第113話 狂乱
ヒトヨロイが出現した。
急ぎ電話をかけ、勝を呼び出す。いつもながら、悠長なコール音には苛立ちを覚える。
「はい、最上です」
「ヒトヨロイだ。至急、豪月華の手配を頼む。僕は急いで街の外に誘導する」
「なっ!? わかりました。すぐ向かいます!」
「頼んだ」
街の地図は頭に入れてあった。廃墟地帯を経由すれば、被害を最小限に抑えられる。
そのためにはまず、コウガの気を引いてやらねばならない。
(旭くんが言っていたのを試してみるか……)
カウヘッドなるヒトヨロイを見上げ、光は叫ぶ。
「関心しないなあ! そんな危ないものを子供に与えるなんて!!」
「なに?」
水晶の瞳が光を見据える。効果はてきめんと言ったところか。
「君の父親は本当に酷い。そんなところに居たら、君も駄目になってしまうぞ!」
「お父様を……悪く言うな!!」
コウガがキレたのを確認し、光は走り出した。わかりやすく細い路地に入り、撹乱と誘導を両立する。
「逃げるな!!」
挑発に次ぐ挑発に、彼の怒りは怒髪天を衝いた。廃墟を次々なぎ倒し、巨体が光を追いかける。面白いように、まっすぐと。
子供は素直が一番だ。
無我夢中で走るコウガに追いつかれないよう、時折抜け道を使って行方をくらませる。
歩幅の差は無視できない。十分に距離を稼いだところで、再び姿を見せてやる。
十字路を駆け抜け、街の外へ。
アスファルトを踏み抜いた巨体が、大きく飛び跳ね光を追い越す。
「もう逃げられないぞ!!」
前門のカウヘッド。後門の瓦礫。一時的に退路を断たれた光は、しかしこの程度で狼狽えたりはしなかった。
(頃合いか……)
袖口に隠していたブレスレットを装着し、空高く掲げてみせる。口にするのは、いつものあの合言葉。
「着装!!」
次元の壁を突き破り、現れたるはヒトヨロイ。その名も――トライスコーピオ。
黄色いボディに黒のライン。機体を彩る警告色は、しかし夜空の色でもある。各所にあしらわれたきめ細やかな装飾は、さながら夜空に浮かぶ星々のようだ。
「そんなちっぽけなヒトヨロイでなにができる!!」
サイズの差に身を任せ、乱暴な攻撃を放つコウガ。それを光は、最低限の動きで避ける。踏みつけ、キックにパンチ……どの動きも直線的だ。
「なんだってできるさ!!」
今晩の警戒態勢はB。この状態で豪月華が到着するまで、おおよそ十数分。誘導中に稼げた時間は五分少々。
残り十分。ここからが腕の見せ所だ。
背中の副腕と左腕。計三丁の銃を構え、巨体に向けてデタラメに放つ。
「そんな豆鉄砲が効くわけないだろ!!」
分厚い装甲が弾幕を阻む。これについては予定調和。端から通じるとは思っていない。
跳弾の軌道から装甲の微細な形状を予測。音で厚さも導き出したいところだったが、そこまでには至らなかった。
もう一度だ。
「喰らえ!」
景気よくバラ撒いた弾丸は、しかしいずれも弾かれる。それを見て気を良くしたコウガは、光を見下し嘲笑った。
「ぎゃんぎゃんうるさいなあ! 少し黙れよ!!」
こうでなくては。感情の落差を生み出すには、まず盛り上がってもらわなければならない。
可哀想だが、彼はすでに光の術中に嵌っている。
「……なるほど」
内部構造は概ね把握できた。空間装甲か、あるいはデザイン重視なのか……前面装甲には思ったよりも空洞が多い。
機体のCPUで最適な入射角と射撃位置を計算。
狙いは致命傷――ではない。光の役目は撃破ではなく誘導。相手の視線を釘付けにして、豪月華が来る時間を稼ぐ。
そのためには、とにかく一発抜けばいい。
「鬱陶しい……逃げてばっかり……ほっといてもいいかな……」
苛立つコウガの意識が、徐々に街へと戻っていく。弱者がただ逃げ回るだけでは、強者の興味を引きつけられない。
故に、有頂天に達した彼の自意識を金輪際まで引きずり下ろす。
念には念を入れ、貫通弾を装填。
「人生の先輩から、君にひとつアドバイスだ」
攻撃と攻撃の合間、銃を構えて腰部を狙う。
「どれだけ小さな相手でも、決して侮らないこと――」
軌道予測の応用で導き出したカウヘッドの挙動。入射角を合わせ、タイミングを見計らう。
「いつか、喉笛を噛みちぎられるからね」
引き金を引いた。
風を切り裂き放たれる弾丸。それは敵機の爪の先ほどの質量しかない、貧弱とすら言える合金の塊だ。
だがしかし、それが――カウヘッドの堅牢な装甲を貫いた。
甲高い音を立てて殺到した弾丸。それが装甲の内側に到達したことを察知し、コウガが驚きの声を上げる。
「嘘だろ!? そんな馬鹿な!?」
「ホントのことさ!!」
更にもう一発。致命傷には程遠い、かすり傷程度のダメージだ。だがしかし、コウガのプライドには大きな亀裂が入ったようだ。
少年の声に、強烈な怒気が混ざる。
「クソが!! 小さいくせにさ!!」
相手を愚弄すればするほど、それに一杯食わされた自分の株を下げることになる……そんな簡単なことにも、気づいていないらしい。よほど頭に血が上っていると見える。狙い通りだ。
「悔しかったら一発でも当ててみろよ」
光の挑発に、コウガは憤慨する。
「こんの~っ!!」
上から下に、巨大な拳を振り下ろす。動きが更に単調になった。メンタルコントロールの術も持たず、技術も未熟。やはりマトモな教育を受けているとは思えない。
しかし、油断は禁物だ。
手負いの獣……というわけではないが、癇癪を起こした子供はなにをしでかすかわからない。ひたすら彼の注意を引きつけて、勝の到着まで持ちこたえなければならなかった。
「おりゃあ!!」
突如抜かれた刀が大地をえぐる。広範囲を薙ぎ払うような攻撃を、光はギリギリで回避した。
やはり射程距離の差は無視できない。彼がでたらめに暴れまわるだけで、あっという間に近づけなくなってしまう。
離れすぎてはいけない。付かず離れず、コウガの気を引き続け、徐々に街から引き剥がす。
――巨体が揺らめく。
「死ね死ね死ね死ね!!」
不規則に振り回された刀が、光の眼前に迫る。精神に異常をきたし始めたのだろうか。少年の刃は、歪だ。
「おっと!!」
即死級の一撃を回避。狙いは甘いが、とにかくリーチが広かった。
と、HMDの隅に半透明のメッセージウィンドウがポップアップする。
豪月華の到着予定時刻が算出されたのだ。
運命の時間は……三分後。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます