第3話 特技を獲得した!
スライムのゼイは、とてもぷにぷにした感触だ。
小さい頃、遊んでいたスライムのようにどろりとはしていないけれど、ひんやりしていた。そしてついこの間、友だちに触らせてもらった子猫の肉球に似ている。ぷにぷにだ。
ぷにぷにぷにぷにと堪能。
「あのぉーミズナさん? ステータスを見せてもらってもいいかな?」
「あ、うん。どうやって見せるの?」
「他者に見せる時は、ステータスオープンって言えばいいんだ。誰もが持っている特技(スキル)ってところかな」
わかった、と頷いた私は手を翳して唱える。
「ステータスオープン」
さっきと変わらないステータスが表示された。
これはゼイにも見えるらしい。
[【名前】
クロス ミズナ
【種族】元人間族 【性別】女性
【年齢】18歳 【レベル】10
【HP】2999/3000 【MP】1300/1300
【特技】スライム狩り
【強さ】
攻撃力 600
守備力 330
力 300
素早さ 500
【装備】ショルダーバック 包丁
ワンピース レザージャケット ブーツ
【状態】ヴァンパイア化]
「やっぱり、ステータスが化け物じみているなぁ……レベル10でこれだろ? 末恐ろしい……」
ぶつくさとぼやくように独り言を漏らすゼイ。
「あれ? HPが減ってる? なんで?」
「そりゃあ陽射しの中を歩いたからだろう? ヴァンパイアは陽射しに弱いんだ」
「え? 痛くないのに?」
二度見してHPの減りに気付いた。
「そうだな、家を出てから何分経った?」
「えっと、まだ三十分くらい」
「じゃあ、三十分に1P減るんだな、ミズナの場合」
ゼイから聞いて、ぼけーっと太陽を見上げた。
「0になったらどうなるの?」
「レベル10ってことは何かを倒したことがあるんだろ?」
その質問の答えが、私の死に方なのだと知る。
そうか。スライムがフッと溶けて消えたように、私も0になれば消えてしまうのね。私は桜の木の下に移動をして、陽射しを避けた。
「まっ! 安心しろ。このHPならすぐに溶けて消えたりしないさ! HPがだいぶ減ったら、オレが回復してやるよ!」
またニョキッと手らしきものを伸ばしたゼイは、私の頭の上にある葉桜を示す。
「これはポーションの原料なんだ」
「桜の葉っぱが?」
「この世界でもサクラって言うんだな。花の方が効果が二割増しなんだけど、葉っぱだけでもポーションが作れるんだよ」
異世界でも、桜はサクラなのか。不思議。
ポーションになるなんて、流石である。
桜って偉大だ。
「じゃあ葉っぱを取ればいいの?」
「それには及ばないぜ! 昨夜のうちにたくさん食べておいたからな! 体内でポーションを生成してあるから、それをやるよ」
「……食べて、吐き出すの? なんか嫌だわ」
「変な想像しないの!」
うん、あまり考えない方がいいだろう。
「オレのステータスを見せてやるよ。ステータスオープン!」
私に背を向けると、私のステータスの隣に、ゼイのステータスが浮き出た。
[【名前】
ゼイ
【種族】転生スライム 【性別】無
【年齢】3歳 【レベル】15
【HP】300/300 【MP】130/130
【特技】捕食 吸収 生成 収納 気配感知
【強さ】
攻撃力 30
守備力 25
力 13
素早さ 20
【装備】□□
【状態】普通]
「気の毒ってほどの弱さだね」
「弱さは放っておいてよ!!」
見比べてみれば、本当に天と地の差がある。
勇者だと告げられた少年が旅立った頃のステータスがゼイのもので。
ラスボスの魔王のステータスが私のもの。って感じ。
「オレって一人称だけど、性別は無なのね」
「ああ、前世の名残りだよ。元男だったからな」
