第2話 種族が変わった!




 眩しさを感じて、目を開く。

 廊下に倒れていると認識した私は、バッと起き上がった。

 廊下には、誰もいない。開かれたままのドアから、朝陽らしき光が入ってくる。


 生きている……?


 首を弄れば、首に噛み跡らしきへこみを二つ、見付ける。

 やけに身体中が痛い。廊下なんかで一晩過ごしたせいだろうか。

 ミシミシと言いそうな、そんな身体で立ち上がり、よろよろと洗面所に向かった。

 ビクッと震え上がってしまう。洗面所の鏡に映ったのは、黒髪の私ではなかったからだ。

 派手な白銀色の髪の私が、そこにいた。

 え? 何? どうして?

 今度は、髪の毛を弄る。不自然ではないのは、根本までしっかり白銀に染まっているからだろうか。それに日本人らしい肌も、色白になってしまっている。瞳も、黒から薄い灰色になってしまっていた。


「……まさか……いや、でも、あり得る」


 私は恐る恐る、手を翳した。


「ステータス!」


 確認するために、唱えた。


[【名前】

 クロス ミズナ

 【種族】元人間族 【性別】女性

 【年齢】18歳 【レベル】10

 【HP】3000/3000 【MP】1300/1300

 【特技】スライム狩り

 【強さ】

 攻撃力 600

 守備力 133

 力   300

 素早さ 500

 【装備】サブ鞄

 学校の制服 スカート

 【状態】ヴァンパイア化]


 何度も目の前のステータスを見て、確認をした。

 そして、目元を覆う。

 紛れもなく、私はヴァンパイアとなってしまった。

 日本では、吸血鬼。その名前の通り、血を吸う鬼。

 ヴァンパイア化によって、ステータスが化け物じみてしまっている。

 勝てないと痛感したわけだ。私に噛み付いたヴァンパイアと同レベルでもきっと敵わなかったに違いない。


「……っ! お母さん! お父さん!」


 ハッと思い出して、リビングに駆け込む。

 私がヴァンパイア化してかろうじて生きているなら、両親も……!

