第6話 幻獣と遭遇した!




 坂の下の信号で立ち止まり、私はフェンリルの子どもを見下ろす。


「……この子の親、探す?」

「次の目的か? まぁいいんじゃないか」


 新たな目的に追加。


「とにかく、精霊樹を見に行こう」


 先ずは精霊樹だ。


「はぁ……」

「学校のみんな、残念だったな」

「それもあるけど……順応力が高すぎる気がする。今朝は両親の遺体を焼いて、同じ学校の生徒がたくさん死んだ……なのに、平然と目的を立てて、遺体を放置して次に向かうなんて……いい奴とは程遠いよ」


 ゼイはいい奴なんて言ったけれど、薄情な気がする。


「生き抜くためには仕方ないだろう。強くなきゃ生き残れない弱肉強食のこんな世界なんだ。クヨクヨせずに先に進めて、オレは精神的に強いっていいと思うぞ。それに仇なら討ったじゃないか。学校のみんなのために、怒ってブラックドッグ達を倒した。ミズナはいい奴だよ」


 もう一度、ゼイはいい奴なんて言ってくれた。

 私はもう何も言わずに、ぷにぷにのゼイを撫でる。


「疑問に思ってたんだけどさ」

「何?」


 フェンリルの子どもを気にしながら、歩みを再開して道を真っ直ぐ進む。

 ゼイは質問をした。


「なんで道の隅っこ歩いてるんだ?」

「……ああ、癖かな。道路って言って、乗り物が通る道だから。ほら、車ってやつ、これのこと」


 ちょうど激突した車が二つあるから、私はそれだと教える。


「もう通らないならいいんじゃないか? 隅っこを歩かなくても」

「そう思うでしょう? でもね、万が一走ってる車がいたらどうなる? 車もまさか道路の真ん中を歩いている人がいるとは思わず、轢くかもしれない。だから私は安全のため、道の隅を歩く」


 キリッと言い切った。


「馬車道だって隅を歩くでしょう? それと一緒」

「わかったよ」


 今度は緩い坂を上がる。そのうち、踏み切りに辿り着く。

「お。線路だ」と、ゼイが身を乗り出して見る。

 右左と確認して渡ると、後ろから「キャン!」と鳴き声がした。

 見れば、線路の隙間に後ろ足を挟んだらしい。

 私はしゃがんで、挟んだ後ろ足を抜いてあげた。そのまま抱えて踏み切りを渡ったあと、下ろして歩かせる。喜んだ様子で跳ねるように歩き出した。子どもって、どんな生き物でも可愛いよね。

 また道を真っ直ぐに進む。相変わらず、死体が転がっているけれど、見て見ぬふり。

 中山道に出た。すっからかん、って印象を抱く。

 私はこの道で夏祭りや秋祭りが行われることをゼイに話した。


「祭りか、見てみたかったもんだな。この街の祭り」

「秋祭りはね、おおとりまつりって言ってね、こうのとり伝説パレードをやるんだよ」

「こうのとり?」


 ゼイの声音からして、知らないようだ。


「こうのとりっていう鳥。この街の由来だよ。住人みんなが知っているかは疑わしいけど、大昔にお供えを少しでも怠ると祟りが起きる小さな祠があってね。そのそばには一本の木が立っていたの。どこからか、一羽のこうのとりが飛んできて、その木に巣を作って卵を産んだ。そんな卵を狙って大蛇が現れて飲み込もうとしたから、こうのとりが怒って大蛇を退治した。それ以来、祟りが起きなくなったそうよ。こうのとりに感謝して新しい祠を祀って、この街が鴻巣と呼ばれるようになった。っていう伝説」


