第120話 月詠蛇神

 先手必勝。旭は右足を引き込み、半身で下段の構えをとった。一歩、二歩と踏み込み、敵の剣筋へと得物を放り込む。

 甲高い金属音が鳴り響く。長刀と双刃刀が中空で激突し、小さく火花を散らして辺りを照らす。

 その一撃から、旭は相手の間合いとおおよその出力を推し量る。機体スペックは互角か、あるいはこちらに軍配が上がるようだ。あれほど仰々しい登場をしておきながら、この程度? 旭は警戒心を強めた。

 バックステップで距離を取る。

 それにしても不快な気候だ。気体を通して伝わる空気感が、いやに重い。

 双刃刀を相手取るのは初めてだ。次の一手を攻めあぐねていると、視界に一筋、なにかが通る。

 滴り落ちた水の雫が機体を濡らした。落雷を伴う晩夏の夕立が、音を立てて襲いかかる。

 双刃を振るい、雷光は言う。

「いい天気だな、気分がいい。お前もそう思うだろ?」

 雨の匂いは嫌いではないが。

「どうだか――」

 大粒の雨に機体を打たれ、不規則な音が鳴り響く。ぬかるまないよう足の平全体で土を踏みしめ、旭は大きく刀を振るった。しかし――

「誤魔化してんじゃねえ」

 受け止められる。

「自分の意見はハッキリ言えよな!!」

 刃を交えた次の瞬間、旭の刀が空を切る。視界に飛び込む雷光の白刃。泥を跳ね上げなんとか回避。

 だがバランスを崩した。足元が緩んでいたのだ。

「出る杭は打たれるもんだが、それを恐れてちゃ大人になれねえぞ」

 尻餅をついたヴィルデザイアを見下ろし、雷光は言う。旭は歯を食いしばり立ち上がる。

 天気の感想ぐらいで説教垂れやがって。

「メテオフラッシュ!!」

「可愛げねえな!!」

 素早く飛び退くツキヨミカガチ。その着地場所には、すでに狙いを定めてある。

「スパイクショット!!」

 先んじて伸ばしていた右腕から、鋼鉄の杭が射出された。着地を狩られた雷光は再び飛び上がる。

 立ち上がり、再び刀を構える旭。その姿を見て、雷光が悪態を吐いた。

「いちいち姑息なんだよお前よ」

 だからどうした。

「やんちゃなわらべよのう」

「全く生意気で困る」

 雷光も華紅弥も、子供だからとこちらを見下しているのだろう。腹は立つが……構っている余裕などない。

 旭は叫んだ。

「必死なだけだよ!」

 雨粒を切り裂く一閃。異世界で学んだ技術を総動員し、何度も何度も切り結ぶ。

 まだまだ技量では追いつけないが、食らいつくぐらいはできるようになった。付け焼き刃でこれなら上等だろう。

「旭!」

 ルディが叫んだ。ほんの一瞬背後を見やる。ルディとフラッシュ、二人の姿がちらりと見えた。

「スタンナックル!!」

「おっと!?」

 小技で距離を取る。多分そういうことだ。

「かかれ!!」

 フラッシュの号令に合わせ、砲火と業火が敵機を襲う。

「クソが! アホみてえにバカスカ撃ちやがってよ!!」

 大火力の援護射撃に、流石の雷光もたじろいだ。しかしすぐさま双刃刀を乱暴に振るい、広がる爆炎を振り払う。

「まだだ!!」

 ルディ達も手を緩めない。雷光はキレた。

「ウロチョロと!!」

 ツキヨミカガチが泥を踏みしめる。大地に稲妻が走り、表れ出るは等身大の泥人形スワンプマン。無数の土塊がルディ達に襲いかかる。

「ルディさん!」

「チッ……すまん旭!」

 雷光は僕に任せてください。言外に付け足したものを、彼女は正確に読み取ってくれたらしい。

「守ってもらわなくて良いのかぁ?」

 嘲るように雷光は言う。なぜだか無性に癪に障った。

「そんなんじゃない!!」

 鍔迫り合いからブーストキックで敵の姿勢を崩し、スパイクショットで畳み掛ける。そこから更にメテオフラシュ。

「クッ」

