第1話 スラム街から

「ぐうぅぅぅぅぅぅ〜……」

ここのとこ久しく満足に食べれていない。


支援団体からの炊き出しは日に1回あったのが、最近はあの厄介なヤツら”アスラ黒十字軍”とかいう反政府勢力がこの近くで戦闘を行い、提供は3日に1回になってしまった。


腹を誤魔化すにも水は井戸からしか取れず、水が濁りがちのため満足に飲めない物になってしまっている。


「ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」


どうにかお腹の音抑え込まないと。


ラフィーは今、両親の親戚の家で寝泊まりさせてもらっている。トタンの屋根に壁、ベニヤ板を貼り付けただけの内壁、床はコンクリートの上にどっかから拾ってきたカーペットを直敷きだ。

その家に置いてくれている親戚だが、親戚といっても血の繋がりは薄く、体のいい奴隷のようなもので、ほとんど厄介者扱いだ。


「おい!ラフィー!さっさと水やってこいよ!」

父の"はとこ"に当たる”アーハムおじさん”が怒鳴る。

水をやってこいというのは、井戸から水をくみ上げて、それを家の裏手にあるろ過装置で綺麗にしてこいということ。

これはラフィーの日課であり、日に4回繰り返している。


「はい、今すぐ」


ラフィーは直ぐに返事をし、家の裏手に周り、大きな瓶を持って井戸まで走る。


「さっさとしろよ!礼拝があんだからよ!」


遠くで喚き散らすアーハムおじさんの声を耳にしながらラフィーは井戸に向かった。


ラフィーは孤児である。

3歳の時に父を、7歳の時に母を亡くした。

父は、街での政府と反政府勢力との戦いに巻き込まれ。母はスラムの5人の男集に覚せい剤を打たれレイプされた挙句、石油を運ぶ列車に轢かれて死んだ。


父の仇を取ろうにも、どちらが手を下したのか分からないためどうしようもなかった。


しかし、母は誰にやられたかを携帯に明確に残していた為、ラフィーはやった男集を特定し、ラフィー自らの手で一人一人、時には酒に毒を盛り、時には夜中に夜襲をかけて手を下した。


その後、行く宛もなくスラム街をさまよっていた所、アーハムおじさんの奥さん”メリーナおばさん”に労働力として拾ってもらい、今はそこに住まわせて貰っている。


街には孤児院もあるが、そこは宗教観の違いなどにより反政府勢力に襲われることが多い為、ラフィーは行きたくないと考えていた。

そこに遠い親戚のメリーナおばさんと出会い、ラフィーは助かった。


ちなみに、ラフィーが嫌った孤児院はラフィーが9歳の時、反政府勢力のRPGにより倒壊し、全員が死んでしまった。


ラフィーは良くこう思う。

ここで生きていり意味があるのか。

ここの人達に迷惑をかけっぱなしでいいのだろうか。

僕はあそこで死んでいた方がよかったのでは、と。


しかし、それは答えの出るような問では無いことをラフィーは理解していた。


今は、とりあえず言われたことはこなそう。

そう新たに思い直し、ラフィーは井戸から水をくみ、水瓶を持って家に戻る。


これが今のラフィーにできる事なのだから。



家に戻り、ろ過装置に水を流し込む。

砂や砂利を水が通ったあと、ポリエステル製のフィルターを通り、水がろ過される。


しかし、水はろ過しただけでは使えない。

1度やかんで沸騰させ、煮沸して水を殺菌。

それからでないと水は飲めないのだ。


ろ過の過程を少し眺めたあと、アーハムおじさんに報告をする為、家に入る。

部屋の真ん中で横になり、スマホをいじっているおじさんに報告をする。


「アーハムさん、水くんできました。今ろ過してます。」


その声を聞いた途端、アーハムおじさんは身体をこちらに向け、ラフィーに怒りを露わにする。

「いちいちそんな報告いらねーよ!やって当たり前だろうが!お前、自分の仕事やる気ねーのかよ!?」


「い、いえ……そんな事ありません!」

「だったら言われる前にやっとけよ!このガキが!!」

「ごめんなさい…もう言われないようにします……」

「ったく!目障りだからどっか行っとけよ!」


アーハムおじさんはそう言って身体を戻し、再びスマホに目を走らせる。


「はい、ごめんなさい……」


このやり取りはほぼ毎日行われている。

ただのアーハムおじさんの鬱憤晴らしだ。

ラフィーは言われた通り直ぐに外に出て街に飛び出す。


アーハムおじさんはいつもスマホをいじって何かをしている。メリーナおばさんが言うにはそれが仕事だとか言っていたが、おばさんもその詳細は知らないらしい。


メリーナおばさんは家で家事をしながら時折、街の中心に行き手製の編み物を売ったり、服や布製の雑貨の修復を行ったり、手伝いで織物工場に働きに行ったりしてお金を稼いでいる。


ラフィーも日銭稼ぎはしている。

物乞いや観光客へのたかりはしない。

やるのはゴミ漁りや道案内、時々来る郵便の配達などがラフィーの仕事だ。


まぁ、稼げるのは微々たるものではあるが、それでも貯まれば串焼きや、豆の煮物ぐらいは食べれるような稼ぎにはなるので頑張っている。


ただそれはしっかり稼げた時だけの、ちょっとしたご褒美みたいなものだ。


それ以外は炊き出し、それもおじさん達に一度預けてから戻ってくる皿の残り物が主な食事だ。


それ以外はろ過した水を隠れて飲むだけである。


「ぐうぅぅぅぅぅぅ……」


腹の虫は鳴き止まない。


「はぁ、行くか……」


ラフィーのいつもの寂しい日常がまた始まる。


ただ今日は、少し街の色が違って見えた。

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