もふぷにが溢れる異世界が来たので、自由気ままに堪能したい。

三月べに

第1話 異世界が来た!




 この世界はつまらない。

 そう小学生の頃から思っていたことだ。

 漫画や小説の中の世界が、輝いて見えた。

 違う世界に行きたい。漫画や小説にあるように異世界転移したいと望みながら、高校生活をダラダラ続けていた。

 でも、異世界からこっちに来てしまったようだ。




 いつものように気だるさを感じながら、登校の準備をして、あまり仲がいいとは言えない家族のいる家を無言で出て行ったら、変化を知ることになった。

 家から近いという理由だけで選んだ高校に、徒歩で向かっていれば、グニャッと柔らかいものを踏んだ。

 スニーカー越しでもわかる大きめな何か。

 思わず「おえっ」と漏らしてしまう。

 見てみれば、くっきり私の足跡が残る水色の物体があった。

 かなり大きな犬のフンかと思った私は、胸をひと撫でする。

 すると、目の前にスクリーンのようなものが映し出された。


[クロス ミズナは、経験値を得た。

 レベルが2に上がった!]


 半透明なそれは、確かに私の名前とレベルが上がったことを表記している。


「ゲームか」


 人並みにゲームに触れただけだけど、ラノベでゲーム世界をモチーフにしたものを読んだことある。なので、知識は結構ある方だ。

 私はツッコミを入れてから、まだ夢の中にいるのかもしれないと頬をつねった。

 痛い。ちゃんと頬に痛みを感じた。どうやら、夢の中ではないようだ。

 足元に目を落とすと、水色の物体は消えてなくなっていた。

 顔を上げれば、スクリーンも消えていたのだ。

 なんだったんだ。幻覚か。

 首を傾げてしまいそうになりつつ、遅刻してしまわないように、歩みを再開した。

 すると今度は横から飛び出してきた水色の物体を、蹴り上げてしまったのだ。


「あー……」


 少し離れたところに、ベチャッと落ちる水色の物体。

 そして、また映し出されるスクリーン。


[クロス ミズナは、経験値を得た。]


 今度は、レベルアップの表記はなかった。

 水色の物体を見れば、また消えている。

 さっきから、なんだ。水色の物体の正体を確かめようと周囲を確認する。

 近道だから、ウォーキングコースまである大きな公園を突っ切ろうとしていた。ちょうどツツジの庭園の中にいた私は、辺りをしゃがんで確認する。

 そして見付ける。ぴょんぴょんと跳ねた水色の物体を、だ。

 ぷるりんと震える身体は液体のよう。そうまるでスライム。

 小さい頃、遊んだな。緑色のスライムが、べたーっと掌から垂れて、ひんやりとして気持ち良かった。そして独特の匂い。

 スライムと言えば、ゲームの序盤でよく出てくる魔物か。

 きっと後者に違いないと思う。

 魔物のスライム。それが水色の物体の正体だ。

 私は周囲を注意深く見た。


「いつもの公園、よね」


 私が通学の時に通る公園。野球が出来るほどの大きなグラウンドと遊具が置かれ、桜の木々が並ぶ大きな公園。この市の名前が付けられた鴻巣(こうのす)公園。略して、のすこう。春になれば花見で賑わうし、春祭りで屋台が並ぶのだ。隣には、墓と神社がある。

 何故、魔物のスライムがいるのだろう。

 私は魔物がいること以外にも、違いに気付いた。


「人が……いない」


 朝のジョギングにくる老人の姿が、一人も見当たらない。

 気にしたことはないけれど、ちらほらいたことは知っている。

 なのに、私以外の人間がいない。

 すると、見張っていたスライムがこちらに気付いた。

 ぴょんぴょんと跳ねてこっちに飛び付いてきたものだから、私は持っていたサブ鞄で叩き落とす。


「ふっ……スライムごときが。私に勝とうなんて百万年早いわ」


 私は運動が出来るタイプのオタクである。身体能力は人並みに以上ある。

 小学生の時は休み時間の度に校庭に駆け出し、男の子達とドッジボールをしていた。中学は面白そうという理由でテニスボール部に入ったが、運動部のルールについていけず、辞めたのだ。土日休みがない上に、毎回毎回学校の外を走り込むなんて、無理。だって私は片頭痛持ちだし、ほぼ毎日運動することは難しかった。つらいもん。

 また表記される経験値を得たという報告。スライムは消えた。

 次は後ろからガサガサとツツジの木を揺らして飛び出してきたスライムを、またサブ鞄で叩き落とす。


[クロス ミズナは、経験値を得た。

 レベルが3になった!]


 レベルアップした。


「ふむ……。つまり、あれか。異世界に行きたいと思っていたのに、異世界が来た、のかしら」


 異世界に行きたいと思っていた。

 異世界特有の景色だとか、街並みが見てみたいと思っていたのだ。

 そして異世界に住む魔物や妖精に、会って見てみたかった。

 現実にないファンタジーな世界を望んでいた。


「“異世界転移”じゃなくて、“異世界が転移”してくるなんて……」


 ちょっと沈んで俯く。


「いや、これはこれで面白いかも」


 すぐに顔を上げた。

 現実がファンタジーになったのだ。

 もしも昨日のままの世界だったら、私は退屈のあまり死んでいたかもしれない。

 楽しもうではないか。“異世界が転移”したこの世界を。


「ステータス」


 ステータスも見れるはずだと思い、とりあえず唱えるように言ってみた。

 すると、またスクリーンが現れる。


[【名前】

 クロス ミズナ

 【種族】人間族 【性別】女性

 【年齢】18歳 【レベル】3

 【HP】300/300 【MP】130/130

 【特技】□□

 【強さ】

 攻撃力 120

 守備力 99

 力   50

 素早さ 90

 【装備】サブ鞄

 学校の制服 スカート シューズ

 【状態】普通]


