第3話 お金の使い方
視察団は街の中を車で時速10kmとゆっくりなペースで回っている。住民達はこの車がどんなものか把握しており、去り行く時に頭を下げたり、奥に隠れたりと様々な行動を起こす。
しかし、車内はそんなこと知ってか知らずか意外と和やかであり、街を散策しているかのような雰囲気まででている。
「なぁ、あそこの店はなんの店だ?」
「あそこは八百屋ですね。他の地域から仕入れてきて売っているのでしょう」
「では、あっちの店は?」
「あちらはコーヒーなどを置く輸入雑貨屋ですね。他都市から回ってきたものを捌いて稼ぎを得ています」
「なるほど。上手いことやっているのだな」
運転手兼世話係の”ドウム”から話を聞くのは、”ギムド・アッハーム”王子、この王国の第二王子だ。
この国の財政・金融を主に担当し、土地開発や企業誘致なども積極的に行うやり手の王子だ。
ただ、企業や地域の有力者などからは好意的な反応が返ってくるが、その下の労働者からは全く逆の反応しか戻ってこない。
それは、ギムド王子のやり方”金に物言わせる”政治にある。
欲しい土地を見つければ所有者に金を突きつけ、交渉の余地すら与えず突きつけた傍からすぐさま重機を持ち込み開発を開始する。
例え、そこに所有者の思い出や他の財産があったとしてもだ。
しかし、王子は全く気にしない。何故ならば、王子が突きつけた額はそこの所有者が一生かかっても稼げない額を渡すからだ。
そのため多くの地権者や地方政治家は王子の手腕を”合意なき開発”と蔑んでいる。
「ドウム、そろそろ本命の所に向かってくれ」
「もう街はよろしいので?」
「こっちはやる時に面倒くさそうだ。地味な勾配がずっと続いていて誘致に向かない」
「しかし、これから向かう方もあまり変わらないのでは?」
「あちらは違う。何せ広い。それに重機で少しならせば直ぐに平坦な大地にできる。それに、そこで出たものはゴミ溜めに送ればどうにかなる」
「なるほど、分かりました。では本命に向かいます」
ドウムはギアをドライブに入れ加速し、街を抜けていった。
************
ラフィーは串焼きを食べていた。
満足だ。
久しぶりにこんなにお腹を満たした。
こんなに満足したのは3ヶ月ぶりだ。
前は串焼き1本が限度だったが、今日は3本も食べれてスープも飲めた。
こんな大金を手に入れられたのは本当に幸運だった。
ラフィーの住む国は物価が安く、今回手に入れた690リヤルは本当に大金だった。
大人の月収の約2ヶ月分にはなるのだ。
ラフィーはこのお金をどうするか悩んでいた。
いつもなら少ない金額をそのままおじさん達に渡している。
でも、今回は違う。
大金だ。
滅多にお目にかかれない程だ。
ならどうする。
ラフィーは、串焼き分10リヤルを引いた680リヤルから100リヤルだけ抜き出し、クリップに挟みズボンの右ポケットに入れた。
これはおじさん達に入れる用だ。
残り580リヤルはどうするか。
ラフィーは残りのお金をズボンのポッケからクリップを取り出しお金を止め、それをパンツに止め、ズボンで覆い隠した。
この街にはスリや強盗が多い。その対策として、人が手を入れたがらないところに入れておけば盗まれにくいのだ。
それにもし取られた時、ポケットにしまった100リヤルでもスリなどは満足するのでズボンまで手をかけないのだ。
「よし…」
ラフィーは止まり具合を確認した後、街のはずれに向かって歩き出した。
************
ラフィーは40分かけて歩き、ある場所に着いた。
ラフィーの今いる場所は通称”死街”。度重なる戦争・内戦によって建物は倒壊し、人が死んでもそのまま放置され腐臭が漂う完全に人が住めなくなった場所である。
ラフィーは週に3度この場所に来る。
何故ここにラフィーは来たか。
それは大切なものを隠すためだ。お金もそうだが、両親の形見、孤児院のみんなの写真、ナイフ等の武器、その他いろいろなものをこの場所に隠している。
だが、何故わざわざこんな離れた場所に隠しているのか。
この場所はラフィーの生まれ育った場所なのだ。
戦争前は街自体狭いながらも、皆活気があり何処も彼処もワイワイガヤガヤと騒がしい街であった。
