花丸木大仏という男

新入生歓迎集会の部活紹介コーナーにて、ついこの間まで同じ柔道部だったあの野郎が『異世界移住研究部』というわけのわからないプラカードを掲げてステージに並んでいる。


…っ、あのクソ野郎


それは他でもない。


花丸木大仏だ。


ヤツを一言で語るなら……『デカぼくろモンスター』とでもいったところか。


1年生にして身長193センチ体重約100キロだった大仏は、顧問吉岡の熱烈なラブコールに折れオレと同じ柔道部に入部した。


ヤツとの出会いは昨日の事のように鮮明におもいだされる……


初めて道場に来た大仏を吉岡はさも嬉しげに案内していた。


海道カイドウ、しばらく大仏の打ち込み練習見といてくれ」


吉岡はそう言って大仏と体格の近いオレにペアを組むよう命じてきた。


体格がいいだけでは全国大会常連校出身のオレとは釣り合わない、舐められたもんだと思った。


この学校、煉獄山高校レンゴクヤマコウコウ柔道部は全国でも名の知れた強豪校だ。パッとでの初心者が楽しくやっていけるおちゃらけたクラブとはわけが違う。


大仏はうやうやしく目の前に現れた。


身長も体重もオレより若干勝るようにみえたが、図体だけで勝てるなら飯食ってりゃオリンピックに行けるってことだ、そんな簡単なスポーツじゃない。

テクニック、経験、ともに一日の長がオレにはある。


「オマエ初心者なんだってな?」


「そうなんだよね!君は海道君だっけ?ご指導よろしくお願いします!」


「オレは全国を目指してる、オマエみたいな木偶の坊に油売ってる暇はねえんだ、ついて行けねえようなら即刻退部することを勧めるぜ」


「あはは、ご親切にどうも」


大仏は、わざとらしく頭をヘコヘコさせた。


(デケエほくろしやがって、気にくわねえ。

こっちは人生を賭ける覚悟でこんな山奥の学校にやってきたんだ、ヘラヘラした初心者と同じ空間にいるってだけで気分が悪くなるのに…)


「ピッピッピッピッーーー」


デジタル時計の合図とともにオレは大仏の奥襟に右手をかけ払腰はらいごしの体勢を作った。


右腰に相手の身体を乗せ持ち上げる。


できるだけ高くヤツの身体を宙に浮かせた、本来ならこんなに高く上げる必要はないのだが高いところから落とした方が衝撃がデカイ。


そして最高地点に達したところで落下スピードを加速させるよう思い切り引きつける。


空中ではただでさえ身体のコントロールが効かせにくい、しかも高速で弧を描く大仏の身体には遠心力がかかるためなおさら受け身がとりにくくなるはずだ。


ダメ押しでわざと受け身の取りにくい角度からおもいきり叩きつけた。


名付けて殺人払腰


大仏は無様に倒れこんだ!


オレはヤツの袖を釣り上げ無理やり起こし顔色を伺った。


「イテテ」


「痛かったか?20回で1セットだ。まだまだ投げるぞ。大丈夫か?」


「大丈夫……ハハハ 」


ダメージはあるようだが……


(はたしてその強がりがいつまでもつかな?)


オレは笑いたがっているマイ表情筋を抑え、次に取り掛かる、人を痛めつけることに快感を感じているということが誰にも悟られないように……、


「ケガしないようにちゃんと受け身取れよ」


と気遣うフリをしながら例のごとく受け身が取りづらい払腰を繰り返し大仏に食らわせる。


大仏は「いてっ」とか「うげっ」とか言いながらもなんとか最後まで耐え「やっと俺の番か!」などと言って揚々と立ち上がるのだった。


痩せ我慢だとしても少しは打たれ強いんだなと感心する。


「海道君、さっきの技の名前はなんだい?」


「払腰だが……」


「はらいごしか、覚えたよそれ」


「難しい技じゃないからな、オマエも払腰でいくか?」


「ああ、そうするわ!」


大仏はオレの奥襟に手を回して掴み、身体を反転させながら払腰の形に持っていく。


「やあああ!」


間抜けな掛け声に気が抜けたがヤツの化け物じみた力が加えられるやいなやオレの身体はあっさり宙に持ち上げられていた。


(あっ…あぶない!)


予想外の展開に驚き、つい情けない言葉を口走ってしまった。


「や……やめ、やめてー!」


足が天井にぶつかるのではないかとハラハラするほどに力強くヤツはオレの身体を空中で操った。


不必要に長い滞空時間のさなか、オレは気づく。


(コイツ、さっきまでのオレの技を再現してやがる!?)


