第8話 勝負しよう

 夜中。


 また鳴った。


 おじいさんの言う通りだ。しかも少し音が大きくなった気がする。ダウンジャケットを羽織り、綿貫鉄工所そばのコンビニに向かった。おじいさんの姿はない。いると思ったのだが。せっかくだし、店内で温かい飲み物を買うことにした。


 レジに向かう。昨日と同じ店員さんだ。俺と同じくらいの年で、華奢だが、深夜帯のわりには明るく対応してくれる。ただ今日は様子がおかしい。影がある。

「あ、ポイントカードお願いします」

 俺はカードを渡す。

「ちっ」

 明らかに相手の機嫌が悪い。わからなくもない。夜勤はつらい。身体的にも、精神的も負担がかかる。客の前でも多少イライラしてしまうことはある。お金を払ってさっさと帰ろう。そう思い、小銭を置いて出ようとした時だった。店員さんが俺が買う”もっとレモン”を落としてしまった。

「はーー」

 店員さんはゴジラが放射熱線を吐いたのかと思うくらい深く重い溜息をついて台に手をついた。しばらく間が空く。そっちに落ちたから早く拾ってくれよと俺は思っていた。すると

「俺さぁ、ずっと気に入らなかったんだよねー」

 と言った。俺は驚いた。

「すんません、なんか嫌なことしましたかね?」

「ちげーよ、存在だよ」

 なんだろう。昨日のおばあさんと同じ気配がする。音が鳴っているときは変な人に絡まれるのか。音の影響なのか。ちなみに、俺とこの人は知り合いでもなければ、顔馴染みというわけでもない。店員の口調は映画のように芝居がかり、決め顔でまくし立てる。

「俺たちは相容れない、それは理屈じゃねぇんだよ」

「いわば運命、もうわかったろ」

「勝負しようぜ、俺はお前と戦いたい、表出ろ」


 店員がこちらに向かってくる。向き合うとファイティングポーズをとり、ジャブを放ってくる。ぎこちない。経験者ではない、確実に。俺は後ずさり、両手を前に出しながらちょっと待ってくれと叫んでいた。意を介さず今度はハイキックの勢いでミドルキックを放ってくる。股が辛そうだ。俺は下がり、蹴りは届かない。店員は様子を伺っている。口を少し開け、顎を前に出し、眉間に皺を寄せていた。ブルース・リーだ。ブルース・リーで様子を伺っている。

 ブルースが距離を詰め、俺が距離をとる。意味は違うが一進一退の攻防が続いた。そんな時だ。店内に人が入ってきた。昨日のおじいさんだ。おじいさんはしばらくぼーっと俺たちを見た後、にこやかに話しかけてきた。

「どーしたのー」

「勝負の邪魔をするんじゃねぇ!」

 ブルースは叫んだ。

「うん、でもね、危ないよ?商品にも当たるし」

「うるさい!俺は強いんだ!弱くないんだ!」

「わかった。じゃあ君のこと聞かせてくれるかい?」

 おじいさんに背中をさすられると、ブルースは張りつめていたものがこらえきれなくなったように泣き始めた。その後二人は成人誌コーナーのそばに座り込み、話し込んでいた。

 あの人は何かをずっと我慢していたのだろうか。それが今弾けたのだろうか。そんなことを考えながら、もっとレモンを回収し、外で飲んだ。燃えよドラゴンが見たくなってきた。

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