすぎて、『信号は青なのか、それとも緑なのかどっちなんだ』って、気になり始めたのか。あやふやなものをはっきりさせるまでは、進まないつもりかよ。


 なにかの拍子に後ろを向くかもしれない。警戒して、隼人は自転車から降りる。

 駄菓子屋の立て看板で体を隠すようにしていると、尻になにかがぶつかる。


 駄菓子屋の店前に設置されている筐体のゲーム機は、隼人の尻が当たっても壊れはない。二台とも、いまも現役で稼働している。

 懐かしさを感じて、ゲーム機用の椅子に腰かける。光の反射で画面が見づらいのも相変わらずだ。


 駄菓子屋の入口が、がらりと音を立てて開く。

 店内の空気は炎天下の熱気とはちがって、冷蔵庫を開けたようにひんやりしている。久しぶりに見た店主のばあちゃんが、冷凍保存されているところから蘇った直後なんじゃないかと思った。


 くだらない妄想をしている隼人に、ばあちゃんは微笑みかける。ただでさえ多い皺がさらに増えている。ばあちゃんは隣の椅子に腰かけた。


「珍しいこともあるもんだね。小学校卒業してからは、一度も来てなかっただろ?」


「オレのこと覚えてくれてたんだ?」


「忘れるわけないでしょ。あんたが、三十円の駄菓子を買おうとしたときに、十円玉二枚をスライドさせて三枚に見せようとしたのは、まだ時効になってないわよ」


「ごめんなさい。反省してます。なんだったら、いま誠意を見せるよ。百円を渡そうか」


 隼人が早口になるのが面白いのか、ばあちゃんは手を叩いて笑う。


「いやいや、冗談だからね。からかっただけなのに、そんなに慌ててからに」


「でも、本当にごめん。オレの十円が原因で店が潰れてたかもしれないのにな」


「あのな。十円ぐらいごまかされても経営は傾かん。それでダメになるようならば、当たり付きのお菓子を撤去してるっての」


「当たり付きのお菓子っていえば、遥の連続当たり引きの記録は誰かに破られた?」


「答えがわかってて、たずねてる感じがするねぇ」


 隼人は自分のことのように得意げになって、へらへらと笑う。


「遥は二十円さえあれば、駄菓子屋で腹いっぱいになるからな」


「そうね。いまだに、あそこまで強運の子はお目にかかったことがないわ」


 当たり付きの駄菓子を買うと、遥はいつも当たりを引き当てていた印象がある。連続して当たりを引きあてるのも、一度や二度ではない。おかげで、隼人も撫子もよくタダで駄菓子をわけてもらっていた。


「いまだから言うんだけどね。遥ちゃんが当たりを引けなかったお菓子は、次の仕入れがあるまで、ひとつも当たりが出なくなってたからね」


「つまり、あいつが全部の当たりをかっさらったってことか。すげぇな。神様に愛されてるな。さっすが、マジモンの巫女だ」


「その巫女の純潔が、ヤバいんじゃないの?」


「なんのこと?」

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