第91話 ライズ

 迫りくる触手を、バッサリと叩き切る。

 切っても切っても減らないが、距離はどんどん詰まっていく。一息に距離を詰め、旭は叫んだ。

「スパイクショット!!」

 右腕を突き出して杭を打ち出す。

 超高速で射出された杭はいともたやすく触手を貫通し、強固な外骨格すら貫く。蜂の巣のように穿たれた傷跡を睨み据え、ヴィルデザイアは突貫した。

「消し飛べ!!」

 傷跡に体を当ててダメ押し。弱りきった外骨格に旭日を突き立てる。

 メリメリと音を立て、沈み込んでいく刀身。逆手に構えた相棒を、ぐいぐいと突き入れていく。

「そおい!!」

 掛け声と共に刀を引き抜き左手を突き出す。

「スタンナックル!!」

 軟質の白身が飛び散る。会心の一撃だ。

 しかし、貫いたのは節のひとつ。全体の千分の一にも満たない。

 マガツは体を激しく震わせ雄叫びを上げる。耳をつんざく轟音に、旭は思わず身じろぎした。一時的に攻撃の手が緩む。

 その隙を埋めるかのように、後詰の豪月華が鉄火場へと飛び込んだ。

 両腕の刃を肉へ突き立て――しかし、荒ぶる触手に薙ぎ払われる。

「嫌がるってことは効いてるってことだ!!」

 中空へ放り出されながらも、勝は叫んだ。

 少しでも通じているのなら。

「メテオフラッシュ!!」

 触手の波に押し流される直前、ヴィルデザイアは光線を放つ。すぐに吹き飛ばされてしまったが、それは確実に白い肉を焦がした。

 遠く離れた大地に着地した二機は、振り下ろされた触手を回避しすぐに次の攻撃へ移る。大地を蹴り上げ再び空へ。

 触手の硬質部を足場に乗り継ぎ、僅かなダメージを与えては距離を取る。ヒットアンドアウェイを繰り返し、何度も何度も刃を突き立てた。

 右から左、迫る触手。五本まとめて襲いかかるそれを、三段銃で吹き飛ばす。

「旭! 後ろだ!!」

 勝の警告。

「えっ!?」

 背後に感覚を集中。これまでのものとは比べ物にならない極太のなにかが、すぐそこまで迫っていた。

 足のブースターで急降下し、ギリギリで回避。

 旭を襲ったものの正体は、複数の触手を束ねて一体化させたものであった。

「こんなこともできるのか……!」

 独りごちる旭の視界の隅で、先程切り落としたはずの触手が蠢く。

 ――再生した!?

 完全に不意を突かれ、横薙ぎの一撃を食らう。山肌に叩きつけられたヴィルデザイアは、瓦礫を跳ね上げ土煙を立てた。

 砂礫に埋もれた手足を持ち上げ、なんとか立ち上がる。

 ゆっくりではあるが、触手は確実に再生していた。このまま我武者羅に戦ってもジリ貧に陥るだけだ。

 振り出しに戻されたような気分だが、こんな程度で挫けてはいられない。

 見た所、外骨格は再生していないようだ。無限に湧き出るのはあの不気味なスライムのみ。まだまだ勝機はいくらでもある。

「もう一回!!」

 再度跳躍。大振りな一撃を放つべく、旭は叫んだ。

「勝さん! 五秒だけ稼いでください!!」

「無茶言うなあ!!」

 悪態をつきながらも、彼はきっちり仕事をこなす。

 豪月華の装甲がスライドし、無数の小さな穴が露出した。ひょこりと顔を出す、小さな弾頭。

「ファイヤ!!」

 掛け声と共に一斉射。勢いよく撃ち出された無数の――マイクロミサイル。

 白い煙の尾を引く弾頭。それらは放物線を描き、吸い込まれるようにマガツを襲う。

 ――全弾命中。

 マガツの視線が豪月華を捉える。このまま時間を稼ぐつもりなのだろう。

 その間にも、旭は次の一手を打っていた。

 硬質の外骨格を飛び移り、空高くまで跳び上がる。マガツの遙か上空で、ヴィルデザイアの動きを止めた。

 ライジングラグナロクは、ドレインニーベルで控えたエネルギーを魔力に変換して旭日に纏わせる技だ。

 その威力は、事前に受けた攻撃に依存する。

 対して、纏わせるエネルギーを自前で用意する技が『ライズ』だ。

 こちらは相手を待たずとも強力な攻撃を放つことができるが、エネルギーを確保するためにヴィルデザイアの動きを止める必要がある。

 ヴィルデザイアの炉心に用いられているのは、異界の竜――ゼニスドラゴンの換臓だ。

 換臓とは、竜が魔力を生み出すために用いる臓器である。人間に例えるならば消化器官。外界から摂取したものを、自身の魔力へと変換する。

 ゼニスドラゴンのエネルギー源は――空気や霞。

 かの竜は、食事を必要としないというその性質から神格として崇められていた時代があるらしい。

 故に、ヴィルデザイアも特別な補給を必要としないのだ。

 こちらの世界で戦うルディが、魔力切れで困らないようにと。

 他の炉心に出力面でこそ劣るものの、継戦能力はトップクラスのこのシステムが採用された。

 その特質から、この機体は動作を停止しても常にエネルギーを生み出している。

 故に、少し動きを止めてやればすぐに余剰が発生するのだ。

 一秒で駆け上がり、きっかり三秒動きを止め、残りの一秒で刀を構える。

 逆手に構えるのは旭のこだわり。日の出をイメージしてのこと。

 自由落下から姿勢を変え、旭日に魔力を込める。

「ライズ!!」

 解放。

 三秒間で充填された魔力が斬撃に乗り、マガツの頑強な外骨格に大きな傷跡を刻む。

 文字通りにその身を裂いた一撃に、マガツは激しく体を震わせ雄叫びを上げた。ビリビリと痺れる鼓膜。それも相手の作戦の内。

 元は怨霊だ。虫の形を取っていようと、知能はある。

 怯んだ二機を極太の触手が襲う。

「ぐう!!」

 遙か上空から地面に叩きつけられた。歯を食いしばってなんとか耐える。

 そこへと迫る巨大な体。全身を大きく波打たせたマガツは、その巨体で強力無比なボディプレスを放つ。

 絶体絶命大ピンチ――いや。

「ピンチはチャンス!!」

 決して強がりなどではない。この瞬間を、旭は待ちわびていたのだから。

「ドレインニーベル!!」

 叫びながら、旭は掌を突き出した。

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