「ふーん。そうなんー」
「それ、この世界の鈍りか?」
「そうなんー? そうなんだ、って相槌。この辺りの鈍りだよ」
そんな会話を交わしながら、ゼイのステータスを眺める。
「ここってなんていう街なんだ?」
「埼玉県の鴻巣市ってところ」
「サイタマケンのコウノスシ?」
「えっと、ここは日本っていう国なの。それで、県っていう地方で分かれていてね、その中でまた村や街に区切られている」
「ニホン国のサイタマ地方のコウノス街ってことだな!」
「そう!」
なんとか伝えられて、ホッと胸を撫で下ろす。
ゼイが物分かりがよくってよかった。
私は頭があまり良くないから。勉強より読書だった。
「捕食や生成は特技(スキル)なんだね。私、昨日はずっとスライム狩りをしてたから、何故か特技(スキル)欄に書かれたよ」
「スライム狩りでレベル10になったのかよ。どんだけ狩ったんだ、こえーよ」
「大丈夫、転生スライムは狩ってないから」
本音ただ漏れのゼイを、優しく撫でておく。
水色のスライムだけだった。
「メタルスライムが出てくるといいなって思ってたけれど、いないの?」
「メタル? いないなぁー」
そうか。経験値が豊富にもらえるレアなスライムは、あのゲームの世界だけ。
「ゼイはたくさんあるのね、特技(スキル)」
「使えれば、獲得が出来るもんだぞ。例えば、ヴァンパイアが使える特技(スキル)と言ったら、ドレインタッチだな!」
「ドレインタッチ……吸血とは違うの?」
「吸血も立派な特技(スキル)だが、それよりも触れた相手のHPやMPを吸収してしまうんだ! それに、魅了だな! 老若男女問わず、メロメロにしてしまう特技(スキル)で、獲物から近寄らせて、それで噛み付くんだ!」
何故か興奮している様子に思える。
目力で女性を魅了してしまう吸血鬼映画があったな。すごく古いやつ。
ドレインってあれだ。ゲーム内の魔法。吸い取ってしまうやつ。
触れるだけでHPもMPも回復出来るなら、なんで噛まれたのだろうか。
吸血とは、違うのだろうか。
「じゃあ、とりあえず吸血をしたいかな」
じとっとゼイを見下ろす。
ぶるるんと震え上がるスライムボディー。
「オレに血はないぞ!? スライムだし!」
「わかってるよ」
「じゃあ物欲しそうな目で見ないで! あっ、公園を出た先に線路があるだろう? あの辺りにラビッドがいたから、ソイツを食べたらどうだ?」
兎かな。
兎かぁ。気が乗らないけれど、そろそろ喉の渇きを抑えなければ、人間を襲ってしまいそうだ。生きている人がいればの話だけれども。
私は重たい腰を上げた。
ショルダーバックの上に乗せれば、ゼイは快適そうだ。
「他に有名な特技(スキル)は、何?」
「あと霧を放出したり、蝙蝠を使役したりだな!」
霧放出に、蝙蝠使役。ほうほう。
使えたらいいなって思うものだ。
「霧の放出は撹乱に使えるし、姿を眩ませる時に便利だな。蝙蝠に周囲の警戒や偵察もさせられてこれも便利だ!」
目があればきっと輝いていたに違いない。
そう興奮しているところ悪いけれど、線路を覗くと大きな毛玉を見付けてしまった。
ちょうど二つの線路の上の家と家の間に、すっぽりとハマっている感じの巨体だ。
「ゼイ、あれ何」
「何って、ラビッドだな」
「……そうなの。ゼイくらいかと思っていた」
「何を根拠に?」
そう言えば、正しくはラビットだっけ。英語で兎は。
どうせ電車は昨日から走っていないと思い、私は柵を超えて線路の中に降り立つ。
ラビッドの後ろ姿らしく、丸い尻尾を発見。
思わず、抱き付いてしまった。もふもふ!
大きなぬいぐるみに抱き付いたような感じ!
長い毛並みだから、埋もれる! もふもふ!
