第89話 眺望
ドラクリアンが空を舞い、ヴィルデザイアは飛竜に乗る。
「行くぞ旭!!」
「合点承知!!」
ガリアの叫びに呼応して、旭は旭日を抜き放った。
先行するドラクリアンの全身が、鋼鉄の四肢が、眩い光に包まれていく。まるで周囲の光を奪い去るかのように眩しく輝いたそれは、血液の如くヒトガタを駆け巡った。
渦はやがて、中央へと吸い寄せられていく。
一点へと集まっていく、莫大なエネルギー。ドラクリアンの胸部が、ひときわ強いなにかを帯びた。
ドラクリアン、最強最大の必殺技。しかして、その名は――
「ドラゴニック・ノヴァ!!」
咆哮と共に撃ち出される光の弾。すぐさまエネルギーの奔流と化したそれは、城壁のような装甲をまたたくまに溶かし、穿っていく。
見る間に焼け焦げた装甲。クレーターのような傷跡を指差し、ガリアは叫ぶ。
「行け、旭!!」
場は暖めたと言わんばかりに後退するドラクリアン。それと入れ替わりに突撃したヴィルデザイアは、構えた妖刀を天に掲げる。
さんざめく光。
旭は吠えた。
亜空間に移したエネルギーを手繰り寄せ、刀身へと練り込むように纏わせていく。旭日に刻まれた文様が、淡い光を放つ。
込められたるは破邪の力。その本質は、旭の名前に込められた祈りの発現。転じて、主の強い意志。
つまり、彼が望むのならば。
(力の流れを感じる……)
メライア達との特訓で得たものは、機体とのより強い結びつき。人機一体、鋼の身体に張り巡らされた魔法銀の神経は、旭の意志を乗せて脈打つ。
肝心要は己を知ること。
己とは、自機の指の先までを含めた、この戦場で使役するもの全てのことだ。
肉の身体とはなにもかもが違う、ヴィルデザイアの全て。そして――この手に握る、得物のことも。
なにか、旭の理解の埒外にある神秘的な力が、旭日の刀身を循環している。亜空間においてただの純粋なエネルギーに変換された衝撃波は、更に刀身を巡ることでそのあり方を昇華したのだ。
日の出の如く駆け上がる、終焉をもたらす必殺の一撃。
旭はその名を口にした。
「ライジングラグナロク!!」
飛竜の背を蹴り跳び上がる。
狙いはガリアの残した傷跡だ。焼け爛れた装甲の隙間からは、筋繊維が顕になっていた。脆い部分を起点にして、上から下まで叩き切る。
「覚悟しやがれ!!」
大上段に構えた刀を、力の限り振り下ろした。
さながら遠心力でもかかったかのように、長く長く伸びる刀身。鋼鉄の外殻を、バターのように切り裂いていく。
フレームが軋む。巨大な指が、腕が、半身が、先端近くから徐々にだらりと垂れ下がる。銀神経が断裂し、制御を失ったのだ。
――一刀両断。
完全に制御を失った機体は、袈裟懸けに刻まれた傷跡から真っ二つに分かたれた。
※
帝国軍の特殊部隊が島の掃除をしている中で、旭達は帰りの船に揺られていた。
ドラクリアは貿易国家だが、今回のような傭兵事業でも高名なのだという。なんでも、国軍を動かそうにも採算が合わない類の反社会組織の処理を請け負っているらしい。
……らしいのだが、今回はガリアの側から話を持ちかけたようだ。
「俺がしてやれるのはここまでだ。後はお前が頑張れよ」
肩を叩かれ、旭は頷く。
「はい、ぶちかましてやりますよ!」
ガリアはニカッと笑うと、旭の背中をバシバシと叩いた。叩かれたそばからじんじんと痛みが走る。
「その意気だ」
満足気にそう言うと、彼は一歩引いて真彩と暁火に視線を向けた。
「君達には言ってなかったな。いつもラムルーデと仲良くしてやってくれてありがとう」
「いえ、そんな……」
「ま~あ、あたし達マブですからね」
照れくさそうに笑う暁火と、ニヤつきながらルディを横目で見やる真彩。当の本人はと言えば、今にも怒りだしそうな程に強く拳を握りしめている。
とはいえ、ここで激昂して見せれば今以上に恥ずかしい思いをするのは明白だ。
ガリアの半歩後ろで、やんちゃな母親がギラギラと目を光らせているのだから。
もっとも、黙っていても被害は被るのだが。
「いやあ、それにしても意外だったなあ」
わざとらしい身振り手振りと共に、マジータは大きく一歩を踏み出す。ずいと前かがみになり、斜め下からルディを見上げた。
「なにが」
娘から向けられた険しい視線に、強烈なカウンターをお見舞いする。
「ずっと男っ気がなかったから、興味ないのかなって思ってたけど……まさか歳下が好みだったなんてね」
言葉と共に、ひどく粘性を伴った視線が旭を捉えた。
それを皮切りに、一同の視線が旭に集まる。あれ、僕なにかしちゃいました?
「それにこんな……ミドルティーン……」
マジータの視線が、徐々に不穏なものに変わっていく。
「あなたの人生だから、否定するつもりはないけど……理性を持って、行動してね……?」
最後にそう締めくくると、チラリとルディに視線をやった。
長々と警句をしたためられたルディは、わなわなと肩を震わせる。なにか言おうと唇を動かしては、ああでもないこうでもないとばかりに堅く口を結ぶ。
最終的になにも言えなくなったのかマジータの頭をペシリと叩いた。
「あいたっ」
それから、先程までの出来事には一切触れずに話を変える。
「戻ればすぐにマガツとの戦闘になる。なにか準備しておきたいことはあるか?」
「ちょっと! 無視しないでよ!」
負けじとすがりつくマジータ。その姿を睥睨し、ルディは言う。
「なんだ、居たのか」
「この子ったら、お母さんに向かってなんてこと!」
冗談っぽくプリプリ怒ってみせたマジータを、ルディは鼻で笑った。
「仕返しだ」
「もー!!」
先日はたいへんにギスギスしていた二人だが、今はそんな殺伐とした様子ではないように思える。関係が改善した、ということだろうか?
ぼんやり二人を眺めていると、隣にガリアがやってきた。音もなく。
「二人がマトモに話してるの、久々に見たよ」
父である彼がそう言うのだから、相当だったのだろう。
「仲が悪かったんですか?」
「いや、二人とも不器用なところがあるからな。二百年親子やってても、未だに距離の測り方がよくわかってないんだ」
「はあ……」
スケールが大きすぎてイマイチ理解が追いつかない。彼がそう言うならそうなのだろう。
旭が適当に納得していると、ガリアは二の句を継ごうとして、しかし一度逡巡を挟んだ。
こんな男でも迷うことがあるのかと、旭は思った。
それからしばらく待つと、彼はようやく口を開く。視線の向きは曖昧で、旭を見ているようで見れていない。多分、緊張しているのだ。
そんな彼の緊張が、こちらにも伝わってくるようで。
旭もまた、心して耳を傾けた。
「これからも、娘を頼むよ」
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