 記憶にあるだけを話したので、結構省いているけれど、それをゼイに教えた。

 鴻巣市のこうのとり伝説。


「へぇーすげーな。大昔のことなのに、よく知ってるな、ミズナは」

「うん。私はちょっと調べてみたことがあっただけだよ。それに精霊樹を見て、思い出したんだ」


 小学生の頃だったか、何かの宿題で調べたことがあった。


「こうのとり伝説と言えば、先ず、こうのとりが赤ちゃんを運んでくるっていう伝説を思い浮かべるけれどね」

「なんじゃそりゃ! 鳥が赤ちゃんを運ぶってなんだ!?」


 ゼイは笑ったようだ。私も詳しくは知らないので、ただ笑った。

 中山道の歩道を進んで暫くして、靴屋を通り過ぎて左に曲がる。

 建物で見えなかったが、ここまで来ればよく見えてきた。

 精霊樹。

 空を突き破りそうなほど高く伸びて、枝を広げて生い茂っている。

 呆気に取られたように、私は見上げながら近付く。

 小学校に到着して、びっくりし仰天してしまった。

 精霊樹は、その小学校のシンボルでもあるけやきの間に立っているとばかり思っていたのに、予想を裏切られたのだ。

 校舎の上にどっかりと根を下ろして、立っていた。

 よく校舎が潰れなかったものだ。なんて感想を抱いた。

 いやそもそも、どうやって現れたのだろう。この精霊樹。

 なんでまた校舎の上なんかに。

 グランドに生えればいいのに。

 うん、まぁ、そこじゃないか。


「……綺麗ね……」


 私はそう声を溢した。

 木洩れ陽が射し込んでいて、ペリドットやエメラルドのような輝きの木の葉。絡むような木の根っこ。

 小学校の校舎と精霊樹の組み合わせは、現実離れしていて、ファンタジーな光景。


「こんな光景を見てみたいと思うの」

「オレの世界とミズナの世界が合わさった、風景か?」

「うん……」


 私はとても穏やかな声で頷いた。


「そっか……。たくさん、見付かるといいな」


 ゼイも穏やかな口調で言葉を返す。


「ーーーー珍しいものを連れているな」


 そこで聞こえてきた、知らない男の声。

 よく見れば、木の根元。そこにふわもこそうな猫がいた。

 黒くて毛が長いめの猫だけれど、待てよ。

 ブラックドッグより、大きいみたいだ。

 四階くらいの高さにいるのに、なんで声がはっきり聞こえたのだろう。

 そもそも、なんで話せるのだ。

 魔物の意思疎通か。また魔物なのだろうか。


「幻獣だ!」


 ゼイが私の口にしていない疑問に答えてくれた。

 話が通じる幻獣のお出まし、ってわけか。


「世にも珍しい組み合わせだ。転生スライムに、幻獣フェンリルの子ーーーーそして、ヴァンパイアの少女か」


 遠目でも、その大きな黒猫がにんまりと笑う顔が見えた。


「まぁ、どんな世の中になってしまったのか、我にはわからぬが。何をしているのだ? 転生スライム」


 大きな黒猫は、私ではなく、ゼイに話しかけていたようだ。

 え。つまり珍しい連れは私とフェンリルの子どものことか。

 威風堂々とした口調の大きな黒猫は、ふわもふの尻尾を一振りした。


「何を、って言われても……。話していいか?」


 こそっとゼイは私に許可を求める。

 なんとなく察し。コクリと頷く。


「このヴァンパイアの少女は、元人間。オレ達とは違う世界の住人なんだ。だから、初めて見る精霊樹を見に来ただけ。それだけだ」


 何をしているかの問いにそう答えた。


「フェンリルの子は、なんかついて来ちまった。そうだ、親らしきフェンリルを見てないか?」


 フェンリルの子どもに目をやれば、辺りをキョロキョロしながら、お座りしている。


「見ていないな」

「そっか」

「一度、ここから探してみてはどうだ? もしかしたら、見付かるやもしれない」


 精霊樹の元まで上がるように誘われた。

 もう一度高いところに登って、街を確認するのもいいか。

 でも神聖な精霊樹に触れていいものなのかしら。

 特に闇属性っぽいヴァンパイア化した私。


「じゃあそっちに行く。行こうぜ、ミズナ」

「あ、うん」


 いいみたいだから、私は足を踏み出す。

 閉まっていた正面玄関の扉を、力尽くで開けた。

 懐かしい。この小学校に入るのは。

 階段どこだっけ、と探してしまった。

 少し右往左往して、見付けた階段を上がっていく。

 この学校の屋上も、出たことがない。あれ、何かの行事に出たような気がする。忘れちゃった。

 屋上のドアも、強引に開ける。


「……わぁ」


 煌びやかな木洩れ陽の下は、とても澄んだ空気だ。

 精霊樹の力によるものだろうか。

 別世界に来た感じだ。……なんて、“異世界が転移”したんだった。

 血臭さもない。ここだけ、特別感がある。

 深呼吸をして、清らなか空気を吸い込んだ。


「登ってみなくちゃ、街見えないな」

「……どうやって登るの?」


 どっしりと屋上に立っている精霊樹。

 枝には、どう足掻いても届きそうにない。


「何言ってんだ、飛び降りたじゃん。だったら飛ぶことも出来るさ」

「飛び上がるのと飛び降りるのは違うでしょ……」


 ゼイにそう返す。確かに、四階から飛び降りたけれども。


「ヴァンパイアの身体なら、容易いさ」


 大きな黒猫が、のんびりと言った。

 根元に横たわる幻獣は、やっぱり大きい。

 大きな猫さん。その黒い毛に埋れたい。

 フェンリルの子どももなかなかの毛並みだから、きっと最高に違いないだろう。