 後退して防御の構えに移る雷光。足のブースターを炊いてしっかり大地を踏みしめた旭は、大上段から渾身の一撃を叩き込む。

「終わりだ……!」

 このまま膂力で押し込んで――

「舐めてもらっちゃあ困る!!」

 ツキヨミカガチの関節が光る。

 ――刀が押し返された。

「オラッ!!」

 ヤクザキックがコックピットへ直撃。旭の体を激しく揺さぶる。

 悶える旭にもたつくヴィルデザイア。そんな姿を睥睨し、雷光は自慢げに言う。

「ツキヨミカガチは特別製。月の裏側にある秘密基地で、ナチス・ドイツと旧日本軍、それに火星人の科学力を結集して作られた、太陽系の技術の粋だ」

「全部乗せかよ!」

 欲張りか!!

「好きなことやるのが大人ってもんだよ!」

 いちいち癇に障る言い方だ。奥歯を噛み締め拳を握り、そこで生じた痛みによってほんの少しだけ冷静になった。

 煽られているのだ。わざわざ相手の目論見通りに苛立ってやる義理はない。

 苦しくなるほど深く息を吸い込み、それを一気に口から吐き出す。またほんの少しだけ、冷静になった。

 そうだ、大人になれ。ガキのままじゃあまた嗤われる。

「……よし」

 舌戦で敵う相手でないことは、とうの昔にわかっていたはずだ。ならばやるべきことは他にある。

「急に静かになったじゃねえか」

 彼はなにやら不満気だ。旭は無言で斬りかかった。

「うおっ!? クソが! なんか言えや!!」

 それを望むなら。

「死ね」

「クソガキ!!」

 そうだ。相手のペースに呑まれるな。もう一度深呼吸し、旭は刀を構える。

「な~んかシラケちまったな……ノリの悪いガキは嫌いだ」

「僕もお前が嫌いだ」

「見りゃわかる」

 小さく舌打ちし、雷光もまた刀を構えた。

「面白くねえガキだなあ。冗談に乗らねえと大人に好かれねえぞ」

 わざとらしく説教臭い言い方だ。今日に限らず、雷光はしきりに旭の言葉を誘ってくる。

(……なるほど)

 多分、それが彼の戦術なのだ。売り言葉に買い言葉、なんでもいいから喋らせて、会話と一緒に戦の主導権をも握っていく。

 そうであれば、尚の事乗ってやる義理はない。

「メテオフラッシュ!」

「シカトすんなよ!」

 乱暴に振るわれた一撃を十字に受け、流す。左腕を離して敵の懐へ。

「スタンナックル!」

 後ずさるツキヨミカガチ。

「クソ、ガキが……!」

 声に怒りの色が見える。戦いはペースの奪い合い。故に自分のリズムに持ち込んだ側が有利になる。

 だが、旭は失念していた。敵は一人ではなかったのだ。

「構うなアキラ」

 男を諌め、華紅弥は言う。

「なにも剣だけが能ではない。あの小童を見習え」

 なんのつもりだ?

「フン。んなことわかってら。ガキの遊びに付き合ってやってただけだ」

 突如、ツキヨミカガチのシルエットが大きく変化した。

 扇状に飛び出す、無数の影。

 その姿はまるで、孔雀が羽を広げたかのようで――

 いいや、待て。違う。

「"メドゥーサ" 誘導システム。こいつの調整に時間がかかったが……待った甲斐はあったってもんだ」

 あれは、蛇だ。

「……射出!」

 ――乾いた射出音。尾を引き広がる誘導弾。ツキヨミカガチを中心に、それらは一斉に撃ち出される。

「くっ」

 スパイクショットにメテオフラッシュ。だが落としきれる量ではない。集中砲火を装甲で受け止め、旭は歯噛みする。

 一方対する雷光は、その光景を見て高笑いしていた。……かと思えば、急に冷たい声色になる。

「大人の男怒らせんなよオメー」

 無数に広がる蛇の頭が、不気味に揺らめいていた。

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