2016年【隼人】2 情熱乃風の川島疾風だよ
「なぁ、有沢は夢精したことあるか?」
「おまえ、そんなエロい夢みてたのか?」
体育館での終業式がおわり、教室に戻っている途中だった。廊下をぞろぞろと歩きながら、隼人は有沢のとなりで大きな欠伸をする。
「夢の内容は思い出せねぇな。でも、なんか見たのは間違いない」
「そりゃ、あんだけ熟睡してたら夢も見るだろうよ。式の後半は座ってなかったからな」
「おおげさなことばっか言いやがってからに」
「そりゃ、ちょっとはオーバーに言ったかもだけど。でも、出席番号一番のくせして、目立ちまくってたのは間違いねぇ」
「あー、そういや時田に呼び出しくらったな。放課後なんとかかんとかって」
「つまり、あの先コーの小言で浅倉の一学期はしめくくられるわけだな。おつかさまでーす」
「よし。ネチネチ言われるのいやだから、みつからないように帰ろう」
「そんなんで、大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。いままでは、なんとかなってるから」
さもありなんと言うと、有沢が呆れたように息をつく。
「それって、久我がフォロー入れてくれてたからだろ。まさか知らなかったのか?」
「マジで?」
天使のような人物の姿を探す。
久我遥は仲のいい女友達と喋りながら、隼人の先を歩いている。
それにしても、出席番号の逆順で体育館から出たはずなのに、その並びはいまやぐちゃぐちゃとなっている。
人の歩く列をよく見ると、一人だけ学年のちがう生徒がうちのクラスの行進に混じっているのにも気づく。
そういえば、うちのクラスの女子とラブラブで付き合っている先輩の噂をきいたことがある。
「おー、おー。お熱いねぇ。あいつら、もうヤってんのかな」
「さぁな。誰が誰と乳繰り合おうがどーでもいい」
「久我以外は。ってことだよな?」
「うっせぇな」
遥は依然として、女友達と話している。上級生の彼氏がいたとしても、お熱いところを見せつけるバカップルとは違うのだ。
倉田とは、まだ手も繋いでいないのを隼人は知っている。
もっとも、普通の神経ならば、バカップルのように目立つのは避けるはずだ。こんな公衆の面前で、異性の後輩に話しかけるのは賢明ではない。周りから茶化されるのが嫌でないのなら話は別ではあるが。
「ちょっと隼人。無視して通り過ぎるってなんの冗談かしら」
声をかけられて驚いたのは、隼人だけではない。有沢も口を開けたまま、足を止める。
金髪のポニーテール美人を素通りしたことに、悪意はなかった。単純に、呼び止められるまで気付かなかっただけだ。
「すんません部長。マジで気づいてなかっただけです。わざとじゃないんで」
怒った様子もなく、沖田総江はポニーテールの先端を指にからませる。
「でしょうね。移動中の隼人の視線を辿ったら、私に気づかない理由も簡単に察することができたしね」
そう語った総江が視線を動かす。遥に向けられるのかと思ったが、違った。隼人から有沢に移動した。
「二人で話をしたいの。あなたは先に教室に戻ってもらって構わないかしら?」
「そりゃ、別にいいですけど」
面くらいながらも、有沢は素直に従う素振りをみせる。
だが、すぐに立ち去らない。いきなり隼人の肩を組んできた。
「部長ってなんだよ。沖田総江じゃんか。この人が、どんな人物なのか知ってんのか?」
総江に男ふたりの背中を見せつけながら、隼人も有沢と同じように声をひそめる。
「すごい人ってのは、理解してるけど」
「沖田総江の親のことは?」
「しらんけど、どうせ父親はエロビデオを部屋に隠してるような人だろ」
「お前のその決めつけは、どこからきてんだよ」
昔、そんなことを教えてくれた人がいたのだ。
「――情熱乃風の川島疾風の助言だよ」
「誰だよ、それ」と、有沢が小声でツッコミを入れたタイミングで、総江が咳払いする。
「まぁいいや。死ぬなよ、浅倉」
背中をポンポンと叩いてくれた有沢を見送る。
「なんなんだ、いったい?」
死ぬとかいう物騒な言葉が、どうして出てくるのだ。
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