 強さから装備に状態まで、表記されていることに感心した。

 でも特技はなんだろう。空欄ってことだろうか。

 まぁいい。

 先ずは、レベルアップをしておこう。しておいて損はないはずだ。


「スライム狩りじゃあ!!」


 公園内にいるスライムを次から次へと、叩き落としては蹴り飛ばして、経験値を稼ぐ。どうやら地面から湧いて出てくるスライムは、延々と出てくるらしい。だから時間を忘れて、スライム狩りを続けた。

 ある程度、レベルを上げたあと、異世界らしい景色を探しに行こうと思っていたのだが。


「え? 嘘。もうこんな時間?」


 気付けば、陽が暮れ始めていた。

 熱中しすぎだ。お腹空いたな。


「無断欠席してしまった……」


 授業中に読書をするほど不真面目な生徒だったけれど、欠席する時はちゃんと連絡していた。でも友だちからも、連絡もなかったよね。

 スカートのポケットから取り出したスマホを確認する。

 連絡アプリに連絡はなし。電話の着信もない。


「ん?」


 よく見れば、電波が入っていなかった。

 試しにブクマしている小説のサイトを開いて見たが、ネットが繋がっていないからと、表示されなかったのだ。


「“異世界が転移”した影響かな……不便だ」


 復旧してくれるといいな。

 あの小説とかあの小説が、まだ読みかけだ。

 もう二度とネットが繋がらなかったらどうしよう。

 今日一番の落ち込みを感じた。

 けれど、それは序の口だと、このあと知ることとなる。


[【名前】

 クロス・ミズナ

 【種族】人間族 【性別】女性

 【年齢】18歳 【レベル】10

 【HP】900/900 【MP】390/390

 【特技】スライム狩り

 【強さ】

 攻撃力 260

 守備力 130

 力   80

 素早さ 120

 【装備】サブ鞄

 学校の制服 スカート シューズ

 【状態】普通]


 更新されたステータスを確認していた。


「え……」


 言葉を失う。

 公園を出て、家に引き返せば、道が血の海だった。

 血溜まりにあるものを認識する前に、目を背ける。

 鼻を刺激する血の臭さから逃げるように、口を覆って早歩きで進んだ。

 しかし、進んだ先にも、また血の海となっていた。

 ーーまずい。まずい。これは、まずい。

 早々と足を動かして、家に向かう。

 到着したのは、どこでもあるような普通の一軒家。

 その玄関がーー……開いていた。

 ドクドクと心臓が、嫌に高鳴る。


「お、お母さん……? お父さん?」


 もう父は帰ってきているはず。夕暮れに染まった空の下は、酷く冷えていた。まだ十月の始めだというのに、こんなに寒いのはどうかしている。

 恐る恐ると声をかけながら、家の中に足を踏み入れた。

 電気もついていない仄暗い廊下を、靴下を履いた足で歩く。

 リビングにあったのは、かつて母と父だったものだった。

 ただ、床に横たわっている。その姿を見て、崩れ落ちそうになったけれど、私は凍り付いたように固まった。

 父と最後に言葉を交わしたのはいつだっただろうか。それくらい、ずいぶん前から口を聞いていない。

 母とは、数日前に口喧嘩をした。それから目を合わせないようにしていたのだ。

 反抗期ってやつだとわかっていても、私は苛立ちを二人にぶつけてそっぽを向いていた。

 もう、言葉を交わすことはないなんて。

 死んでしまったなんて。

 そんな。

 

「ーーーー……」


 私は、ソレに気付いた。

 私の背後を音もなく立っている存在に。

 ガクガクと震えてもおかしくない寒さに襲われているけれど、もうすでに凍り付いてしまったように動けない身体は、ピクリともしない。

 私の後ろに、両親を殺したであろう魔物がいる。

 後ろを取られてしまった私に、勝機はあるだろうか。

 レベル10まで上げた私なら、とは過らなかった。

 だめだ。勝てない。そう本能が告げる。

 スライムなんて比べ物にならない魔物が、すぐ後ろに立っているのだ。

 振り返って攻撃を仕掛けたら、瞬殺される。それが目に見えたほど。

 序盤で出てきてはいけない。そんな魔物だ。

 思い知る。ここはゲームのようでゲームではない。都合よく弱い順番に出てこないのだ。

 “異世界が転移”しても、酷いほど現実の世界だった。

 するり、と頬擦りされる。私は呼吸さえも止めた。

 人の形に似ているそれの手は、私の太ももを撫で上げる。

 かと思えば、私の首に噛み付いた。

 牙が深く刺し込まれたあと、じゅるりっと血を吸う音を耳にする。それから、ゴクリと飲み込む音。

 魔物の正体はーーーーヴァンパイアだ。


「あぁっ……うっ……」


 声が漏れる。物凄い力で押さえ付けられ、じゅるりじゅるりと血を吸われていると、私の力が抜けていく。足がガクガクと震えても、崩れ落ちることも叶わなかった。しっかりと抱き締められてしまっているからだ。

 だんだんと視界が遠ざかっていく。

 ーーああ、死ぬのか。

 これから自由気ままに堪能したいと思っていたのに、もう死ぬ。

 後悔を浮かべる間もなく、私の意識は途切れた。




 新世界の初日は、こうして幕を閉じたのだった。



 

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