2016年【隼人】1 産声を叫び、たちあがる

「妊娠期間と同じだけの時間があれば、野ざらしにされた死体は完全に姿を消すらしい」


 浅倉隼人が見上げると、隣に立つ川島疾風が赤いサングラスのずれを直していた。


「子供相手に、なに言ってんの?」


「オレがえげつない下ネタかましたときと同じ反応するんだな。そうか。小学生の隼人には、ちょいと難しい話だったか」


 疾風の柔らかくつり上がった口の端には、土がついている。顔の汗をぬぐったときに、こびりついたのだろう。


 隼人らの足元には、二人で作ったお墓がある。

 動物の死体を土に埋めて、盛り上がった地面に『ゆうま』と名前を書いたかまぼこ板を突き刺しただけの簡単な作りだ。


 女子がいれば花でも添えるのだろうが、野郎二人ではポケットに入っていた線香花火を置くのが関の山だった。


 爪の間に土が入った手を、疾風は静かに合わせた。お墓の前での作法を真似て、隼人も合掌。


 隼人は心の中で『ゆうま』と名付けた動物に別れを告げる。

 産まれてきてくれて、ありがとう。


 当然ながら『ゆうま』にも母親がいて、お腹の中で育った期間がある。疾風の言葉に引きずられるように、そんなことを考えてしまった。


「妊娠ってさ、お腹の中にいることだよね」


「そうだ。どうやったら、子供が出来るかは自分で知るべきだ。オレにきくな」


「そんなことが気になってるんじゃないんだけど」


「そうか。でも、どうしても知りたくなったら、親父さんの部屋を漁ってみろ。きっと宝はあるぞ。けどな、えげつないものが見つかっても、親父さんを嫌いにはなるなよ。そういう面が浅倉弾丸さんにもあるってだけだから」


「僕は真面目な話したいんだけど! なんで遥のお父さんは、いっつもそうなの? あ、痛っ」


 疾風に叩かれた頭を隼人は手でおさえる。小気味いい音の割には、まったく痛みがない。


「だから、オレは遥の親父じゃないんだって、なんべん言わせんだよ。この前も、もう二度というなっていったのに、これだよ」


「あー、ごめん。じゃあ、この話はこれっきりってことで」


「よし。なら、隼人のいう真面目な話をしようぜ。脇道に逸れずに、話したいことの本筋を最速で走り抜けよう」


 そう言われても、考えが頭の中でまとまっていない。でも黙っているのがいやで、見切り発車する。


「だからさ。妊娠は、お腹の中にいることだよね」


「そうだ。人間だったら、十月十日とかいうな。生物によって、その期間はちがうとかラジオできいたことがある」


「そこまでは、僕もなんとなくだけどわかってる。でさ、野ざらしにされた死体が消えるとかなんとか言ってってたけど、それはどういうことなの?」


「説明を求められたら、困るな。いまさっきカッコつけて言ったんだけど、これもラジオできいた情報だからさ――」


 うーん、うーんと、疾風は唸る。サングラスで目元が隠れていても、本気で焦っているのがわかる。


 子ども相手にも、いつもながら真剣に向きあってくれる。MR2というヤンチャなスポーツカーを乗り回しているくせに、疾風は真面目な大人なのだ。


「――多分だが、食物連鎖とかで他の生き物に肉を食われて、骨やらなんやらが土とかにいるバクテリアに分解されて。おい、隼人。懲役くらったみたいに、難しい顔してるぞ」


「ちょーえき?」


「だから、その顔やめろって――そうだ。遥のことを思い出せ。遥の笑顔。あと、一緒に風呂入ったときのこととかをだな」


 言われるがままに遥の笑顔が頭の中に浮かぶ。


「うーわっ、秒で笑顔になったよ、こいつ」


 隼人の頭の中はクリアになった。だからだろうか、疾風の言葉をきいて生まれた疑問が、ようやく意味を得たものに変化する。


「僕らの中でうまれたものって、なんでもかんでも消えるまでには、中にいた時間と同じぐらいかかるのかな?」


「面白い発想だな。つまり、それは物質的なもんだけじゃなくて、精神的なものもそうじゃないのかって言いたいわけか」


「うーん、よくわからない。でも、そんな感じかも」


「考えたこともなかったが、隼人のいうとおりかもしんねぇな。感情とかも、内に秘めてる期間が長ければ長いほど、引きずるからな」


「そうなの?」


 疾風はうなずいたあと、大きく息を吸い込んだ。力を貯めて、吐き出すためだ。


「久我朱美! オレはまだ、お前を愛してるぞ!」


 天に向かって、疾風は叫んだ。

 その姿に憧れてしまって、隼人も続く。


「愛してるぞ、遥!」


 お墓に供えた線香花火が、傾くように動いた。

 いつもどおりな隼人たちを見て『ゆうま』も天国で笑っているのかもしれない。

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