第4話 生存者を発見した!
昔の駅前は、正直言って覚えていない。
数年かけて駅ビルが建ってまだ十数年しか経っていないから、真新しさを感じる駅通り。小さなスクランブル交差点の信号は、やっぱりついていなかった。そこかしこで、車が停まっている。バスも、バス停に停まったままだ。
駅ビルを建てて活気ある街にしたかったのだろうけれど、もうすっかり廃墟と化してしまっていると見回した。
「あれが駅だよ」
「この大きな建物はなんだ? お偉いさんの家とかか?」
「駅ビル。ショッピングモールでね……まぁ市場みたいな建物だよ」
「へぇ! 面白いな、この世界の建物は!」
物珍しいらしいから、ゼイは気にしている。
駅とショッピングモールは繋がっているし、先にそっちに行こうか。
「中を少し見てみようか」
「いいのか? やった!」
スクランブル交差点を渡って、ショッピングモールの中に入ろうとした。
「ん!? ミズナ! 人がいるみたいだぞ!」
ゼイが教えてくれたように、人が立てこもっているらしい。
エスカレーターと階段は、車が塞いでいた。衝突したわけじゃなく、意図的に停車したようだ。侵入を拒むために。
どうしたものか。私は悩んで、自分の顎を摘む。
「友だちがいるか、確認した方がいいんじゃないか?」
「そうね……」
「食べ物とか売ってる店があるんだったら、立てこもるに最適だから、いる可能性は高いんじゃないか?」
一理ある。一階はフードコートにスーパーがあるし、立てこもれば当分は持つだろう。そうやって人が集まった可能性が高いし、友だちもいるかもしれない。
「でも別の街なんだよね……友だちが住んでるの」
「うっ、望み薄いな……とにかく確かめてみよう! 間違ってもヴァンパイアになったことは言っちゃだめだぜ?」
「もう二度と言わない、と思う」
ヴァンパイア化を明かしたらもれなく処女宣言にもなるから、言わないと思う。
真顔で返してから、車を登って階段を上がる。
すると、陰から誰か出てきた。
「うおおお! 来るなぁああ!!」
バッドを振り回すのは、ヘルメットを被った男性だ。
あぶな。と思い、身を引いた。
でも素早さが高いからなのか、全然当たる気がしない。
「やめてください」
「え!? 女の子!?」
男性からすれば、女の子だろうけれども、口にされるとくすぐったい。
「ごめんっ! 怪物かと思った!」
それはそれで酷い。でも怪物は当たっている。
今は、ヴァンパイアだもの。
「怪我はない?」
「ないです。入っても大丈夫ですか?」
「当たり前だ、ほら早く!」
呆気なく、中に入れてもらえた。
「こんな可愛い子を怪物なんて酷いな」
「ゼイ、しー」
「大丈夫だって、オレの声は聞こえてないさ」
コソコソとゼイと話しながら、二階の開いているスライドドアから入る。
私には聞こえているから、黙っててほしいな。
「ちょっと待て君!」
呼び止められて、ビクッと震え上がった。
ゼイの声、聞こえるのでは!?
「それはなんだ!? 怪物じゃないのか!?」
「あっ」
ゼイそのものを指差されてしまった。
ショルダーバックの上に乗っているのだ。見付かるに決まっている。
木材を持ったおじいさんが、カンカンのご様子。
「愛くるしいスライムに向かって怪物とはなんだ!」
魔物イコール怪物なのだ。しょうがない。
プンスカと怒るゼイを撫でて宥めておく。
「無害なので大丈夫です。ちゃんと私が見張っておくので」
「あのな、今は世界の終末みたいな状況だ! ペットみたいに連れ込んでは困る! 皆、傷付いて、大事な人を怪物に奪われているんだぞ!」
よくいる頑固なおじいさんかと思えば、諭すように叱ってきた。
確かにそうだ。きっとこの駅ビルに避難してきた人々は、怪物こと魔物にすっかり怯えてしまっているに違いない。そんな魔物であるゼイや、魔物になってしまった私が行くのは、よくないのかも。
「私も……両親を殺されました……」
私は顔を伏せて、そう打ち明ける。
「でもこの子は誰も殺していません」
「だが……」
両親を亡くしたことを知り、怯んだおじいさんは、それでもゼイがこの先に進むことを拒みたがっている。
「ミズナ。傷付いている人がいるって言ったよな? ポーションを分けるから、友だちを探すことを許してほしいって言えばどうだ?」
ゼイがそう提案を寄越す。
「あの。怪我人がいるんですか?」
私は先ず確認から始めた。
