第122話 覚醒

 何度も何度も切り結び、何度も何度も跳ね回る。

 甲高い金属音。幾度と繰り返した鍔迫り合い。脚のブースターで重量を上乗せし、旭は強引に押し込んだ。

 姿勢が崩れたところでブースター停止。踏み込んでからの回し蹴り。

「甘いな!!」

 避けられた。

 空を切る旭日。反撃を予見し、旭はすぐさま距離を取る。

「手間取っておるのお」

 女の甘ったるい声。すかさず吠えるは半ギレ雷光。

「黙ってろ舌噛むぞ!!」

 この期に及んで呑気な華紅弥に、旭までペースを乱されそうになる。あるいは、それも作戦の内であるのだろうか。雷光の邪魔をしているようにしか思えないのだが。

 拳と拳をぶつけ合い、刀と刀を弾き合う。圧されても踏ん張り持ち直す旭に、雷光は軽口を叩きつけた。

「お前はなんのためにこんな事やってんだ?」

 決まっている。

「お前が神様を封じたからだ」

 雷光に神格を封じられてから、能売川温泉街は衰退の一途を辿っている。それを旭はなんとかしたい。

 だが、雷光はこう言った。

「なんだ、お前神格が欲しいのか? だったら俺でもいいじゃねえか」

「はあ?」

 どういうことだ? 旭は耳を疑った。彼がなぜそんなことを言ったのか、微塵も理解できないからだ。

 雷光は続ける。

「だ~か~ら~、俺が代わりに神様になればそれでいいだろ?」

「お前が? 神様に?」

「そうだよ」

 まさか。

「俺が代わりにお前んとこの神様になってやるって言ってんだよ」

 最初からそれが狙いだったのか。

「雷神が崇められる時代は終わったからな! 今のトレンドは土地神だ!! それもとびきりの観光地!!」

「ふざけるな!!」

 ずっと考えていた。どうして雷光がこんなド田舎の神格に目をつけ封印したのか。

「観光地の神様はいいぞ。永遠に新鮮な信仰心を集められる。食っちゃ寝してるだけでドンドン格が上がってくってもんだ」

 まさかこれほどくだらない理由だったとは。

「ふざけるな!!」

 乱暴に斬りかかった旭を、雷光は軽々といなしてみせる。しかし、反撃に転じるつもりはないようだ。

「オイオイオイ、落ち着けって」

 諭すように、ともすれば茶化しとも取れるような声色で、彼は旭にこう言った。

「別にいいだろ? 俺は信仰が欲しい。お前はあの街に神格が欲しい。お互いウィンウィンってもんじゃねえかよ」

 また煽られているのだろうか?

 爪の跡がつくほど強く握りしめられていた拳に気付き、旭は大きく深呼吸する。

 ほんの少しだけ落ち着いた。

 改めて考える。雷光はすでに手を止めていた。こんな戦いはもううんざりだとでも言いたげに双刃刀を下ろし、完全に構えを解いている。

 汗だらけの額を拭う。神格が戻るのであれば、旭もそれでいいのではないか。ほんの少しだけ、そう思った。

 もう一度だけ深呼吸して、旭はゆっくりと口を開く。

「お前、神様になんかなって、一体何をするつもりなんだ」

 すると、雷光は少し考えてからこう言った。

「まずはガンガン観光客を増やすぜ。とにかく信仰が欲しいからな」

 そう。だからこそ彼は、ウィンウィンだと言ったのだ。

 だが、信仰を集めて何をするのか? そこから先が問題なのだ。

「敬われたいだけなのか?」

「馬鹿言え」

 軽口を叩くように、彼はこう続けた。

「そうやって力を貯めたら、今度はこの国の神様を俺一人に統一する。そこから先は世界に出て、次に宇宙に出る」

 急に膨れ上がったスケールには、中身が一切伴っていない。

「そこから先はどうすんだよ」

「なんだよわかってね~なぁ。宇宙と言えばロマンだろ? 俺も最初は世界征服ぐらいまでしか考えてなかったんだけどよ、人類ドンドン進歩すんじゃん? 俺の中の男の子が疼いちまってよお」

 上がり調子で彼は言う。

「子供心、大人になっても持ってた方がカッコいいだろ?」

 旭は呟いた。

「……そんなもんだと思ったよ」

 この男に何かを期待するのが間違いなのだ。旭はフンと鼻を鳴らす。

「あ?」

 雷光の声からが消えた。旭の呟きが、気に食わなかったのだろうか。

「んだよテメー、自分で聞いておいてその反応はよ」

「くだらなくて欠伸が出る」

「そうかよ」

 一歩引いたツキヨミカガチが、再び双刃刀を構える。

「礼儀のなってないガキは教育してやんねえとな」

「なにが教育だバカバカしい」

「黙ってろクソガキ!!」

 来た。

 馬鹿正直な構え。双刃刀の強みを忘れた――真正面から押しつぶすように迫る、雷光お得意の構えだ。他人に対する威圧的な態度が滲み出ている。

 誠実に受け止めてやる必要はない。

 相手に呑まれたら負けだ。

 ――深呼吸。

 あえて一度構えを解くことで、ゼロから最適な動きへ移行することができる。

 けん

 超分析など必要ない。その一挙手一投足は、彼の言動から用意に推測できる。

 ゆっくりと、下段に構えた。

 そして旭は、こう叫ぶ。

「ライジング・インパクト!!」

「なっ――」

 雷光の動きがほんの一瞬止まった。絶妙なタイミング。この瞬間を待っていた。

「せい!!」

 旭日一閃。

 たったの一刀にて腰から両断されたツキヨミカガチは、制御を失った上半身を泥まみれの地面へ横たえた。

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