第92話 躯
山肌を覆う土煙に、ルディは激しく咳き込んだ。
風にのってたゆたう砂埃は、まるで霧のように景色を曇らせる。これでは戦況の把握もままならない。
辛うじてわかるのは、彼らが大立ち回りを繰り広げているということぐらいか。
「ひい……派手にやってるなあ」
真彩や暁火も同様。二人の安否を確認しつつ、ルディは慎重に歩みを進める。
結界で衝撃は防いだが、一度舞い上がってしまった砂埃はそのままだ。魔法で晴らせないわけではないのだが、範囲が広すぎるので苦労に見合わない。
それに、どうせまたすぐに舞い上がるのだろうし。
「隙だらけだ!!」
言葉の通じない相手に啖呵を切り、勇猛果敢に立ち向かう旭。
飛んだり跳ねたりしながら戦うヴィルデザイアと豪月華。高速移動するシルエットは目で追うだけでも一苦労だ。
「旭、大丈夫かな……」
暁火が不安気に呟く。二転三転する戦況の把握は困難を極める。戦いに慣れていない彼女では理解できないだろう。
「……あいつなら、大丈夫だ」
ルディは確信していた。
旭の動きに迷いがない。恐らく彼は勝利への道筋を掴んでいるのだろう。
それならば、彼はやる。
「気張れよ、旭」
ルディは呟く。彼の勝利を信じて。
※
隙を作って大技を叩き込む。――旭の作戦はこうだ。マガツのボディプレスで生じたエネルギーを、ライジングラグナロクで跳ね返す形になる。
言ってしまえば簡単だが、実際はそう容易いことでもない。
無数の触手を突破するのは骨が折れるし、なにより旭は目をつけられている。先のライズですっかり警戒されてしまったのだ。
豪月華のミサイルは先程の攻撃で打ち止め。謎パワーで転送などしているわけではないらしく、撃ち尽くしたらそれで終わり。機内に隠しているわけなので、そもそもの弾数もそこまで多くはないのだ。
考えた末、旭は言った。
「あのトラップ、また動かせないですか!?」
開幕早々行った、ワイヤーネットのトラップ。撃破には至らなかったが、確かに時間を稼ぐことはできた。
「できるが、準備に時間がかかる」
「それなら大丈夫!」
狙われているのは旭だ。気を引くのなら都合がいい。
「僕が奴を引きつけます!!」
それを見た勝も、すぐさま一八○度転回。あちらこちらに指示を出しながら一目散に走り出す。
「ああもう、無茶すんなよ!!」
危険だが、無茶でも無謀でもない。筋道は立っているし、勝機もある。
三段銃を構え、旭は駆け出した。デタラメに弾をばら撒き注意を引きながら、どんどんと距離を詰める。
跳躍。八艘飛びの如く甲殻を飛び移り、関節めがけて射撃を繰り返す。
マガツの視線は旭に釘付けだ。
連綿と煮詰められた怨嗟の念は身の丈以上に肥大化し、刃物以上の鋭さで旭を睨めつける。魂の奥底まで刻みつけるような視線は、戦う覚悟を決めてもなお身震いしてしまうほどだ。これは恐らく、生物の本能――生理的な機能から来るものなのだろう。
見るもの全てに本能的な恐怖を覚えさせる。
その恐怖を糧に、力を蓄える。
ある意味では、永久機関。こんなものを世に解き放った雷光を捨て置くわけにはいかない。
そのためにも、まずは。
「スパイクショット!!」
触手をも貫く弾丸で本体へ継続的にダメージを与える。致命傷には繋がらないが、こういったカスダメ稼ぎの方が相手を苛立たせるのだ。
そのまま再び上空まで跳び上がった旭は、またもその場で動きを止めた。
無数の触手が束ねられる。先の斬撃を警戒しているのだろう。
隙など見せぬとばかりに殺到する触手を、旭は待ち構えていた。
「行くぞ!!」
ブースターを点火。重力と推力のあわせ技で、強力無比な一撃を放つ。
「ハイアクセルダッシュ!!」
強烈な蹴りがマガツの頭蓋を強襲。風切り音を立てて炸裂した一撃は、強靭な外骨格を大きく陥没させる。
「――っ」
強烈な殺気。
マガツの憎悪が一点に向けられたのだろう。完全に釘付けになった視線は、ヴィルデザイアの装甲をも貫いて旭を見据えている。目論見通りだ。
そこへ更に追い風が吹いた。
「準備ができたぞ!!」
勝が叫ぶ。
同時に背後で炸裂音。掃儀屋のトラップ――ネットが射出されたのだ。
「……よしっ」
旭は素早くブースターを起動。逆さ吊りの体勢で上方へ急速移動。その頭の下スレスレを、ワイヤーネットが飛来する。
外骨格が軋み、雄叫びが響き渡った。
マガツの触手に、大顎に、触覚に、ネットが絡みついていく。もはや身動きもままならないはずだ。
暴れ喚くうちに拘束は強まり、巨体が大地に投げ出される。
賽は投げられた。
旭は素早く刀を抜く。
狙いは頭から背中にかけて、脊椎を両断するイメージだ。
相手を凝視し構造を分析し把握。形状を頭で理解する。
全神経を研ぎ澄まし、集中。大切なのはイメージだ。イメージすることで、初めて肉体にフィードバックができる。それは鋼鉄の肉体においても同様。
刀の入りから出まで、明確なイメージを浮かべる。
――さあ。
旭日を八相に構え、旭は叫ぶ。
「ライジングラグナロク!!」
断ち切る、一閃。
残光の尾を引く太刀筋は、マガツの長い長い胴体を一直線に走った。頭の先から尾の先まで、途絶えることなく結ばれる。
空気が、変わった。
不可視の波が大地を揺るがす。高音と低音が入り混じった轟音が、辺りに響き渡る。それはまるで怨嗟の声。ともすれば、彼らは最期のその瞬間まで、憎しみに呑み込まれていたのかもしれない。
あれほど頑強だった外骨格は、ガラガラと音を立てて崩れていく。まるで、地面に沈み込んでいくかのようだ。
スライム状の触手は溶け、大地に染み込んでいくように見える。しかし霊的な存在であるが故かその実体はないようで、地面が濡れている様子もない。
崩れ去った外骨格もやがて塵と消え、砂煙に混ざっていく。
山程もある巨体であったが、その中身は空っぽだった。
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