第5話 魔物が襲撃した!




 探した結果、友だちはいない。クラスメイトは何人かいたけど。

 校内にいたのは、異変に気付かずに、近辺から登校してきた生徒達だ。

 不思議と食料があった。食堂からと、近くのコンビニから拝借したらしい。

 けれども、それもあっという間になくなるだろう。


「それ、スライムじゃん」

「ペットにした」


 ショルダーバックに乗せたゼイに気付かれても、そう返した。

 なでなでして、ペットアピール。


「レベルいくつ?」

「私のレベルは10だけど?」

「まじで!? すげー!」


 ほとんど男子生徒がこぞって集まってきて、自分のレベルを自慢してくる。

 高くてレベル5らしい。

 ゲーム慣れしているからなのか、順応力の高さのおかげなのか。

 あるいは、両方だろう。

 よくよく見れば、運動部の生徒ばかりだ。手には、部活に使っているバットやラケットがある。部室から取ったのか、または自分のものなのか。

 運動能力を生かし、この世界をなんとか生き抜いているようだ。


「何を倒したの?」

「コンビニの前に、ゴブリンみたいなのがいたから、フルボッコ!」

「楽勝だったよな?」


 ゴブリン。スライム同様に低級な魔物だろう。


「それから仲間の復讐なのか、学校にゴブリンみたいなのが襲撃したから、皆で倒したんだぜ」


 ケラケラと男子生徒達は笑う。

 なんだかいつも通りって感じだ。教室でくだらないお喋りをしていると同じ。駅ビルのいた人々と違ってどんよりしていないから、なんか微笑ましい。楽しんだもの勝ちよね。

 こうなった世界を楽しもうと思った私は、ちょっと罪悪感的なものを感じてしまったけれども、人それぞれだと思い直す。


「多分、コブリンだな。ゴブリンの方が知能があるし温厚な性格だから、レベル5やそこらの子どもにやられる前に逃げ出すからな」


 ゴブリンじゃないとゼイは指摘した。

 そんなゼイの声も、私にしか聞こえていないようだ。


「そうだ、黒巣だっけ? 屋上行ってみろよ。街の様子がよくわかるぜ」


 誰かが、そう言い出した。

 確かに聳え立っているこの学校の屋上ならば、一望出来る。

 私は一度、非常階段に出た。それを上がって行けば、屋上に繋がるドアに行き着く。普段は鍵がかかっていて立ち入り禁止になっている屋上だけど、誰かが鍵を見付けて開けたらしい。ドアノブを捻れば、開いた。

 屋上に入るのは、初めてだ。

 四階からでも一望は出来たけど、屋上は格別。

 なんて思ったのも束の間だ。

 建物がひしめくように建ち並ぶ街には、ところどころ煙が上がっていた。

 火事でも起きたのか。もう鎮火したらしく、煙は白い。

 学校裏の住宅地が酷い有様だ。建物は崩れてしまっている。

 そして、観たことないようなほどの大きな大きな木が立っていた。

 駅ビルに匹敵するほどの高い木は、中山道の向こう側に一本ある。


「ゼイ、あの大きすぎる木、知ってる?」

「精霊樹じゃないのか?」

「精霊樹?」


 私は目を丸くして、ゼイを見下ろした。

 ひょいっとヘリに飛び乗ったゼイは、確認して頷く。


「あれは精霊樹だ。ミズナの世界にはないものなのか。木々や草花の命の源だな、簡単に言うと」

「へー……」

「小学校だっけ? そこにあったぞ」

「まじか」


 通っていた小学校に精霊樹が生えてるんだって。


「見たところ、遥か遠くにもいくつかあるわね」

「各地にあるものだからな。精霊樹のないところ、草も生えない」

「草」

「?」


 笑えるって言いたかったけど、説明が面倒だからやめておいた。


「精霊がいるの?」

「精霊が宿っているって言い伝えはあるが……実際見たことないな。興味あるなら、見に行くか?」

「うん、行こう」

「友だち探しはいいのか?」

「家知らないから探しに行けないや……」

「そうか。まぁ行くか」


 次の目的地が決まる。友だちにも会えないと半ば諦めているが、それは言わないでおこうか。

 駅ビルに人がたくさんいることは伝えたし、私は高校を出ようと思った。


「おい、魔物だぞ! ミズナ!」


 ゼイをショルダーバックに戻そうとしたけれど、ぶるんと震え上がって叫んだ。

 確認すると校門の前に、黒い犬の群れが見えた。大型犬よりも、かなり大きい。間違いなく、魔物だろう。


「あれ何!?」

「ブラックドッグだ! まずいぞ! 死の咆哮がくる!」


 それって、イギリス辺りの神話の犬の名前じゃなかったか?