街は中心に礼拝を行う為の広場があり、そこから東西南北に十字に大通りと放射状に狭い道が伸びている為、この街は”死街”と呼ばれる前は太陽の街”ルイファン”と呼ばれていた。
そして、この街の南の大通りのちょうど真ん中にあった家が、ラフィーの生家であった。だが、今では外壁と屋根を少し残すだけの瓦礫の山だった。
「ただいま……」
瓦礫に反響し家の奥までラフィーの小さな声は響いた。
ただ、返事が帰ってくることは無い。
風で飛ぶ砂の音以外何も聞こえない嫌な静けさが漂う中、ラフィーは家の奥に進む。
家の中は砂で汚れた絨毯の上に、崩れ落ちた2階の床と天井が散乱し、テーブルや食器棚は倒れ、全て埃まみれになっている。
ラフィーは足元に注意しながら進み、家の勝手口を出た。
勝手口を出ると小さな裏庭がある。ここは両親との思い出が残る場所だ。右の壁沿いには小さな花壇と金木犀の木。母が趣味で取り寄せ頑張って育てた木だ。
右側には父の仕事用の道具棚と作業台が未だにしっかりと立っている。
ラフィーは、最初に近くの井戸から水を組み花と木へ水やりをし、手入れをする。
花壇の花はチューリップなので球根がダメにならないように土を被せる。
木は父の道具棚からハサミを取り出し伸びすぎた枝を剪定する。
父と母の大切だった場所を守る。
ラフィーはそれが生涯の仕事だと思っている。そして、この場所はこの街の中で唯一”生きている”場所で、守らなければならないという使命感に似たものをラフィーは感じており、大切に守っている。
ラフィーは一通りの手入れを終えて家に戻り、そのまま2階への階段を登る。
2階はほぼ崩れているが、彼が使っていた部屋は無傷だった。
ベッドや机、本棚等が壁際に並ぶその部屋の隅、1箇所だけ壁に縦横30センチ程の切込みが入っている。そこがラフィーの大切なものの隠し場所だ。
本棚の裏に隠したナイフを取り出し、壁の切込みに差し込む。そして、はまったブロックを引き出しその奥から同じサイズの木箱を取り出した。
これがラフィーの大切なもの入れだ。
赤いペンキで刺青のような模様が上箱に施された木箱を開ける。
中は2つに仕切られ、左には形見や写真など見慣れたもの、右にはお金が入っている。
お金の総額は今回の稼ぎも含めたら3000リヤル(約90000円)ぐらいになる。
これだけあれば質素に暮らせば数年は生きていける金額だ。
でも、ラフィーはただ生きるために貯めているのではなかった。
母の仇を討ち、あとは自分も母の元に行くだけだと思っていたラフィーを、労働力ではあるが寝る場所と食事を与えてくれたメリーナおばさんに恩返しをしたいのだ。
ただ、ラフィーはまだ恩返しの使い道は決められなかった。まだ人生10年しか生きていないラフィーは、女性への贈り物を何にしたらいいか分からなかった。
だから、取り敢えず貯めている。いつか必ず恩返しをするため、といった状況といったところだ。
ラフィーはパンツからお金を外し、箱に入れる。
すると、ラフィーは何か違和感を感じた。
「……ん?なんだろ」
1度お金を全てだし、底を確認する。
しかし、特に変わったところは無い。
反対の大切なものの方を今度は全部出す。すると一つだけ見覚えの無いものが出てきた。
「なんだろ…これ」
箱から出てきたのは綺麗に磨かれた黒い石のはまった金縁のブローチだった。金の縁は細かく装飾され、金の細い針が石から放射状に飛び出しているようにも見え、例えるなら黒い太陽の様にも見えた。
しかし、このブローチを拾った記憶はラフィーにはなかった。
他の誰かがこの箱を見つけた?
一瞬疑惑が脳裏に走ったが、直ぐにその考えはたち消えた。
部屋の床には埃が降っており、ラフィーの足跡しかこの場にはないのだ。
では一体何故これが箱の中に入っているのか。
これは誰の物なのか。手のひらの上で鈍く淡く光る不気味な石のブローチに目を落とし、ラフィーは1人困惑していた。
その頃、ラフィーの家にはこの街に近づくエンジン音が微かに届き始めていた。
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