3rd Beat「黒い青春」
ふわりとかおった木のにおい。
それは、小学生のころに嗅いだ図画工作室のにおいを想起させた。
絵の具のにおい(”がん”と呼んでた)
木くずのにおい
汗のにおい
職人のにおい
この車の本来の主である志龍の匂いをかき消す黒瀬さんのにおい。
ぼくたちが住んでいる瀬那から。
高校がある蔵前まで車で20分。
学校から電話が、しかも、「悠奈(ぼく)が人を殴った」という内容だったのに。
この長い距離を、血のつながりもない見知らぬ他人のぼくを迎えに来た黒瀬さんは起こることもせず、まっすぐ前をみつめて両手でハンドルを握っていた。
なぐったこぶしの骨が痛い。
けれど、殴られた方はもっと痛い。
この事実がぼくの心をナイフでえぐる。
信号が赤になる。
そのとき、ぽつりと黒瀬さんが言った。
「別に何も言わなくていい。」
思わず顔を上げた。
こちらを見ている悠樹と目があった。
バツの悪さにそらしたくなったけど、深い海の底へ引きずられるようでできなかった。
「悠奈は理由もなく、人をなぐったりしない。人を殴る、傷つける、その意味をきちんと理解していると、私は思っているから。」
「……うん。」
「志龍も志庵も零志も心配している。もちろん私もだ。」
ごめんね、と紡ぎかけた言葉は、大きくうなったアテンザワゴンのエンジン音で消えた。
黒瀬さんには聞こえてたはずだけど。
何事もなかったかのように。
謝罪の言葉なんて耳に入らなかった、とでもいうように。
柔らかな声と表情で言った。
「早く帰ろう。今日は、悠奈の好きなもの、つくってあげる。」
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