第121話 世渡りの天才

 圧倒的な大火力を前に、旭は追い込まれていた。

 防戦一方。攻め入る隙が見い出せず、次の一手に繋がらない。

 手詰まりか? ……いいや、認められない。必ずどこかに逆転のいとぐちがあるはずだ。

 旭は足掻いた。

「こういう時は……あえて、行く……!」

 踏み出す、一歩。

 距離を置いても無数のミサイルは追いすがってくる。この数が相手では回避もままならない。撃ち落とすのも同様だ。ならば――あえて、前に進む。

 三段銃を構え、雨粒の中を一息に突き進む。が――

「馬鹿め喰らえ! サイバーレイ!!」

 蛇が大口を開き、極太の光線を吐き出した。怯むヴィルデザイアに、更に迫りくる剣戟。

「メテオフラッシュ!!」

 後退。間断なく襲いかかるミサイルの雨あられが、ヴィルデザイアの装甲を叩く。

 どうする?

 どうするどうするどうする?

 視覚を分析。弾幕に目立った隙はない。分厚いミサイルの層が津波のように襲いかかり、質量で動きを封じに来る。

「なにも……できない?」

 足元が抉れ膝をつく。再び立ち上がることもままならないまま、旭は強敵を前に歯噛みした。



 爆炎でよく見えないが、旭が圧されているのだけはわかった。

「え、これ……ヤバいんじゃないの?」

「これは確かに……良くないな」

 雨粒すら吹き飛ばす炎で最後のスワンプマンを焼き払ったルディも、小さく頷き同意した。

「だが……手を貸すにしても、これじゃあ近づくことすらできん」

 ミサイルの雨に生身で飛び込むのは自殺も同然。しかし壁の如く降り注ぐミサイルは、遠距離からの魔法や砲撃など容易く押し流してしまうだろう。

 そんな中、フラッシュだけはこう言った。

「いえ、あれなら対処は可能です」

 その言葉でなにかに気づいたらしい。カヤオがポンと腕を叩く。

「そうか、レイバールキアのサテライトパック!」

 曰く、強力なジャミングユニットを搭載しているのだそうだ。レイバールキアの換装中に説明を受け、真彩はなんとか理解した。

「それであれがなんとかなるのか」

 新装備を見て腕を組むルディ。しかし、フラッシュは苦々しげにこう言った。

「ええ。ですが、ひとつだけ問題があります」

 バックパックから小型のユニットを分離させ、彼女は言う。

「こちらのサテライトユニットを適切に配置し、同時に起動しなければ効果が出ないんです。ミサイルの只中ですから、設置には危険が伴うでしょう」

「図柄にするとこんな感じだ」

 カヤオがメモに走り書く。

「ここが一番危ないだろう。だから俺がやる」

 であるレイバールキアを中心に四箇所。カヤオが指し示したのは、ツキヨミカガチに一番近いポイントだ。

「こことここは安全地帯と言っても良いだろう。でも、ここは……」

 戦場にほど近い危険地帯。ミサイルは全てヴィルデザイアを狙っているが、跳弾の可能性も捨てきれない。

 なるほど。であれば。

「じゃあそこはあたしがやりますよ」

 真っ先に挙手した真彩へ、四人の視線が集まった。

「真彩さん……危ないですよ……」

 不安げにそう言った暁火の背中を、ポンポンと叩く。

「心配しないで。あたしなら上手くやれるから」

 世渡りの天才であるところの真彩は、何に置いても上手くやる。多少危険な作業であっても、それは変わらない。

 それになにより、真彩には確固たる動機があった。

 こんなところで終わらせるわけにはいかない。

(あたしの人生も、未央の未来も、旭くんの将来も……)

 これから先、やりたいことも楽しみなことも沢山ある。だからこんなところで終わらせるわけにはいかないのだ。

「待っててね旭くん!」

 操作法を教わってから四手に別れ、子機を抱えて雨の中を走る。泥が跳ねて気持ち悪いが、構うものか。白い肌を黒く染めながら、ひた走る。

 跳弾はない。爆炎も、雨のおかげで幾分か抑えられている。

 何度か転びそうになりつつも持ち直し、指定のポイントへたどり着く。

 他の三人は……一番遠いカヤオがまだだ。後五秒ほど――

 頭上に影。

 砕けたミサイルの外装が、真彩目掛けて飛来した。身の丈を越える金属板は、細身の肉体を押しつぶすのに十二分以上の体積を持っている。

(やば――)

 死ぬのか? こんなところで?

 いいや、ありえない。

 世渡りの天才がこんなところで死ぬわけがない。

 死ぬわけがないのだ。

「真彩!!」

 叫び声と共に半透明のフィールドが展開。弾かれた金属板が離れた大地に突き刺さる。

 ルディが助けてくれたのだ。

 親指を立ててグーサイン。しかし彼女は視線を逸した。照れ屋さんめ。

 それからすぐにカヤオが叫ぶ。

「ごめん遅れた! もう行ける!!」

 ようやく準備が整ったらしい。

 フラッシュが声を張り上げる。

「起動します! 三、二、一――」

「起動!」

 渾身の力で、レバーを引いた。



 空気が変わった。

 一瞬、降り注ぐ雨粒がにわかに揺れた。波のように広がった何かが、小さな水滴を動かしたのだ。

「旭!!」

 ルディが叫ぶ。

 次の瞬間、視界に大きな花が開く。爆炎が上げた、赤い花だ。

 無数のミサイルが、その場で全て爆発した。何事か? いいや、今はそれを確かめている場合ではない。

 多分、彼女達がやってくれたのだ。

 ならば成すべきことは一つ。

「雷光!!」

 三度旭日を振るい、旭は走る。姿勢を低く、下段の構えで――

「馬鹿め!」

 極太の光線が大地を抉った。しかしそこに、ヴィルデザイアの姿はない。

「わかっていれば!」

 旭は跳んでいた。ミサイルが無効化された今、道を塞ぐものは居ない。ブースターを点火し急降下。大上段から刀を振るう。

 蛇頭じゃとうを落とした。まずは一本!

「味な真似を!」

 正面から斬り合い、かと思えば小ジャンプで離脱する両機。お互いに不意打ちサブアームを警戒した結果だ。何度も刀を交えていれば、こうもなろう。

「メテオフラッシュ!!」

「サイバーレイ!!」

 お互いに着地狩り。だがしかし、旭の方が狩り慣れている。

 足のブースターで即座に軌道を変え、安全に着地するヴィルデザイア。対するツキヨミカガチは急な姿勢変更に対応できず、尻餅をつき泥を跳ね上げる。

 すでに旭は駆け出していた。

「スタンナックル!」

 コックピットを狙った一撃。しかしギリギリで防がれる。

「やり方がいちいち汚えんだよ……」

 悪態をつく雷光に、旭は即座に言い返す。

「勝てば官軍!」

 雷光は小さく舌打ちする。旭の口元が緩んだ、その時。

「ライジングインパクト!!」

 再び跳躍。

 油断していた。駄目だ。一時も気を抜くな。電撃をギリギリでかわした旭は、そうやって何度も自分に言い聞かせる。

「まだまだだな、クソガキ!」

「くっ……」

 もう一度、深呼吸。

 決して容易い相手ではない。だがしかし、それでも。旭は負けるわけには行かなかった。

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