第112話 とある出会い
ヒトヨロイの開発が行われたのは明治初期。実際には江戸幕府が秘密裏に進めていたプロジェクトを、明治政府が引き継いだ形になる。
全ての始まりは、一体の巨人。それは天上人からの贈り物と言われているが……真偽の程は定かではない。
とにかく、カラクリのわからないその巨人を量産し、我が物にしようという計画だった。
その計画に参加していた科学者というのが、荒國健介である。西洋にて先進的な科学技術を研究していた彼は、帰国してすぐ政府に抱え込まれた……という筋書きだ。
それと時を同じくして、とある事件が起きた。
明治維新より始まった急速な近代化に、怪異が牙を剥いたのだ。
以前より怪異は存在していたが、基本的には凄腕の武士が一人入れば対処できる程度のものでしかなかった。中には大規模なものもあったが、数十年から数百年に一度と、対処できないほどのものではなかったそうだ。
しかし、それが二ヶ月で三回も発生したとなれば話は別である。
近代化への反動か、はたまた運命の悪戯か。時の政府は、多発する妖害への対処を余儀なくされた。
結果として、開発途中のヒトヨロイが投入。それと並行して、怪異専門の対策部門である『
荒國健介は、清葬部の初期メンバーとしても名を連ねていた。
だから光も知っていたのだ。
さて、順調に進んでいったヒトヨロイの研究開発だが、敗戦後に世界中で似たようなものが研究されていることが判明。裏国際条約にて軍事目的での使用が禁じられた。結果、今では掃儀屋でしか用いられていない。
因みに、切羽詰まっていた先の戦争でヒトヨロイが用いられなかった理由は、単純に海上では無力だからである。
閑話休題。
カヤオ達の遭遇した荒國を名乗る男が、荒國健介の子孫、あるいは本人の霊である可能性は高い。
下半身のカラクリも、ヒトヨロイだったのだろう。
だとすると、彼が口にしていたカグヤと言うのは? 荒國の周囲に居た、カグヤと言えば――
「区道さん、ちょっといいですか?」
探索に出ていた勝が帰ってきた。なにか報告があるらしく、クリアファイルと小さな袋を抱えている。
「どうした?」
思考を中断し応対。勝の方へと向き直り、真正面から報告を受ける。
「街でこんなものを見つけました」
そう言って彼が取り出したのは、人間の頭蓋骨のようなものだった。
「これは……呪物か」
事件性のある物体でないことは、ひと目見ればわかる。人骨のようであるそれは、しかし明らかに人骨ではないからだ。
頭の一部が、異常に膨らんでいる。その手の病気や先天的な障害の粋に留まらない、加増編集ソフトで雑に加工でもしたかのような歪み具合だ。
よほどの怨念がこもっていなければ、こんな呪物は産まれない。
故に、これが誰の仕業であるかもすぐにわかった。
「多分これは雷光ですよね」
「そうだな……マガツか」
あれは雷光に殺害された怨霊の集合体である。このような遺骸が残留していてもおかしくはない。
だが、ひとつだけ問題がある。マガツの遺骸は、本来この街には存在していないはずなのだ。
「誰かが撒いたんですかね?」
「恐らくは。どんな目的があるのかはわからないが……」
件の光る竹林と関係があるのだろうか? 幻想的なそれらとあまりにかけ離れた呪物は、関連性を微塵も感じさせない。だが、そうやって裏をかいている可能性もある。
「向こうが頭で、こっちが胴体――いや」
待てよ。
「最上、もう少し同じようなものを探してきてくれ。あと、ついでにこれがあったところに変化が起きていないか、もう一度見てきてくれないか?」
「わかりました」
五分後、勝から新たな報告が上がってくる。
「他にもいくつか落ちていましたが、元あった場所にはなにもなかったですね」
なるほど。
竹林には強力な自己保全能力が付与されていたが、こちらは崩れてもそのままだ。となれば、無関係と見るのが正解だろう。
新たな報告書をしたためた光は、続いて追加物資の要請書に手を付けることにした。
色の話から雷光の戦力を見積もり直した結果、彼がまだ実力を隠していることが予想されたからだ。
これまでの戦闘結果を鑑みるに、雷光が単騎で全盛期の色を圧倒できるほどの武力を持っているとは、とても思えない。
恐らくはなんらかの理由で能力が制限されていて、そのために群れて行動しているのだろう。ああいった、世界が自分を中心に回っていると本気で信じているような手合は、理由もなしに仲間を集めたりはしない。
カタカタとキーボードを叩く。会社支給のこのノートパソコンは、配置が悪いのかタイピングがやりにくい。
二度三度誤字を直し、ようやく作り終えた要請書を再確認。万全を喫すなら印刷して確認したいところだが、ここでそれは不可能だ。
会社指定のソフトで報告書ごと圧縮し、メールに添付。文面はテンプレートからコピーアンドペースト。
誤字に気づいたのは、送信してからのことだった。
※
ひときわ涼しい夜だった。
静寂に包まれた、深夜の温泉街。明日に備えた人々は、すでに眠りに落ちている。そんな、夜の散歩。
近くを流れる能売川から吹き込む風が、湯上がりの火照った体を冷やしていく。
こんな空気の冷めた日は、多くの怪異が呼び寄せられる。
彼もまた、そのうちの一人だった。
「げっ」
ビクリと肩を震わせた少年の姿には、心当たりがある。ボサボサの黒髪に、絆創膏だらけの手足。旭から聞いていたコウガの特徴と酷似している。
ほとんど確信に近い疑問を、光は言葉で投げかけた。
「君はもしかして……雷光の息子かな?」
「お父様を呼び捨てにするな……!」
震える声で彼は言う。ビンゴだ。
(それにしても……)
線の細い、華奢な少年。虚勢の張り付いた顔面は、似通った顔立ちをもってしても血縁関係を疑わせる。あの邪智暴虐の権化たる源雷光の息子だとは、とても思えない。
「なんだよ、ジロジロ見て……」
旭はいたずら小僧のようだと形容していた。しかし大人の目には、特殊な家庭事情で育った可哀想な子供に映る。
実際、旭は彼が雷光に暴行されているのを何度か目撃しているのだという。
「今日はなにをしにここに来た」
どうせロクなことではないのだろうが。
「そっ……そんなこと、言えるかよ……!」
ここで誰かに見つかることは、完全に想定外だったらしい。隠密行動は初歩の初歩。作戦遂行のためのマトモな教育を受けていないのだろう。
こんな少年を一人で放り出して、なんの役に立つと言うのだろうか。
付近に他の気配もない。この状況が罠でないとするのなら……
雷光が彼に対して殴る蹴るなどの暴行を加えているというのは、旭から聞き及んでいる。敵とはいえ、あまり気持ちのいいものではない。
揺さぶりをかけてみよう。
「君、お父さんから逃げたいと思ったことはないかい?」
「……っ! そんな、そんなこと、あるわけ……!」
迷っている。
「うるさい……うるさい! もうここでいいや!!」
頭を抱えて叫んだコウガは、石畳になにかを投げつけた。
「来い、カウヘッド!!」
煙の中から現れたのは、大きな角を持った人型の巨人。
どうやら、追い詰めすぎてしまったようだ。
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