落下する瞬間の角度、それは紛れもなくオレがヤツに仕掛けていた受け身の取りにくい角度だった。


スパパンっ!!と、畳が裂けるような音が響き、しばらくおいて身体に激痛が走った。


「……ッ!いてぇー!肩がいてぇー!」


「ご、ごめんよ!海道君!」


オレたちの様子に気づいた部員達が駆け寄ってくる。


「いかん、脱臼だなぁこりゃ。誰か担架持ってきて」


担架で担がれ顧問吉岡の車に乗せられたオレはふもとの病院に行くことになった。


「チクショウ、大仏のヤロウ、ぜってぇ許さねえ」


車の中で、病院の中で、帰宅してからも何度もそのセリフが頭の中で唱えられた。


大仏のせいでオレだけが取り残され遅れをとったのだ。


大仏のせいで思い描いていた高校生活を潰された。


アイツさえいなければ……


オレの人生は部活をきっかけに変わるはずだったんだ!


「海道、ゆるしてやってくれや、大仏には悪気はなかったんだ」


俺の大仏に対する態度をみた顧問吉岡は許すよう言ってきたが、俺にとって大仏は許せる人間ではなかった。ヘラヘラした態度で何の努力も無しに周りに認められる人間がなによりも嫌いだ。


大仏に対する憎しみは日を追うごとに膨らんだ。


肩の怪我が治る頃、春の大会のメンバー発表があった。


「無差別級は大仏でいく、文句あるやつおるか?」


大河原八十治おおがわらやそじ監督の人選に部員達はざわめいた。


なにせ今年入部したばかりの1年生、しかも初心者が上級生を差し置いて無差別級の選手に抜擢されたのだから。


大河原八十治監督は齢90になる老体であるが実力と人を見る目は本物だ、それを知っているから余計悔しかった。


「いつも通り勝ちに行く人選じゃ。選ばれたもんは励めえ」


大河原八十治監督の人選にケチをつける部員はいない、が、俺は決心した。


『大仏の飲食物に下剤を仕込んで困らせてやろう!!』


ーーーー


「お前の強さは本物だ、おかげで俺は団体戦に専念することができる。ありがとう大仏、個人戦は安心してお前に任せられる」


部長は大仏にそう声をかけていたが、オレは知っている。誰もいなくなった部室で、部長がひとり泣いていたのを。


オレと同じように大仏の栄光の陰に隠れて涙する人間は少なくないだろう。


大仏の没落を望む者は俺だけではないはずだ。


そんな恵まれない境遇の部員達のため汚名を被るのも悪くない!!


しかし!そんな俺の下剤混入活動もむなしく大仏は大活躍を見せた。


春の大会、個人戦優勝。


夏の大会、個人戦優勝。


ヤツの活躍はその界隈で話題になり全日本強化選手としての話も来ていた!!


オレはといえば下剤を仕込んでいるところを部員の誰かにチクられてしまい退部に追い込まれてしまった!!


部活のために寮生活をしていたから親とも気不味くなってしまい16歳にして俺の人生は八方塞がりだ。


目標を見失った俺は行くあてもなく麓の町をうろつく日が続いた。


「にいちゃん!ガタイいいなあ」


場末の古びたゲーセンでガラの悪い集団に声をかけられた。声の主は今川さんだった。


その風貌から彼らが反社的な人間であることは想像できた。


「飲むかい?」


今川さんはそう言って開けたての缶ビールをひとつオレに差し出した。


ガラの悪い人間達に囲まれて気圧されたわけではない、オレは自分の意思で酒を口に入れた。初めてのビールは苦かった。


「やるねえ、にいちゃん学生さん?」


今川さんは情に厚い人で、仲間の人たちも気さくに声を掛けてくれた。オレってこっち側の人間だったんだって…そう感じるまであまり時間は掛からなかった。


オレは今川さんとケータイ番号を交換し頻繁に連絡を取るようになる。


ーーーー


「どうしてもボコしたいヤツがいるんです」


彼らと出会って数週間が過ぎた頃、今川さんに悩みを打ち明けてみた。


まずタイマンじゃ大仏に勝てないことや大男であること、オデコにホクロがあることなど大仏についての情報を共有し、どうすれば安全にボコにできるかについて話し合った。


「こうゆーのホントはやらないんだよ、足つきやすいから。でもシャックの頼みだし、5万でいいよ」


「ありがとうございます!」


今川さんは本当にいい人だ!


五万円の支払いと怒怒裏暗ドドリアンというチームへの入団を条件に復讐に協力してもらうことになったのだ。












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魁☆異世界移住研究部〜青春狂想曲〜 kuraen @9takeshi6

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