第116話 天才少年

 だがしかし、神通力も万能ではない。

 ……意思を持つ者が行使する以上、対処法はいくつかある。タイプにもよるが、王道は――

「食らえ!」

「くっ――」

 わざとらしく大鉈を振りかぶると、カウヘッドを包み込むように障壁が現れた。どうやら見事に引っかかってくれたらしい。

「甘い!」

 そのまま跳躍。

 神通力は出始めが一番強い。故にこのようにタイミングをズラせば、ピークタイムを避けることができる。

 そこへ強力な――位置エネルギーを乗せた攻撃を叩き込む。!

「そらっ!!」

 高高度からの垂直踵落とし。勢いよく振り下ろされた足が障壁を叩き割り、カウヘッドの顔面を踏み潰す。

 神通力には、不意を突いた上で障壁を破壊できるほどに強力な攻撃を叩き込むのが望ましい。身も蓋もない話だが、実際これが一番手軽で効果的なのだ。力こそパワー。不意打ちは基本。

「こ、の……!!」

「オラァッ!!」

 よろめくコウガに追撃を叩き込む。連続攻撃で相手の反応速度を超える――これも有効な手段だ。

 両腕をクロスさせてペンチに変形。胴体を挟み、ギチギチと締め上げる。密着しての攻撃もまた有用だ。

「降参するなら今だぞ」

「ふざけるな!!」

 突如、豪月華が後ろ側に

「なっ――」

 押し出されているわけではない。後ろから、なにか手のようなものに引っ張られている。

「うざいんだよ、お前!!」

 無造作に放り投げられた豪月華に、コウガは吐き捨てた。辛辣なクソガキだ。

 周囲に敵の反応はない。あの攻撃は間違いなくコウガによるものだ。門前の小僧がどうこうという次元の力ではない。神通力を行使する上で、器用さと力強さを両立するのは困難なのだ。

「お前……才能あるな。どうだい、ウチに来ないか?」

 苦し紛れに誘ってみるも、コウガは聞く耳を持たなかった。

「黙れよ!!」

 乱暴に踏みつけられる。よほど気に入らなかったらしい。

 むき出しの土砂に機体がめり込み、装甲が軋む。甲高い音が耳障りだ。

 ブザーと共にコンソールが赤く染まる。限界圧力が近く、このままでは不味いのだと。しかし勝はすでに次の行動に移っていた。

「あばよ!」

 背面ユニットを変形させ、掘削ドリルを展開する。流体金属と形状記憶合金によって形作られたドリルが、あっという間に大地を穿つ。

「なっ!?」

 急速潜航を始めた敵の姿に、コウガは呆気にとられたらしい。だが、それもすぐに適応したようだ。

「逃げるな!!」

 膝をつき、無防備にも豪月華へと手を伸ばす。神通力を使えばいいものを。

「甘い!!」

 豪月華の両腕を突き出し、勝は叫ぶ。ほんの一瞬で形成された極太の銃口が、敵影目掛けて火を噴いた!

 二発、三発、四発、ダメ押しとばかりにもう一発。両腕合わせて合計十発の弾丸を叩き込まれたカウヘッドは、黒煙と火花を撒き散らしながら仰向けに倒れ込んだ。

 これを神通力で防がれていたら負けていた。自分でこさえた穴から這い上がり、動かなくなった敵機を見下ろす。反撃に警戒しながら。

「うおりゃ!!」

 ほらきた。

 関節を無視した動きで飛びかかってきたカウヘッドを、勝はすかさず叩き起こす。しかし――

「爆発!!」

「なっ――」

 カウヘッドが自爆した。決死の覚悟か? いや、熱源がひとつ離脱した。神通力で脱出したのだろう。器用に使いこなしている。

 豪月華が膝をついた。下半身に甚大な損傷を負ったのだ。イタチの最後っ屁が、かなりの痛手になってしまった。

「最上、大丈夫か!?」

 ようやく通信が回復したらしい。斜面を滑り降りる音と共に、光の声が飛び込んでくる。

「敵のヒトヨロイは始末しましたが、こっちもタダでは済みませんでした」

「そうか。怪我は?」

「多分大丈夫です……腰が再発しなければ」

「それは変な姿勢でゲームしてるからだ」



 機体を引き上げつつ、待ち時間で簡易的なレポートを作成する。

 機体の損壊事由の欄を埋めるのは面倒だ。こんなもの、戦えば壊れるに決まっているだろう。

 『俺は悪くない』という意味の文章を五行に渡り書き連ね、ポケットにペンを戻す。

 一仕事終えた勝は、肩を回して骨を鳴らす。

 いつにも増して激しい戦いだった。疲れたし、帰ったらビールでも飲もう。

 と、視界の外から小瓶が飛来する。

「おっと」

 素人なら取り落としていたのだろうが、なんてことはない。

 手の中に収まったのは、白い蓋で栓をされた茶色い瓶。事務所の購買なんかでも売っている、いつもの栄養ドリンクだ。

「部長から差し入れだ」

 輸送ヘリの隊員づてに渡されたのだろう。十本入りの紙箱を小脇に抱え、光が言った。

「こんなものより酒でもくれたらいいんですけどね」

「酒は好みが別れるからな……」

 まあ、それは確かにそうだ。

 誰でも嗜んでいそうなビールだが、実のところカヤオはこれが苦手である。最初の一杯に悩むタイプだ。

 逆に光は好きすぎてうるさい。噂によれば、家にビール専用の冷蔵庫があるらしい。

 だが、それを言うなら栄養ドリンクだって似たようなものなのではないだろうか。

 まあいいや。タダだし。

 グイッと一気にドリンクを飲み干し、光に空き瓶を渡す。

 押し付けられたゴミを渋々受け取りながら、光はこう訊ねてきた。

「それで、彼の実力はどうだった?」

 コウガの神通力のことだろう。

「予想以上です。とんでもない才能を持っていました」

「ほう」

「味方の助力があったとはいえ、あの短時間で使いこなしていましたから。只者ではないですよ」

「ふむ、そうか……だとすると……わからんな」

「なにがです?」

 疑問符を浮かべた勝に、光は言う。

「いやな。それほどの存在を、なぜ雷光はぞんざいに扱っているのかとな」

「それは……確かに妙ですね。身内贔屓はしなくとも、実力があればいいように使いそうなものですが」

 雷光の行動指針には不明点が多い。合理的な部分もあれど、私欲も多分に含んでいる。そもそもの最終目的も、未だに不明瞭だ。神に成り代わる、とは言うが。

 答えが出るとも到底思えない。今は気にするだけ無駄だろうか。

「まあいい。今日のところは退散だ。僕らが居ると諜報部もやりにくいだろう」

 そんなこんなで宿に戻る。因みに勝は諜報部がなにをしているのかよくわかっていない。

 ドリンクを一気に飲み干したので、その夜は遅くまで眠れなかった。

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