第10話 泰樹

 時間は少しさかのぼる。


 日曜、夕方。


 休日返上で仕事をし、それがようやく片付いた。あとは、大した用事は残っていない。部下が話かけてくる。

「いやーなんとかなりましたね、雅史さん」

「おー」

 溜息交じりに俺は言った。席を外し、喫煙所へ向かう。


 ふぅ・・・。


 混沌とした脳内のパズルが、ピタッと治まる。この瞬間だけ無になれる。この感覚がたまらない。

 俺には息子がいる。26歳にもなってフラフラしている。あいつは昔から弱かった。常に誰かの顔色を窺って、何かを他人に譲っていた。小学校の運動会では100m走で1等をとれたのにも関わらず、友達に譲り2等。あいつは人が良い、と言えば聞こえは良いがヘラヘラしているだけだ。その結果、自分を壊し、フリーターなんてザマだ。

 フーッ。

 勢いよく煙を吐き出す。あいつは大切な家族だ。それに違いない。だが、家族でなかったら間違いなく近づかない。

 俺は、幼い頃に両親を亡くした。親戚に預けられたが、心は落ち着かない。以来、自分の力で生きてきた。強くなるしかなかった。だから、弱々しいあいつを見ているとどこか腹が立つ。

 愛と怒り。矛盾した感情に折り合いをつけれず、その落としどころを紫煙に委ねる。ボーっとしていると、ある事を思い出した。

「もしもーし」

「おう、基子ー、俺だけど」

「何?」

「すまん、忙して言い忘れててなー、急だけど明日夜の9時にそっち帰るから」

「わかったー、迎えに行くわ」

 単身赴任が始まって長くなる。休みの時期には必ず帰っていたが、今年の夏は帰れなかった。久しぶりに会うな。泰樹には喝を入れてやらねば。

 そう思い、仕事に戻った。

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