第119話 未来と過去

 たったの一振りで光線を切り裂き、それは堂々と姿を現す。

 真彩は――いや、この場に居た全員が、その光景に息を呑んだ。先程まで雷光とやりあっていたフラッシュですら、だ。

 それほどまでの衝撃。

 あゝ、なんということだろうか。

「そう、これが俺……上山旭!! 設定年齢二十歳、射手座のO型ッ!!!」

 成長促進ビームなるものを受け、旭が二十歳はたちになってしまった。

「設定年齢ってなんだよ」

 誰よりも早く我に返ったらしく、ルディが鋭く突っ込んだ。確かにそれはおかしいな。

 華麗に納刀した旭(二十歳)は、切れ長の瞳をルディに向けて微笑んだ。

「このビームは照射から二秒毎に対象の時間を一年先に "設定" して未来からその情報を置換してるんだ。だから設定年齢で間違いない」

 わかるようなわからないような。もう少し噛み砕いて説明して欲しい。

「あ、ああ……ああ?」

 ルディも混乱しているようだが、旭はそこで説明を打ち切った。因みに暁火はなぜか頭を抱えていた。

「さあ、悠長に構えている時間はない」

 刀の柄を握ったまま、旭はゆっくりと姿勢を落とす。その視線は、鋭く敵へと突き刺さっていた。

「掃儀剣術――抜刀」

 静かに呟く。――その、次の瞬間。

「縮地!?」

 瞬時に距離を詰められ、雷光は激しく狼狽えた。真彩の目でも追いきれない、目にも留まらぬ――まさしく瞬間移動だ。

 しかしそんな必殺の一撃も、雷光はギリギリで受け止めた。

「なるほどな……舐め腐ったら痛い目見るってか?」

「その通り!」

 角度を変え、旭は長刀を引き抜く。瞬時に反応した雷光もまた、追随して振り直した。

 流れるような剣戟。甲高い金属音が鳴り響き、何度も何度も鍔迫合う。

 息もつかせぬ斬り合いを前にして、暁火がボソリと呟いた。

「二人は……互角……?」

 それをルディが訂正する。

「いや、違うな」

 そう、二人の実力差は歴然としていた。

「五年かそこらでやるじゃねえか、このクソガキが……!」

「本調子でないお前に遅れを取るようなタマじゃあないさ」

「ガキが、生意気言いやがって!!」

 一歩引いた雷光が叫ぶ。

「ライジング・インパクト!!」

 神のいかずちが迸る、必殺の一撃。生身で喰らえばひとたまりもない、が――

「甘い!!」

 旭が刀をくるりと回す。

神通返じんつうがえし!!」

 旭を襲う稲妻が、突如刀身へと吸い込まれた。これは剣技か妖術か、あるいは刀の能力か? 考える間もなく、雷撃は元の主へと跳ね返る。

「あっぶ、クソが!!」

 大振りな一撃を、旭は半身で回避した。それから低く姿勢を落とし、腰に下げられた光線銃に狙いを定める。

「魔剣朱明星あけのみょうじょう――烈風突き!!」

(えっ)

 その刀は。

 次の瞬間、光線銃は砕け散り旭は光に包まれる。

「はっ、ヴィルデザイア!」

 再び少年に戻った旭がタラップを駆け上がりヴィルデザイアへと乗り込む。だが――

「フン、まあいい。時間稼ぎには十分だった」

 大仰に腕を広げ、雷光は叫んだ。

「カグヤ!! ツキヨミカガチを出せ!!」



 月の裏側にはナチス・ドイツの基地がある。

 よくある与太話だが、しかし今はそれが真っ赤な嘘だと笑えないかもしれない。

 月の裏側から、巨大な立方体が降下してきたのだから。

「なんでかヒトヨロイの調達が難しくなったんでな。ツテを頼って新造したんだ」

 それは言うなれば隕石か。竹林を薙ぎ倒して降り立ったそれを背に、雷光はそう言い放った。

 赤熱化したガンメタリックの装甲が、カチャカチャと音を立てて姿を変えていく。立方体だったそれは、あれよあれよと人型を形成するではないか。

 ……晴れ渡っていた空が、黒雲に包まれていく。戦いの行く先を示唆しているとでも言うのだろうか。辺り一帯に、不穏な空気が漂った。

「開けろカグヤ!」

 未だ赤く染まったままの胸部装甲が開く。その奥では、和服を着た女が浅い笑みを浮かべていた。

「せっかちな男はモテぬぞ」

「言ってろ」

 悪態をつき、雷光も機内へと収まる。どうやら二人乗りらしい。

 しかしあの女の顔、どこかで見覚えがあるような……。

「……まさか」

 フラッシュが呟いた。

「そうか……そういうことだったのか……」

 カヤオもまた、目を丸くして呟く。二人は一体何に気づいたのだろうか。

「どういうことだ?」

 怪訝顔で疑問符を浮かべるルディに、二人は向き直る。旭もまた、彼らの言葉に耳を傾けた。

「あそこに居るのは恐らく、武酉華紅弥たけとりかぐや。……まあ、私の遠い親戚です」

 そこにカヤオがこう付け足す。

「彼女のひいひいおじいさん……だっけ? まあ、何世代か前のお爺さんが、掃儀屋……まあその頃は違う名前だったんだけど、とにかく創設メンバーの一人だったんだよ。で、その人には何人か娘が居て――」

 そこまで聞いて理解したらしい。ルディは呆れ顔で敵機を見上げる。

「その内の一人が、あのデカブツの中でふんぞり返ってるというわけか」

「お恥ずかしながら……」

 身内の恥を晒したからか、フラッシュは肩をすぼめてそう言った。気にしなくても良いと思うのだが、本人からしたらそうもいかないのだろう。

 まあいい。どうせ倒すだけの相手だ。

「どんな事情があるかは知らないけど……雷光なんかに手を貸す以上は容赦しない」

 旭の宣戦布告に、雷光は機械の体でおどけてみせる。

「オイオイオイ……俺も嫌われたもんだなあ」

「愉快愉快。子供嫌いが子供に嫌われるとはのぉ!」

 なにが面白いのか、華紅弥の笑い声が響いた。雷光はそれが気に食わなかったらしい。

「黙れって言ってんだろこのアバズレが!!」

「その阿婆擦れに精を吐き出したのはどこの子供嫌いか」

「うっせえこの! 殺すぞ!!」

 仲悪いなこいつら。

「……クソが。もういい。さっさとテメエをぶちのめして、この女ともおさらばだ!!」

 上下に刃のついた巨大な双刃刀そうじんとうを構え、敵機――ツキヨミカガチが腰を落とす。

「まとめて地獄へ送ってやる」

 旭もまた、ヴィルデザイアを自在に操り、背中の長刀を抜き放つ。

「やってみろよ」

 雷光の不敵な笑みが目に浮かぶ。

「おお、怖い怖い」

 華紅弥なる女も、余裕綽々といった様子だ。

 歯を食いしばり気合を入れる。

「行くぞ!!」

 真正面に敵機を睨み据え、旭は叫んだ。

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