第115話 泣いたクソガキ
鬼を引き連れて現れたのは、線の細い女――皿屋敷お菊だ。
彼女についても、旭達から聞いている。ある時は妖魔を引き連れ、ある時は自らヒトヨロイを纏う、妖人同盟の幹部クラス。どうやら今回は前者のパターンらしい。
連れ立ったのは、一本角の青鬼――これまた多くの逸話があり、厄介な相手である。
お菊は不躾な視線で豪月華を見上げ、慇懃無礼に口を開く。
「これで形勢は二対一。こちらとしても無益な争いは避けたいので、手打ちにでも致しませんか?」
それは勝にも、コウガにも失礼な物言いであった。
たとえ多勢に無勢であったところで負けてやるつもりは微塵もない。それに。
「利益ならあるぜ」
組み合ったカウヘッドを抱え上げ、地面へ叩きつける。突如投げられたコウガが悲鳴を上げた。
「うぎゃっ」
これが人間流の宣戦布告だ。勝は叫ぶ。
「そっちのデカブツを一気に二体も潰せるんだからな!!」
小さな舌打ち。
「そうそう上手くは行かないか……!」
ようやく観念したらしい。お菊は腕を振り、青鬼をけしかける。
元の逸話がわからない。恐らくは、青鬼という概念として複合された存在なのだろう。クラシックスタイルな鬼のパンツを纏ったそれは、しかし左右で大きさの違う歪な瞳で豪月華を見やる。生理的嫌悪感を抱かせるような造形だ。
「随分とキモい奴連れてきたんじゃないか?」
軽口を叩くと、意外な場所から声がした。
「気持ち悪いとは心外ですな」
青鬼が喋ったのだ。言語を解する――要するに知能が高いタイプだ。確かに、人型ベースの鬼にはその傾向が強いものだが。
「そりゃ悪かったな。でもあんまり目を見開かない方がいいぜ!!」
木くずを蹴り上げ目潰しを図る。更に丸太を拾い上げ、乱暴に叩きつけた。
「無駄ですよ」
鬼の背中から細長い触手が伸び、丸太を器用に叩き落とす。
「元ネタがわからねえ!!」
仕事柄様々なメディアに触れているが、あんな逸話は見たことがない。そもそも鬼に触手が生えているのはおかしいだろう。
「若者文化に疎いのですね」
「うるせえ!!」
例の童話が流行ってから、青鬼は口が達者というのが相場になった。そして――
「コウガさん危ない!!」
仲間思いの青鬼は、勝が咄嗟にターゲットを切り替えたことに気づいたらしい。大鉈での一撃を、仁王立ちで食い止めてみせた。
しかしコウガは恩知らずだ。
「余計なこと、すんなよ!」
「それはそれは……申し訳ない」
緑色の血を流しながら、青鬼は頭を垂れる。いちいちペースを乱してくる、なんともやり辛い相手だ。
とはいえこれは運がいい。青鬼はともかく、コウガは連携を取る気がないようだ。
「仲間割れか? 感心しないな」
「黙れ黙れ黙れ!!」
様々なものを拒むよう、赤い光が辺りに漂う。カウヘッドの周囲で渦を巻くそれは、挙句の果てに青鬼までも吹き飛ばした。
「これは痛い……!」
「トロトロしてっからだ」
コウガはまだこの力を使いこなしていない。先んじて距離を置いていた勝は、這いつくばった青鬼を見下ろす。
青紫に近い外皮には、まだ真新しい傷が無数に刻まれていた。ひときわ大きな切り傷は、勝の振るった大鉈によるものだろうが……それ以外は、先のオーラにやられたものだ。
使いこなせていないだけで、威力は十分にあると思われる。
門前の小僧習わぬ経を読む……という奴だろうか。
(厄介なことになったな……)
極限まで練り上げられた神通力は、地形を変えることすら容易い。流石にまだその域に達しているとは思えないが……しかし、強い怒りをトリガーにして暴発してしまった事例も、過去にはある。