「そう……なら、試してみる。ゼイ、掴まって」

「おうよ」


 ショルダーバックを後ろに回す。ゼイは掴まった。

「くうん」と、情けない声を耳にする。

 振り返ると、同時にブーツに前足をかけるフェンリルの子ども。


「お前も登りたいの? んー……いいわ。おいで」


 飛び上がれるか、自信がない。けれども、抱えて上げた。

 試してみる。少し下がって、助走をつけた。

 ダンッと蹴り上げて、飛んだ。

 想像以上に飛び上がった。私の身体が羽根のように軽くなったみたい。

 一度、幹に足をつけて、また飛び上がる。ふわっと言いそうなほど、軽々と枝に着地した。太い枝はびくともしない。


「おお……」


 ちょっと風に吹かれてよろめく。ブーツで立つのも大変だ。

 そして、格別な光景を見た。

 小学校には、けやきが二つある。大木と言えるほどだけれど、精霊樹には負けるだろう。そんなけやきを見下ろせているのは、不思議だ。

 小学生の頃、この下でドッチボールを楽しんで、運動会をした。

 ずっと上にあって、私を見下ろしていたけやきを、こんなにも高くから見下ろすなんて。すごい。

 懐かしさ。それから、なんだろう。新鮮さかしら。

 ぼんやりとしてしまったが、ゼイの声で我に返る。


「どうだ? ミズナ。いそうか?」

「あ、えっと……そうね。魔物すら見当たらないわ」


 けやきから視線をずらして、私は街を一通り見回した。


「それはまだ人間の目で視ているからだろう」


 大きな黒猫が、告げる。

 思わず、ビクッとしてしまう。根元にいたはずが、同じ枝に黒猫はいたのだ。どうやって、いつ移動したのか。

 なんか得体の知れない感じだ。このふわもふの黒猫。

 愉快そうに目を細めて笑っている気がする。怖いわ。


「ヴァンパイアの目で視てみれば、わかるだろう。いや感知をするのだ」

「感知……?」

「ヴァンパイア・アイという特技(スキル)だ」


 ヴァンパイア・アイか。

 とにかく人間業ではないのだろう。

 特技(スキル)ね。さっきは、どうやって獲得したっけ。

 単に全力疾走して殺しに行っただけだけど、瞬殺という特技(スキル)を得た。

 今回も成功すれば、特技(スキル)欄に書かれるのだろう。

 もしかして、蝙蝠のエコーロケーションのことだろうか。または、それに似た魔法に近い能力。

 確か、蝙蝠は超音波を出して暗闇の中を把握する。それがエコーロケーション。

 私は超音波の出し方をわからない。逆か。生き物は呼吸や心音、音を発している。それを拾えばいいのだと思う。

 やってみようか。


「……」


 目を閉じて、神経を研ぎ澄ます。そして目を見開いた。

 望遠鏡を覗いたように、拡大して目にする。

 ドクドクと脈打つ影を見付けた。それは子どものような、小人のような、とにかく小さな体格の人影だ。集団で移動している。

 子どもが、こんな世界を歩いているわけがない。魔物か。ゼイの言ったコブリンか、ゴブリン辺りだろう。

 続いて、目を走らせるように、音を発するものを探す。

 そこかしこに、人影が建物の中にある。自分の家に立てこもっている生存者だろうか。

 人ではない。探しているのは、大狼。四足歩行を探したが、見渡せる範囲にはいないようだ。野良猫すら、見当たらない。


[クロス ミズナは

 【特技(スキル)】ヴァンパイア・アイを獲得した!]


 獲得した報告を一瞥して、私は首を左右に振った。


「ヴァンパイア・アイで視たけど、近くにはいないみたい」


 そう言いながら、フェンリルの子どもの頭を撫でる。


「近辺にいないのか。あるいは……いや、フェンリルほどの幻獣が、そう易々やられたりしないな」


 ゼイは独り言のように呟いた。最悪を想定したが、フェンリルは強い幻獣らしい。並の魔物には負けない、か。

 並じゃない、最強の魔物ヴァンパイアが昨夜この街にいたが、関係ないことを願う。


「あっ……陽が暮れる」


 赤い夕焼けに染まり始めた空を眺めた。

 視界いっぱいの世界は、真っ赤になる。

 やがて燃え上がるような赤は消え失せて、あっという間に暗くなった。

 私達は、夕焼けの空が夜の空に変わることをただ見守っていたのだ。


「今夜は精霊樹のそばで寝るがいい」


 大きな黒猫が、口を開く。


「おう、そうさせてもらおうぜ。ミズナ。いいよな?」


 ゼイが頷き、私の意見を確認する。


「精霊樹のそばで寝ている奴を、襲うような罰当たりな奴はいないさ」

「……そう。いいわ」


 全然襲われる心配をしていなかったけれど、ちょっと不安になった。

 でも神聖な力で守ってもらえそうなので、私は野宿を決める。


「改めて、転生スライムのゼイだ」

「私は、元人間の黒巣水奈」


 元人間なんて言うの、奇妙な感じだ。


「我は、幻獣シーヤ」


 大きな黒猫の幻獣は、シーヤと名乗った。


「その坊やにも名前を与えたらどうだ?」


 私が抱えたフェンリルの子どもに目をやる。

 呼び名くらい、つけておこうか。

 私はひょいっ、ストンと精霊樹から降りた。


「とりあえず、コウって呼ぶよ。コウ」


 のすこうで会ったから、そこから取って、コウ。


「ゥワン!」


 まるで返事をするように、明るく吠えるフェンリルのコウ。

 私達は、神秘的な精霊樹の根本に丸まって眠ることにした。



 

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