闇を晴らす剣

第90話 リベンジ

 簡素なメンテナンスを終え、ヴィルデザイアに乗り込む。強固な装甲は傷一つ受けず、白熱灯の光を照り返していた。

「戻ればすぐに戦闘の続き。君の目を貫いた相手ともう一度戦うことになる。覚悟はいい?」

「はい!」

 キルビスの問いに頷きを返すと、彼女はマイアにハンドサインを送る。とうとう始まるようだ。

 ルディ達三人が、小ぶりな魔法陣に誘われる。それだけではない。なにやら巨大な魔法陣が、部屋のそこかしこに描かれていた。

「ちょっと眩しいけど我慢してね」

 マイアが言うと共に、魔法陣が光を放つ。まだまだ眩しいというほどではない。旭が油断した、その時。

「うおっ!?」

 機体を光の壁が包んだ。視界が白く塗りつぶされ、なにも見えなくなってしまう。

 しかしそれも一瞬のこと。

 ――「タイムラグは三秒。あの場から転移した三秒後に、同じ体勢で再び戻る」

 ルディの言っていた通りだ。

 光に包まれ帰還した旭とヴィルデザイアは、道路に叩きつけられたままの体勢でその場に戻ってきた。

 機体にしがみついていたルディ達三人を道路に下ろし、迫りくる驚異を真正面から見据える。

 天を切り裂く巨大なムカデ――マガツ。

 巨槍のような威容が、再び姿を現した得物を睨みつける。

「今度はこっちから行くぞ!!」

 旭は叫び、大地を蹴る。久々のアスファルトの感触が、機体を通じて伝わってきた。その姿はまさに一心同体。人機一体を体現したヴィルデザイアは、旭日を構えて跳び上がる。

 空穿つ怨霊を、へし折りに行くのだ。



 カヤオは驚愕した。

 光に包まれ消えたと思ったヴィルデザイアと三人が、きっかり三秒後に戻ってきたのだ。

 幻覚や白昼夢の類だろうか? 試しに頬や腹肉をつねってみたが、当然の如く痛みがある。

 現実を受け止めることにしよう。

 立ち上がったヴィルデザイアに目をやる。先程までは目に見えてボロボロだったはずなのだが、今は新品同様にピカピカしていた。なんで?

 見た目だけではない。空高く跳び上がったその姿は、先程までの精彩を欠いたものとはわけが違う。中身も直っているようだ。

 なんで?

 そうだ、戻ってきた三人に聞いてみよう。

「一体なにがあったんだ?」

「後で話す」

 そう言い残すと、三人はそそくさと山を降りていってしまった。

 一人取り残され、カヤオは呆然と呟く。

「……なんで?」

 木崎カヤオ二十六歳。数多くの怪異に触れてきた人生だったが、これほどまでに珍妙な出来事に遭遇するのは初めてだった。



 空を仰ぐ。

 怨念の権化であるマガツは、その視線ひとつとっても恨みつらみが詰まっている。ぞわぞわと背筋を這うような生理的嫌悪感に苛まれながらも、しかし旭は決して立ち止まらなかった。

 鋭い足が襲いかかる。旭日を構え、迎え撃つ旭。

「そこだ!!」

 不規則に動くそれらを切り刻み、胴体へ飛び込む。前回は手も足も出なかった外骨格へ、旭日を振り下ろした!

 甲高い金属音。

 弾かれる刀身。

 太刀筋が多少改善した程度で歯が立つような相手ではない。それは予想がついていた。

 だが――

「スタンナックル!!」

 足を掴んでしがみつき、土手っ腹に斥力を叩き込む。

 魔力の波は分厚い装甲を貫通。空を穿つ巨体が、ギチギチと音を立てて身悶える。周囲の空気すら揺るがすような耳障りな音。それはまるで、人柱にされた犠牲者達の悲鳴。

「今起きた!!」

 それをかき消すような背後からの声。声の主である勝は、泥だらけの豪月華にむち打ち山肌に立ち上がる。

「遅いですよ!」

 こちらの世界では数分なのだろうが、旭は何日も彼を待っていたのだ。これぐらい言いたくもなる。

 旭の軽口に、彼はおどけるように答えた。

「悪い、気絶してた」

 あの衝撃を気絶で済ましてしまうのだから、彼もなかなかにタフである。

 マガツから飛び退いた旭は、豪月華の隣に着地。並び立った二機は、空を見上げて大地を踏みしめる。

 痛みに悶える巨体は、遂に全身の外骨格をガクガクと震わせ始めた。悲鳴はいつしか雄叫びに変わり、野山を震わせ轟いていく。

「見ろ! なんかヤバいぞ!」

 ブチブチと音を立てて、腕の関節がちぎれた。自切行為――というわけではない。

 ちぎれた隙間からドロドロとした液体が噴き出す。血液だろうか? 透き通った緑色の液体は、しかし旭の予想とは裏腹に滴り落ちることはなかった。

 スライムのような高粘度の液体は、まるで神経が通っているかのような振る舞いを見せる。

 一度は離れた節々が、スライム状の液体で繋ぎ止められ、長い長い腕を形成していく。

「キモいな……」

「ですね……」

 勝の呟きに、旭も同意する。

 続々と形成されていく無数の触手。

 それだけではない。

 黒光りする大顎が、クワガタのように肥大化していく。シンプルな鎌状の姿から一変、いびつで鋭利な茨の枝のような代物へと変貌する。

「どうやら本気モードみたいだな」

「舐められてたってわけですね」

 立ち上がった前半分の腕は、すべて触手になっていた。半分といえど、とても数えられるようなものではない。

 うねうねと縦横無尽に蠢く触手の群れ。おびただしい量を携えられたそれは、まるで個々が自由意志でも持っているのかと思うほどに自在に動く。

 目で追っているだけ時間の無駄だ。

「なあボウズ、どう攻める?」

 疑問の体を取っているが、その声色からは迷いの欠片も感じられない。

「決まってるじゃないですか」

 多分、考えていることは同じだ。

 言葉と共に、ヴィルデザイアは跳び出した。旭日を両手に構え、迫りくる触手を叩き切る。

「正面から、押し通る!!」

「それしかないな!!」

 豪月華もまた、両の腕を鋭利な剣へ変形させた。手刀が直接刃になったような――言うなればジャマダハル。

 地を蹴る両雄は、果敢にも身の丈を越える異形へと飛び込んでいく。躊躇の一つもしないまま。

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