 そう思ったのに、昨日と同じだった。

 倒れた二人が、息絶えている。首には、噛み跡。やはり私に噛み付いたヴァンパイアが殺したのだろう。

 どうして。私だけがヴァンパイア化したのだろう。

 何故、両親は死んだままなのだ。

 絶望と喪失感に、崩れ落ちた。

 でもいつまでもそうしていられなくて、私は二人を弔うことに決める。

 二人の身体を運ぶのは、ヴァンパイア化したからなのか、簡単に庭へ運べた。

 軽く穴を掘って、その中に横たわらせて、父のライターで火を付ける。

 試行錯誤してなんとか二人の遺体を燃やせそうな火に出来たあと、ぼんやりと見つめた。両親だった身体が燃えていく。


「ごめんなさい。産んでくて、ありがとう……」


 それだけの言葉をかけて、私は涙を一粒落とした。

 朽ちていく姿をまともに見られなくなった私は、家の中に戻る。

 昨日から何も食べていないのに、空腹を感じない。

 代わりに喉がすごく渇いていたから、電気のついていない冷蔵庫からぬるくなったオレンジジュースをパックから飲んだ。ゴクゴクと飲み干したのに、喉の渇きは癒えない。


「ヴァンパイアだから?」


 私の喉の渇きを癒すのは、血だけかもしれないと予想する。


「……とりあえず、シャワー浴びよう。浴びれるかしら」


 水が出ることを確認。水は出てくれたので、部屋から着替えを取りに行く。

 かっこいいからと買ってもらった黒のレザージャケット。結局一回しか着れなくて、夏になってしまったからクローゼットにしまったのだ。

 それから、お気に入りの白いフリルワンピース。これも数えるほどしか着ていない。

 世界の終わりのようなものだし、着てしまおう。

 浴室に入って、シャワーを浴びる。お湯はでないようだ。

 だから、水をただ浴びるだけ。けれども、別に苦ではなかった。

 寒さに強いのか。ヴァンパイア化の効果かもしれない。

 すっきりして、浴室から出て、しまったと思う。

 電気がきていないみたいだから、ドライヤーで髪を乾かせない。乾かさないままでいると、なんか気持ち悪いのよね。

 仕方なくゴシゴシとタオルで念入りに拭った。

 前髪は邪魔だから伸ばしてサイドに分けた髪型は、肩につく長さ。いわゆる前下がりボブである。それが白銀色。

 丸アーモンド型の瞳は、薄い灰色。元からはっきりした顔立ちだったが、色白の肌になったおかげか、自分で言うのもあれだが、美少女になった気がする。

 白のフリルワンピースを着て、黒のニーソを履いた。

 そして、ビシッと黒のレザージャケットを着る。クール可愛い格好。

 これはちょっとやりすぎだろうか。

 白銀髪と色白の肌で、黒がよく映える。

 もう一度、自分の部屋に戻った。お出掛け用のショルダーバッグに変える。中にはキッチンから取り出した包丁を入れておく。装備にショルダーバッグと包丁が表示された。

 探ったらレッド色のリップがあったので、唇に塗っておく。

 これではデートに行くみたい。あいにく男っ気はないし、包丁を持っていくデートって何。

 肩にショルダーバッグをぶら下げて、私は血を求めて家をあとにした。

 ヴァンパイアになったわりには、陽射しは別に弱点ではないようだ。

 鏡にも映ったし、私の知るヴァンパイアとは違うようだ。

 ヴァンパイアと言えば、霧や蝙蝠になり、黒のマントを羽織る伯爵が浮かぶ。心臓に杭を刺さなければ、ほぼ不死身。

 そういえば、家に招かれなければ入れないという変なルールがあった。

 それはないだろう。私達を襲ったヴァンパイアは、多分入ってきたのだろうから。

 状態がヴァンパイア化。もしかしたら、治せる可能性もある。

 あ、その場合、噛んだヴァンパイアの心臓を杭で刺し殺せば、戻るパターンがあったな。

 いや、でも、元人間って表記されていると、戻れないのだろうか。

 真っ直ぐ公園に向かった私は、特に乾いた血の海を気にしなかった。ちょっと臭いという感想を抱くだけで、見知らぬ遺体に何も感じない。

 やっぱり新鮮な血が飲みたいよね。

 人はだめ。とりあえず、魔物がいい。

 でも公園に延々と湧くスライムなんて、血があると思っていいのだろうか。

 物は試しに口にしてみる?

 悩みつつ、ツツジの庭園に向かってグラウンドを歩いていれば、黄緑色の物体を見付けた。というかあの上を摘み上げたような形。スライムでは?

 黄緑色のスライムの後ろ姿。


「ん?」


 ぽよん、と黄緑色のスライムが振り返ってきた。


「ぴやぁああっ!!!」

「!?」


 スライムが、喋った!