息も絶え絶えに、青鬼は呟く。
「ああ、美しい森が……」
不完全な力の発露によって、森の木々は荒れ果てていた。倒れた巨木の幹に細い指を這わせ、青鬼は嘆く。
「どうして、このようなことになってしまったのでしょうか……」
立ち上がった青鬼は、憎悪の視線をコウガに向けた。
「……なんだよ」
不穏な空気に、コウガが一歩後ずさる。
大きな口が、歪に開いた。
「あなたのような未熟者を……力ばかりが膨れ上がった子供を……野放しにはできません」
言うなり青い影が奔る。目にも留まらぬ一撃が、カウヘッドの腹部に叩き込まれた。
「うぐっ……」
膝を付き、青鬼を見上げるカウヘッド。突然の出来事に、その場の誰もが唖然とする。荒い息遣いだけが渦巻く中、青鬼はこう言った。
「ここであなたを始末します」
「はぁっ!?」
最初に反応したのはお菊だ。
「ちょっと、話が違うんだけど!?」
岩陰から躍り出たお菊は、身の丈を遥かに越える巨体に対し、怯むことなくそう言った。
「約束はこれでお終いです」
「それは身勝手すぎるでしょ」
「身勝手で結構。……そんなところに居ると、巻き込まれてしまいますよ」
再び動く青鬼に、応戦するカウヘッド。敵である勝を差し置いて、二人は取っ組み合いを始めたではないか。完全に仲違いしてしまった。
だが、腑に落ちない。
「この裏切り者!!」
「なんとでも言いなさい! 私は私の正義を貫く!!」
乱暴に拳を振り上げるコウガと、それを華麗に受け止める青鬼。技量の差は一目瞭然。
「この!!」
カウヘッドが拳を突き出す。ただただ虚しく空を切るかと思われたそれは――しかし、赤いオーラを纏って青鬼の体をえぐる。
「そうです、想像しなさい。あなたの拳が相手を貫く様を」
反撃だ。言葉と共に触手を束ね、巨大な鎚を形作る。
「ごちゃごちゃ言うな!!」
勢いよく振り下ろされたそれを、しかしコウガは不可視の腕で受け止めた。捕まえて離さないとばかりに、しっかりと。
「しまっ――」
触手を握られ青鬼の動きが鈍る。そこへカウヘッドが、大きく一歩踏み込んだ。
「オラァ!!」
赤いオーラを纏った拳が、青鬼の腹部を叩く。
「ぐがぁっ……」
みちみちと音を立て、めり込んでいく拳。しかしそれだけでは終わらない。
「これでも食らえ!!」
赤いオーラが眩しい光を放つ――かと思えば、すぐさま一点に収束した。次の瞬間、爆音と共に青いなにかが弾け飛ぶ。
「こ、これまでか……」
腹部に大きく空いた穴。ダラダラと緑色の液体を垂れ流し、青鬼が膝をつく。トドメとばかりに拳を振り上げるカウヘッド。それを見上げた青鬼は、満足そうにこう言った。
「ふふ……使えるでは、ありませんか……」
「えっ……」
コウガが動きを止める。
ようやく青鬼の狙いに気づいた勝は、すぐさま武装を展開して走り出す。違和感の正体は、これか。
「先程の感覚……忘れないようにしてください……」
「ま、まさかお前……」
「ほら、敵が迫っていますよ……」
「――!!」
大鉈を振り上げる豪月華。カウヘッドの脳天を狙った一撃は――しかし、呆気なく空を切った。障壁によって逸らされたのだ。
「お上手、です……」
青鬼の体が、光となって消えていく。
彼はコウガが神通力を使いこなせるようにと、自ら敵役を買って出たのだ。もっと早くに気づいておくべきだった。
「……」
無言で佇むコウガ。
とんでもないものが、目覚めてしまったのかもしれない。
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