2016年【隼人】3 金髪碧眼と黒髪黒目
「彼、有沢暁彦くんよね?」
「はい、通称『アホ沢暁彦』です」
「そっか。アホ、バカ、マヌケのトリオになる『計算』だったわね」
「トリオってなんですか。コンビにはなりましたがね」
コトリを筆頭にした女子たちからは、『アホ沢暁彦』と『浅倉バカ人』のコンビとして不名誉なあだ名で呼ばれている。
コトリたちならば、隼人が知らないだけでマヌケ呼ばわりしている奴もいそうだ。
うちのクラスで、アホ沢やバカ人のように、マヌケと呼ばれて語呂がいい奴がいただろうか。もしかしたら、マヌケだから、名前から『マ』を抜いて呼ばれているだけかもしれない。もし、そうなら適任者がいる。
いままさに、目の前を万久里正海が通り過ぎていく。
「クリちゃん元気か。中学入って、目に見えてでっかくなったなぁ、クリちゃん?」
声をかけたのだが、万久里には無視されてしまった。
遥ならばいまのボケを見過ごさない。クリトリスのクリちゃんだと理解して、すかさずツッコミをくれただろう。
だが、総江には放置されてしまった。
すべったことは、なかったことにしよう。
真面目な顔をして、話題を変えて誤魔化す。
「でも意外ですね。部長も終業式に出てたんすね。てっきりサボるもんかと思ってました」
「コーナーをドリフトで曲がるみたいな真似をするわね。物凄いライン取りで話題を変えたことに関心するわ」
無視されるというコースアウトを免れた。ならば、アクセルを踏むべきだ。
「あれですか。校長先生のありがたいお話を聞きにきたってところですか」
「体育座りが嫌いだから、式には出ていないわ。だいたい、とりたてて面白い話でもなかったでしょうし」
「オレの記憶が確かなら、校長は妊娠期間と土にかえるまでの関係性の話をしてたような気がするんすけど」
「即興にしては面白い嘘をつくわね」
「嘘っていうか、なんだろう。式の間に見てた夢の内容がそうだったのかな」
「夢を見てたって。結局、隼人もありがたい校長のお話をきいてないんじゃないの」
「あー、そうっすね」
「……」
「……」
とりとめのない会話に間ができる。
黙って見つめあうわけにもいかず、総江から目をそらす。視線を泳がせて、廊下を歩いていく生徒たちを何の気なしに眺める。
誰も彼もが総江を見ていく。男も女も関係ない。そのあとで、オマケのように隼人を認識して、微妙な顔になるまでが、一連の流れだった。
金髪碧眼のクウォーター、沖田総江。
そんな特徴的な女生徒がいるという話は、誰もが一度は耳にしたことがあるはずだ。と同時に、総江を見たことがない者も多い。というか、ほとんどの連中にとっては初見か。
総江は噂だけが先行したUMAのような存在だったのだ。少なくとも、この岩田屋中学校の生徒たちにとってはそうなのだろう。
いままで、総江の存在は勝手に個々人が想像するだけで終わっていた。目の当たりにしての感想が、連中の顔に書いてある。
本物の総江は、イメージの中の金髪碧眼女性よりも美しい。
生徒たちがクラスに帰るのを隼人と総江は眺めている。廊下で立ち止まっているので、おのずと女子が目の前をベルトコンベアー方式で流れていく。同年代の女子の顔と総江の顔をいくらでも比べられる。
総江の圧勝。
いまのところ競り合えるのは、遥しかいない。これはあくまで、隼人の主観だが。
もしかしたら、有沢の反応が妙だったのは、総江のポテンシャルに起因するのではないか。
総江にはファンクラブ的なものがあって、嫉妬にかられた狂信的なファンに隼人が襲われるのを危惧していたとか。
「で、隼人。宿題はどこまで進んだのかしら?」
もやもやした気持ちを隼人が忘れるには、総江の質問はちょうどいいあんばいだった。
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