 昨日せっせと狩っていたスライム達は、一言も話さなかったのに。


「オレを倒さないでぇええ!」


 そう叫びながら、逃げようとする。

 私は追いかけた。

 すると、呆気なく追い抜いてしまう。

 そうか。ヴァンパイア化して、素早さが上がったんだ。

 そもそもスライムのぴょんぴょんと跳ねる移動に、負けやしない。

 力も上がっていることを考えて、なるべく優しく摘んだ。


「ねぇ、なんで話せるの?」

「ぴや!? オレの言葉がわかるのか?」

「喋れるスライムじゃないの?」

「いや、まぁ、オレは喋れるスライムだけども……」


 ぷるるん、と垂れ下がりつつも言葉を発するスライム。

 喋るスライムなんじゃん。


「この世界の住人には、魔物の意思疎通が効かないみたいだから、びっくりしたよ。スライムは魔物の中でも特に意思を持たない種族だから、オレみたいなのはレアなんだ」


 得意げにスライムは、そうぷるるんと震えながら教えてくれた。


「待って。魔物同士なら意思の疎通が出来るの?」

「そうだよ」

「……それ、多分原因は、私が魔物になったからだと思う」


 スライムと話す。奇妙な体験をしているけれど、“異世界が転移”してきたことに比べれば可愛いものだろう。


「へ? 魔物に“なった”?」


 キョトンとしたように窪みを作るスライム。それは目なのか。

 じゃあ、その下辺りが口元だろう。どう発しているか、疑問である。

 あ、でも魔物特有の意思疎通みたいだから、実は思念伝達みたいな感じだろうか。


「ま、まままっ、まさか!? その白銀髪と薄い色の目……お嬢さん、ヴァンパイア!!?」


 ぷるぷるぷるっと震えたスライムが、言い当てた。

 どうやらこの容姿は、ヴァンパイアの特徴らしい。


「うん。何故かヴァンパイアにされたみたい、ヴァンパイアに」

「ヴァンパイアは魔物の頂天に君臨していると言えるほどの最強種!! しかも、人間を同族にする牙を持つヴァンパイアは限られている!! お嬢さん、幸運だったね!」

「親、殺されたけれどね」

「えっ。ご、ごめん……」

「いいよ。不幸中の幸いだと思う」


 最強種、か。それでは、どう足掻いても勝てなかったわけだ。

 一日中スライム狩りをしていた私がレベル10になっても、相手は魔物の頂天に君臨している最強種。スライムとヴァンパイア。天と地の差だろう。

 家族もろとも襲われて、私だけヴァンパイアにされたことは、私にとって不幸中の幸いだった。


「そのヴァンパイアにする牙? で両親も噛まれたはずなんだけど、なんで両親だけは死んだのか、わかる?」

「『同族の呪い牙』という特技(スキル)だよ。そのヴァンパイアが望んで使わない限り発動しない」

「特技(スキル)か」


 そう言えば、そんな項目がステータスにあったことを思い出す。


「その……条件があるって聞いた……」

「条件? 発動の?」

「いや、特技(スキル)を行使した相手が、ヴァンパイアになれるかどうかの条件」

「なぁに、それ?」

「……そのぉ」


 ぷいっと顔を背けて、いると思う。何故か口ごもるスライム。もごもごしている。


「純潔であるか、どうか」


 じゅんけつ。純潔。

 つまりは、処女だから、私はヴァンパイアになった。

 恥ずかしくなってしまう。処女だと、このスライムに知られた。

 無性に、スライムを投げ飛ばしたくなる。

 いや、もう、スライムだから、セーフにしよう。

 もう他人には、ヴァンパイア化を話さない。そうしよう。


「……教えてくれてありがとう。私は黒巣水奈(くろすみずな)」

「あっ、オレは転生スライムのゼイだ」

「転生スライムって?」


 私は問いながら、スライムの持ち方を変える。

 両手で包み込むように持った。


「以前は人間だったが、スライムに生まれ変わったことを指しているんだ」

「君も元人間か」

「おう! でもこの世界の住人じゃないぜ。オレ達の世界はラグアースっていう世界でな、こんな風変わりな街より森とかの自然が多い世界だった」


 ラグアースという名の異世界。

 私はブランコに移動して、座った膝の上にゼイを乗せた。


「でも昨日かな。当然、この世界……なんて世界だ?」

「地球」

「そのチキュウという世界と融合してしまったみたいだ」

「……融合」


 地球とラグアースという星が、融合してしまった。

 ゼイの口振りからして、原因までは知らないようだ。


「ステータスとかレベルとか、ゼイの世界にあったものなの?」

「ああ、そうだけど、クロスの世界にはないのか?」

「ないよ。ゲームの中ならあるけれど」

「ゲーム?」

「私のことは、水奈でいいよ。この国では、ファミリネームが先なの」


「そうだったのか」と納得したゼイは、気を取り直して「ミズナ」と呼ぶ。


「提案なんだけどさ、ミズナ」

「何?」

「オレはこの通り、無害で可愛いスライムなんだ」

「そうだね」


 可愛いと言われれば、可愛いとは思う。


「ラグアースの住人は、黄緑色のスライムは元人間だっている常識がある。でもこの世界の人間にはないんだろう? だから、暫くの間でいいんだ。オレを守ってくれないだろうか?」


 常識だから、無闇に攻撃されることのない世界だったのか。


「見返りはある! オレの知識をくれてやる! どうだ? 頼めるか?」


 異世界ラグアースに詳しいから、説明書代わりになってくれる。

 その提案は私にとって、いいものだと思った。


「うん。私が守ってあげるから、ゼイは説明や助言をお願い」

「ああ! もちろんだ!」


 ニョキッと手らしきものを伸ばしてきたので、それを摘む。

 こうして、人間族からヴァンパイアになってしまった私・水奈は、スライムを、相棒として受け入れた。



 

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