 そう過ぎったのも束の間、風が吹き荒れて、身体にぶち当たる。

 ゾワッと鳥肌が立った瞬間に、私はゼイを抱き締めて伏せた。

 ビリビリッと空気が揺れる。轟く雷鳴のような咆哮。

 ガラスが一斉に割れる音がする。学校さえ大地震みたいに揺れた。

 ヘリに身を寄せて耐えていれば、刺激も騒音も止んだ。


「っ!? ゼイ! 大丈夫!?」

「なんとか! ミズナが全部受けてくれたおかげだ! ……ありがとう!」


 耳が痛いし、耳鳴りがする。でも変わらず、ゼイの声は聞こえた。

 耳で聞いていないと知る。頭に響いている感じが、今ならした。


「ダメージ受けただろ、今HPいくつだ?」

「嘘……今ので600のダメージを受けたの?」


 確認したら。


[【HP】2398/3000 【MP】1300/1300]


 陽によるダメージも含め、HPが減っている。


「集団攻撃だからな! それで済んだのはラッキーだろう、ブラックドッグはレベル10だ」

「ーー……生徒は!?」


 敵のレベルを聞いて、ハッとした。

 レベル5以下の生徒達は、今の攻撃を受けて、無事なのか!?

 ショルダーバックにゼイを乗せて、階段を飛びながら降りて、校舎の中に戻った。

 そこで目にしたのは、まさに死屍累々。

 割れたガラスが刺さり、耳から血を流し、倒れている。


「誰か!? 生きてる!?」


 私は声を上げて、生存者を探した。


「逃げないとまずい! ミズナ! ブラックドッグが乗り込んでくる!」

「でもっ!」

「生存者はいない!」


 廊下を駆ける私に、ゼイは事実を突き付ける。

 立ち止まった私が耳にしたのは、耳鳴りの音だけだった。


「……なんで、乗り込んでくるの?」

「食うためだ。弱肉強食……食うためだよ」

「っ!!」


 フッと身体の血液が沸騰したような、そんな感覚がする。


「食わせない」

「ミズナ?」


 ゼイとバックの隙間に手を突っ込み、包丁を取り出した私は、割れた窓から飛び出した。考えなしだったけれど、スタンと軽やかに着地。四階から飛び降りたと言うのに、痛みは来なかった。


「おいワンコロ!!」


 軽々と門を飛び越えた黒い犬達は、目の前に勢揃いしている。


「ミズナ!? 何する気!?」

「ゼイはしっかり掴まってて」


 ゼイにそれだけを言うと、包丁を逆手に握り締め、身を屈めた。


「ごちそうにありつけると思うなよ! 犬っころども!!!」


 低い姿勢で駆け出す。

「まじか!?」とゼイの声。

 ショルダーバックの重みを感じながらも、がん首揃えた黒い犬の首に包丁の刃を当てながら、横に走り抜ける。風のように素早く、仕留めた。

 真っ赤な血が吹き出す。黒い犬も、赤い血を出すのか。

 バタバタとブラックドッグ達は、倒れていく。

 後ろに控えていた残る三匹くらいのブラックドッグも、切り裂いた。

 真っ赤に濡れた包丁を手に、私は立ち尽くす。

 ポタン。ポタン。ポタン。

 血の雫が落ちる音が、嫌に聞こえる。


[クロス ミズナは、経験値を得た。

 レベルが11に上がった!

 【特技(スキル)】瞬殺を獲得した!]


 それが視界に入ってきたから、ビクッと震えた。

 呼吸をすれば、血の匂いに噎せそうになる。今まで止めていたみたいだ。

 濡れた犬みたいな臭さも、鼻を刺激した。ブラックドッグの体臭だろうか。

 ゼイが恐る恐ると言った感じに問う。


「だ、大丈夫か? ミズナ?」

「ゼイこそ、大丈夫?」

「オレは1Pも減ってないよ……ありがとうな。本当に守ってくれて」

「約束したでしょ」

「……ああ。ミズナはいい奴だな」


 ショルダーバックの上に乗っているスライムを見てみる。

 表情が読めない。

 約束したのだから、当然だろう。

 何を意外そうに言っているのだろうか。


「ワンッ」


 犬の鳴き声を聞き、私は目を細めて、周囲を見回した。

 まだブラックドッグの生き残りがいるのか。


「あっちじゃないか?」


 ゼイがニョキッと指差したのは、校舎とは逆のテニスコートの方だ。


「なんか、声が幼くないか?」


 歩み寄っていけば、また聞こえた。

 確かに、ワンというより、アンと鳴いている気がする。

 殺人鬼のごとく血に濡れた包丁を持って、鳴き声がする茂みを退かす。

 そこにいたのは、犬。白い毛が長めの子犬だ。大きさは、ゼイよりも一回り大きいくらい。


「ホワイトドッグ?」

「いや違う! そんな魔物いないし! こいつは魔物じゃなくて、幻獣のフェンリルだ!」


 フェンリル。それも神話の犬……じゃないな、確か狼だ。

 大狼(おおおおかみ)。お、多いな、おい。


「フェンリル……幻獣なら殺したら罰当たりよね」

「当然だ! よっぽどのことがない限り、だめだ。神聖な生き物だからな」

「……親とはぐれちゃったのかしら」

「さっきの死の咆哮でHPが減ったんじゃないか?」


 ペッと、ゼイがポーションを吐き出した。

 バシャンと浴びたフェンリルの子どもは、耳を立たせて起き上がる。


「ワンッ!」


 さっきよりも、元気な鳴き声を出した。

 私が手を伸ばして撫でれば、もふもふだ。ちょっと柴犬に似ている。でも狼なのだろう。気持ち良さそうに目を閉じては、長い毛の尻尾をブンブンと振り回す。


「さて……」


 私はもふもふを堪能したあと、立ち上がって振り返った。

 まだ黒い物体が残っていたものだから、首を傾げる。


「あれ。魔物ってHPが0になったら、消えるんじゃなかった?」

「稀に残るんだよ。皮が剥げたり、牙を抜いたり出来るだろう。それに肉を食われる。ヴァンパイアは稀に牙を落として消えるな。ヴァンパイアの牙を身に付けると低級の魔物除けになるとか」

「ふーん。私は要らないな」


 変なところが、現実的すぎだ。

 牙が魔除けか。ありがちね。

 ガラス窓のない校舎を見上げたけれど、もう無意味だから背ける。

 埋葬は出来そうにない。かと言って、火葬も無理。

 悪いけれど、放置を選ぶ。ごめん。


「ほれ、ミズナもポーションで回復しておけ」

「ん。ありがとう」


 差し出してくれた大きめの水風船みたいなポーションを、頭に置いて卵を割るように爪を食い込ませて浴びた。

 ポイント表示を確認すれば、回復している。


「精霊樹、見に行こう」

「駅ビルに寄るのか?」

「引き止められそうだから、やめておく」

「それがいいな。あ、ちょっと待ってくれ」


 ゼイがショルダーバックから飛び降りて、ぴょんぴょんと跳ねてブラックドッグに近付く。何をするのかと思えば、びにょーんと伸びて、一匹を呑み込んだ。

 捕食かな。お腹空いたのかしら。


「食事? ゼイ」

「違うよ。収納してるんだ。何かに役立つかもしれないだろ」

「そう……」


 一匹ずつ収納していくから、私は待った。

 終われば、私のショルダーバックに戻る。


「行こうか」


 校門を蹴り破り、私は坂を歩いていく。

 てくてく。

 そんな足音が聞こえてきそう。

 てくてく。

 振り返ると、小さな足を動かしてついてくるフェンリルの子ども。


「……ついてくるんだけど、ゼイさん」

「懐かれましたな、ミズナさん」

「……まぁ、いいっか」


 こうして、私とゼイに新たな仲間が加わった。



 

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