そしてゼイの提案の通り、ポーションを分けることになった。
おじいさんに案内されている間も、武装した男性達が多くいるみたい。ちらほらと、婦人服店や眼鏡店を移動させてバリケードを作って、待機しているように見えた。襲撃に備えているのだろう。
怪我人は一階に集まっているとばかり思っていたけれど、違った。
万が一のためにも、三階に避難している。
子どもや女性が目立つ中、血の匂いが鼻を刺激する怪我人を見付けた。
「ぺっ!」
ゼイが私の手に吐き出したのは、緑の液体。ぷるんと水風船みたいに固まっている。どうやら、これがポーションらしい。
「これを飲むのもいいし、かけるだけでも効くぞ」
ゼイの言ったことを少し言い方を変えて、おじいさんに伝えた。
吐き出したことを見ていたおじいさんは、あやしみいぶかる。
「なんか、桜の葉が薬になるらしくて、このスライムが食べて中で、こうやって魔法の薬にしたみたいです」
「試したのか?」
「はい」
説明をしたあとに、私はうそぶいた。
「堂々としてんなー」と、ゼイは感心する。
「ちょっとそこのお前さん。怪我を治すとかいう魔法の薬を試してくれないか?」
声をかけた腕を怪我した若者は、この世の終わりみたいなそんな絶望した顔で、ぼんやり床を見つめていた。
「あ、はい……」と若者は、腕を差し出す。反射的に返事したように思える。
おじいさんがやって見せてくれと言わんばかりに、顎でクイッと差す。
私は水風船を割るように爪を立てて握り締めた。僅かに力を入れただけで弾けて、緑色の液体が溢れる。ちょっとお茶のような香りがした。
「あっ……治った……」
すぐに液体は蒸発して消えたが、どうやら痛みも消えたらしく、巻かれた包帯を外すと傷のない腕がある。
おじいさん達に証明したので、ゼイが吐き出すポーションを配りながらも、私は知り合いを探す。
「魔法の薬です」と怪我に当ててポーションをかけていって気付いた。
見たことあるような顔ぶればかりだけれど、知り合い未満の街の人々。
私の友だちは、いない。
「ありがとう、助かったよ」
「ありがとう」
そうお礼を何度か言われて、私は薄く笑い返す。
「おねーちゃん、きれいなかみだね」
ふと、幼い女の子に声をかけられた。
私の白銀になった髪を、興味津々に見上げている。
「ありがとう。お母さんのところに戻りな」
コクンと頷いた女の子は、てくてくと戻っていった。
見回せば、皆が沈んでいる顔をしている。
望んでいない非日常が来てしまって、怖いのだろう。
さっきの若者のように、この世の終わり、とすら思っているに違いない。
実際、どうなのだろうか。
これは異世界という名の魔界が開いて、魔物が押し寄せてきた世界の終末なの?
世界と異世界が融合してしまったとゼイは言ったけれど、原因はなんだろうか。
私達が知ることは、出来るのかな。
これはまるで大災害。人々が立ち直るには、時間がかかるだろう。
「私は、これで失礼しますね」
「おい、外は危険だぞ。ここにいた方がいい」
「友だちを探しているので」
「悪いことは言わん、ここにいろ」
おじいさんは、私を引き留めた。
「人も大勢いる、食料もある。助けが来るまで、今は協力していた方がいい」
他の人も、そう言う。
「あちゃー、逆効果だったかな」
ゼイが漏らす。ポーションを持つゼイを重宝したいのだろう。
「また戻ってくると思います。私はのすこう……高校に行ってきます。生存者がいるかもしれませんから」
鴻巣高校もまた略してのすこうと呼ばれている。紛らわしいけれど。
「一人の方が隠れやすいですし、生存者がいたらここになんとか連れてきます!」
そう言えば、しぶしぶ引き下がってくれた。
バットを持たせてくれようとしたけれど、包丁を持っていると言えば、その人は「本当に物騒な世界になっちまったな」と苦笑を溢す。
そうですね、と返して私は駅に繋がった廊下を歩いた。
「ここが切符売り場。そして改札口だよ。切符とかを通さなきゃ入れない仕組みになってるんだ」
「へーえ」
またゼイと二人になったので、安心して喋る。
ゼイは興味津々にショルダーバックからスライムボディーを乗り出した。
「通る?」
「いやいいよ。外から見れるだろ?」
「うん、あそこの階段を下りればね。柵越しに見えるよ」
線路を挟んだ向こうの階段を下りる。
その下で、ゼイを持ち上げて、駅のホームを見せてあげた。
