2016年【隼人】4 夏休みがはじまる前から

「借りた本は、全部読みましたよ」


「全部? 本当かしら?」


 総江が貸してくれた本は、UMAに関連するものだ。読みやすい文章の上に、写真も多かった。


「面白かったですから、手が止まらなかったですよ。いまのオレは獣人系のUMAに誰よりも詳しい男に進化してますよ」


「誰よりも詳しいって、隼人が読んだ本の著者には劣るでしょ。あまり大きいこと言ってたら恥ずかしいんじゃないかしら」


「そりゃ、そうですけど。てか、冗談半分なのに、マジで返されたら困ります」


「あら、私の返しも冗談半分のつもりだけど」


「だったら、ちょっとは笑ってくださいよ」


 いつも真面目な顔で、総江は心のうちをあまり見せてくれない。それでも、意外とおちゃめな部分も多そうだ。

 なによりも、彼女が悪い人ではないというのは短い付き合いながらでも感じとれている。


「それから、もう一つの宿題はちゃんとできてるのかしら?」


「もちろんです。動物を追いかけ続けましたよ」


 自慢げに語りながら、その『動物』をこの瞬間も探していた。

 癖になっているのだ。

 もっとも、その癖は総江から宿題を出されて身につけたものではない。以前から『彼女』のことは目で追うことが多かった。


 教室に戻っているだろうと、勝手に決めつけて半ば諦めていた。だから、予想に反して見つけたことで、戸惑ってしまう。


 久我遥は人の流れに逆らうようにして、立ち止まっていた。

 複雑な表情で、隼人と総江を見つめている。

 目があうと、人間にみつかった野良猫のように、遥はそそくさと逃げていく。


「人間も動物とは、考えたわね」


 遥を追いかけようと踏み出した隼人の足が、一歩目で止まった。会話の途中で走っていくほど無礼者ではない。


「もしかして、これは部長の課題的にはナシですか? 『なんでもいいから、動物を追いかける癖をつけろという課題』それなら、遥でいこうと思いついたとき、オレは天才だと自画自賛したんですけど。ダメでしたか?」


「いいんじゃないの。でも、隼人みたいに遊んでる子供っているわよね。ほら、親の買い物についてきて、スーパーで親を隠れて追いかけてるみたいなの」


「子供の遊びと一緒にしないでくださいよ。オレは見つかってませんからね」


「いま、思い切り逃げられたのに?」


「お言葉ですが、一人で追いかけてるときなら、こんなことなかったんですよ」


「つまり、遠まわしに私の責任だって言いたいのかしら?」


「ちがいます。オレが言いたいのは、どうやら先天的に『絶』が使えるってことで」


「ぜつ?」


 総江は小首を傾げる。漫画とか読みそうにないから、伝わらないか。これが遥ならば、『黙れ強化系。隼人は単純バカなんだから、うんたらかんたら』と、ツッコミが入るはずなのに。


「私も勉強不足みたいね。絶について、調べておくわ」


「そんな真面目に対応しないでくださいよ。UMA関連の本を返すときにでも、ハンターハンターを貸しますから」


「そうだ隼人。聞いておきたいことがあったんだけど、本を全部読みきったのは、いつだったのかしら?」


「昨日の寝る前です。それで夜更かしして、式の最中にぐーぐーと」


「ギリギリ読める量を『計算』してたけど、超えてはくれなかったのね。となると、夏休みで優先的にレベルアップさせるのは――」


 聡明な女上司が、部下のスキルを伸ばすための課題を考えてくれている。集中しているようで、黙り込んでしまった。


 隼人もいまの間に、ハンターハンターを総江に貸すための問題点について考える。

 既刊しているコミックスは、全て購入しているのだが、ヨークシン篇までは遥に貸したままなのだ。記憶が確かならば、遥の部屋の本棚で『イリヤの空、UFOの夏』の横にささっているはずだ。


 隼人にとって、遥の部屋というのは気軽に訪れる場所だった。

 今年の春休みまでの長期休みは、遊ぶ約束をしていなくても、どちらかの部屋に集まっていたぐらいだ。


 集合したあと、その一日をどうやって過ごすか決めていた。川や海や山や自然の中で遊ぶこともある。映画や買い物にも出かけた。カラオケやボウリングやゲームセンターやバッティングセンターでも楽しんだ。


 どこで遊ぶにしても、スタート地点は隼人の部屋か遥の部屋だった。

 倉田と遥がああなったことで、遥の部屋が、隼人にとって遠い存在になっている。


 はじまりがなければ、続きがあるはずもない。

 この夏休みは暇になりそうだ。


「覚悟しなさい、隼人。この夏休みは忙しくなるわよ」


「え?」


「やることが山積みよ。今日も新しく本を貸すから」


 暇になったところに、総江が予定をつめていってくれる。


「それと、いままでどおり遥ちゃんのお尻を追いかけるのも続けること。いいかしら?」


 しかも、遥にまだ関わってもいいのだと、総江は肯定してくれている。


「仕方ありませんね。その指示があるなら、ストーカーみたいですけど続けますよ」


「軽口を叩いた以上、この夏が大変でも逃げ出さないでよ。どんなにつらくてもね」


 隼人の照れ隠しと強がりを見据えながら、総江は口調を強めていた。


「上等ォ」


 夏休みがはじまる前から、すでに夏ははじまっている。

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