「お、おい! 気性は荒いからな!」
「それを先に言ってほしかったね!」
こんな巨体に押し潰されたら、ひとたまりもない。
あ、私は大丈夫か。HPがたくさんあるし。
ひとたまりないのは、ゼイだけだ。ゼイを守る約束をしていたから、一度避難した。
けれど距離を取っても、巨体のラビッドが振り返ることはない。
抱き付いた時に、ちょっとビクッとしたけれども……。
「もしや、ハマって動けないのでは?」
「チャンスじゃないか! さぁ、ガブッと行くんだ!」
「え? このもふもふに噛み付いたら、口の中がどうなるかわからないの?」
「毛まみれになるね! うん! それでも吸血しないとHPが減る一方だぞ!?」
いいから噛んで血を吸え、と言わんばかりに騒ぎ立てられた。
ええー。気が引ける。でも手軽に吸血が出来る相手だろう。
意を決して、吸わせてもらおうことにした。
「……いただきます」
身動き取れない上にお尻にかじりついて、ごめんなさい。
心の中で謝って、長いもふもふの毛を掻き分けて、ピンク色の地肌を見つける。それに牙を立てて、貫いた。ビクンとラビッドが震え上がるから、牙を抜けば、溢れ出す血。それを吸うように、ゴクンゴクンと飲み込む。
それはまるで、ベリーのような甘酸っぱさだった。
ベリー系のスイーツ好きの私は堪らず、じゅるっと吸い上げては飲み込んだ。舌ではなく、喉で感じる。甘酸っぱさ。
「……おーい? ミズナさん? 飲み過ぎはいけませんよ?」
「ぷはっ!」
炭酸のような爽快感があれば、よりいいけれど、美味しいことに変わりない。喉も潤った。十分だ。
[【特技(スキル)】吸血を獲得!]
そう表示が現れた。
でも、血はまだ溢れてくる。
「そんな傷くらいへっちゃらだよ。この図体ならHPもそんなに減ってないはずだ」
「そっか。思いの外、血が美味しかった。スイーツみたい」
「それ、ヴァンパイア化のせいじゃないか?」
だろうね。満足満足。
公園の手前まで戻って、私は行き先に迷う。
「どこ行こうか?」
「んーそうだな……」
「あ、学校に行こう」
「訊いておいて決めた!?」
ツッコミがキレキレなゼイ。
思い立ったらなんとやら。
「友だちが無事か、確認しておきたいんだ」
「学校は近いのか?」
「歩いて二十分くらい」
「……人、いると思うの?」
控えめにゼイは問う。
学校に人がいるかどうか。
「わかんないけど、行って確かめる。ゼイは他に行きたいところあるの?」
「オレは線路の先にある駅を見てみたいな! この国の駅がどんなものか見てみたい!」
「駅なら通れるよ。じゃあ駅を通って学校に行こうか」
私はとりあえず駅前に行くことにした。
三十メートルほど歩けば、線路の向こうに渡れる陸橋がある。その下を歩き続けた。駅の手前の踏切に差し掛かると、トラックと車が踏切の中で正面衝突をして塞いでいる。その後ろにも追突したらしい車があった。
中に人がいるようだったが、それも気に留めることなく、歩みを続ける。
昨日は目を背けて逃げ去ることが精一杯だったのに、昨日の今日でもう耐性がついてしまったのだろうか。もしやヴァンパイア化の影響だったりするのだろうか。
「聞きそびれてたんだけど、ゼイ」
「なんだ? ミズナ」
私はゼイを見下ろすことなく、真っ直ぐ前を向いたまま問うことにした。
「ヴァンパイアから、人間に戻る方法はある?」
【状態】ヴァンパイア化を治す方法。
「……悪い、ミズナ。そんな方法は、オレも知らないんだ。ごめん」
真面目な声音で返された。
これは本当に知らない声だ。
「そっか……」
私は駅通りに着くまで、黙り込んだ。
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