「へー! 広いもんだな! オレの世界にも列車があるけど、線路は一つだし、ほとんどお金持ちが利用してるんだ。駅もこんなんじゃないな」
「もっと田舎だと一つだけだったりするよ。埼玉県は十分田舎だからなぁー」
「こんなにも建物があるのに田舎なのか? この世界はなんていうか文明が進んでいるんだな」
「ゼイの世界が見てみたいな。森とかの自然が多い世界の方が見たい」
「んー、見せたいけどなぁ」
くるっと方向転換したから、ゼイをショルダーバックの上に戻した。
「魔物しか来てないの?」
「さぁ? まだこの世界の住人しか見てないなぁ」
「服装で判断してるの?」
「いや声をかけても通じない相手は、ミズナの世界の人だと判断した」
歩き出しながら、コンビニを覗けば、腕が落ちている。
見なかったことにして、歩き続けた。
「気付いたら、どこにいたの? ゼイは」
「オレはなんか広くて平らな砂利の広場の隅っこにある木にいたぞ。寝て起きたら、この世界にいた」
「広場?」
「ミズナと会った場所が公園だろう? そこの広場と同じくらいの広さと、あとでっかい建物とでっかい木が立ってた」
「あ。私が通っていた小学校かな」
「ショウガッコウ? 学校なのか」
「うん。五歳から通う学校だよ」
へーと相槌を打つゼイ。
懐かしい。中山道を挟んだ向こうにある母校には、暫く行っていない。
そもそも用がないんだよな。お世話になった先生、今いないし。
中山道は、大通り。夏祭りや秋祭りには屋台が並び、神輿が行き交う。
「いっぱい学校があるんだな」
「うん。義務教育って言ってね、小学生から中学生までは学校に通わなきゃいけないの」
「こっちは通えない子がたくさんいるのに、いい国だな」
「そうねー」
色々あるけれど、それは言わなくてもいいだろうと思い、黙っておくことにした。
「それで、人に会ったの?」
「その学校では会わなかったけど、その外に出たら、低級の魔物に襲われそうになっている人がいたから危ないって大声を上げたんだけど、通じなかったんだなこれが」
それでこの世界の住人に、魔物の意思疎通が通じないとわかったわけだ。
「それにしても、魔物に遭わないねー」
「ミズナさんも魔物じゃないですかー」
「ゼイさんも魔物じゃないかー」
「「あははー」」
くだらないやり取りをしていれば、ようやく高校の手前の坂まで辿り着いた。
坂の上に聳える高校は、街を一望出来たりする。
この坂を上がるのが、毎日億劫だったのだが、今の私には全然苦ではなかった。
「ステータス」
一応、HPの減りを確認しておく。
「HPだけ確認したかったら、ポイント表示って言えばいいんだぞ」
「そうなの? ポイント表示」
[【HP】2999/3000 【MP】1300/1300]
視界の端に表示されたものだから、ゲーム画面みたいだと思った。
「まだ大丈夫だろ?」
「……ゼイ。私、ポーション飲んでも平気なの?」
「え? なんで?」
私は思い出したのだ。とあるゲームでは、ヴァンパイアはポーションでダメージを喰らう。
「あ、ヴァンパイア化した元人間は大丈夫だぞ。だいたいさっき触っても平気だっただろう?」
「そっか。吸血やドレインタッチじゃなきゃ回復出来ないかと思ったよ」
胸を撫で下ろす。
「じゃあ、次ヴァンパイアに会ったら、ポーションぶっかけちゃって」
「それじゃあ足りないと思うぞ……。迷わず、逃げよう?」
真面目に説得された。
逃げ切れるだろうか。
校門は閉まっていたけれど、見えた下駄箱の前にはたくさんの机や椅子が積み重ねてあった。間違いなく、生存者がいるようだ。
校門はしっかりと鎖がかけてあったけれど、植木から軽々と登れる。
でも校舎にはどうやって入ろうか。
「誰だ!?」
「ここの生徒!」
「そんな派手な髪の奴、知らないぞ!」
男子生徒が二階から声をかけた。
だろうね! 目立って知らないはずないよね!
「昨日染めたの! 放っておいてよ! 友だちを探しにきたのよ! 中に入ってもいい!?」
私は髪の話を切り上げて、用件を言う。
「何年何組だ!?」
「三年B組の黒巣水奈!」
「……わかった! 非常口から中に入れ!」
そうか。非常口があったんだ。盲点だった。
少し引き返したところに非常口の階段がある。
そこの二階のドアが開いたから、私は階段を駆け上がって校内に入った。
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