第88話 竜巻を狩る者

 竜巻のような巨人であった。

 飛竜の大きな背中の上で、暁火は固唾を飲む。

 かなり距離をとっているはずなのだが、それでも圧倒されてしまう。

 空を飛び回る飛竜を喚び出し、今も使役している召喚術師のマイアは、巨人を眺めてこう言った。

「アレがトルネードクラス。今回の本命」

 聞いてはいたが、実際にこの目で見ると思わず圧倒されてしまう。山をも越えるその巨体。あれでは、まるで――

「……マガツみたい」

 どうやら真彩も同じことを考えていたらしい。彼女の呟きに、暁火は首肯で同意を示す。

 しかしマイアの言う通り、これこそが今回のメインターゲット。敵の最大戦力にして大本命。あの巨体を誅することで、組織の再起の芽を潰す。

 旭が単身突撃したのも、あれをおびき出すためだ。なんでも、最初からドラクリアンを出すと、相手が勝手に諦めて降伏してしまうらしい。白旗をあげた相手への追撃は、たとえ異世界を股にかける犯罪者集団が相手といえど御法度だ。

 わざと撃退できそうな戦力をぶつけることで、相手に希望を持たせてドツボに嵌める。それが今回の作戦の全貌だ。

 そんなメチャクチャな作戦でも、旭ならきっと。

「頑張れ、旭!」

 弟を信じ、姉は叫ぶ。高く激しい波の音でさえ、その声をかき消すことはできなかった。



 予行演習にはもってこいの相手だった。

 デカければデカいほど強いというのは、物質世界において絶対の不文律だ。こと重力圏内においては、自重を支えられるという前提があってのものではあるが……現存している以上、それは問題ない。

「逃げるなら今のうちだぞ坊や」

「冗談」

 彼らからしてみれば、ただ商売をしただけだ。旭がここに来た理由など、きっと想像もできないのだろう。

 それでも。

「落とし前はつけてもらう」

 旭日を抜き放ち、遥か彼方のコックピットに突きつける。宣戦布告だ。

「はて……なんのことやら!」

 受諾の合図は振り下ろされた拳。斜め後ろへの跳躍による回避。ただの一振りでもたらされる甚大な破壊は、ともすれば足がすくんでしまいそうだ。

 舞い上がった岩盤を足場にして、ヴィルデザイアは空を駆ける。

「スパイクショット!!」

 腰の関節目掛けて放たれた弾丸は――確かに装甲を抜いたが、致命打には至っていない。流石にサイズが違いすぎる。

「フハハ……いつかのために温存していたトルネードクラスだ。その程度の豆鉄砲でやられてもらっちゃ困る」

 大きければ強いというのを体現したかのような機体だ。

「勝ち目はない。諦めろ!!」

 ガリア曰く、トルネードクラスというのは国家間闘争でも使用が憚られるような代物。災害にも等しい強大な魔物との戦いにのみ持ち出される、人類の守護神にも等しい存在なのだという。

 この名前すら失われた機体は、遠い昔に滅んだ国から盗み出されたものだ。

 どれだけ罪を重ねれば気が済むのだろうか。

 どれだけ他人を愚弄すれば気が済むのだろうか。

「ハッハッハ、これでも喰らえ!!」

 巨大な腹部から溢れるは、日輪の如く眩い光。視界を塗り潰さんばかりの極太ビームが、ヴィルデザイアを焼き尽くす――わけがない。

「ドレインニーベル!!」

  迫りくる光の奔流。それを真正面から迎え撃ち、全エネルギーを掌で受け止める。

 厳密に言えば、受け止めたのではなく受け流したと表現するべきだろう。ドレインニーベルは受けたエネルギーを亜空間に転送しているのだ。

 本来、ヴィルデザイアはルディのために作られた機体だった。異世界でゴーストバスターを志す彼女を支援するための、ささやかな贈り物。

 それ故に、武装も最低限のものに絞られている。戦闘行為での過干渉を起こさないためだ。重火器を搭載して無闇矢鱈に火力を盛るのは簡単だが、そんな代物が暴れれば周囲に甚大な被害を出してしまう。故に、ヴィルデザイアの武装は問題を切り抜けることに特化していた。

 その中でも、どれだけ格上の相手と相対しても勝ちをもぎ取れるようにと用意されたのがドレインニーベルだ。

 その世界に元から存在する相手の攻撃を跳ね返すのであれば、過干渉には当たらないだろう……という、屁理屈である。

「な、何事だ!? メガギガテラブラスターが、こうもあっさりと……!」

「親の愛だよ!!」

 化け物じみた強さを前に、敵は恐れ慄くばかり。

「貴様、何者だ!! そんな機体、一体どこの誰が――」

 そこへ舞い降りる、紅の翼。

「俺だよ」

 鬼のような二本角をたたえた、真紅の機体。力強さを感じさせる末端肥大気味のプロポーションは、黒と蒼の差し色に彩られている。

「その機体、まさか……!」

「そう、その通り!!」

 紅い翼に神秘を乗せて、吸血鬼の王は高らかに叫ぶ。

「ドラクリア国王、ガリア・ゴルドーラ・ドラクリア・グドラクの名の下に――貴様に引導を渡しに来た!!」

「あ~、クソがっ! わかってりゃさっさと降伏してたものを……!」

 悪態と共に地団駄を踏むと、島全体が激しく揺れる。自然災害にも匹敵するその巨体は、やがてそのいただきから二機を見下ろした。

「こうなりゃヤケだ、二体まとめて叩き潰してやる!!」

 その巨体は暴力そのもの。振り上げられた足が、山を、地面を、えぐり取っていく。

 狙いは旭の着地だ。縋るべき大地を失ったヴィルデザイアは、そのまま重力に引かれて落下。巻き上がった大量の岩盤に行く手を塞がれる。

「悪い子は埋めちゃおうね~!!」

 視界が閉ざされ、強い衝撃が機体全体を圧迫した。上から何度も踏みつけられているのだ。

 あの時と同じ――いや、それ以上の苦境。

 だが。

「スタンナックル!!」

 放たれた斥力は瞬時に伝播し、硬い岩盤を木端微塵に打ち砕く。余波を受けた敵機が尻餅をついた。粉々になった土砂をかき分け、ヴィルデザイアは地上へ這い出る。

「なっ、そんな、バケモノかよ!?」

 立ち上がるも狙いが定まらない。デタラメに巨大な手足を振り回し、無秩序な暴力を振りまく。

 そんな姿を、ガリアは鼻で笑った。

「天下の夕暮団が聞いて呆れるぜ。それがボスのやることかよ!」

 ドラクリアンが両腕を突き出す。前腕がガバリと四方向に開き、その中から一回り小さな前腕が露出する。

「バレットスマッシャーナックル!!」

 業火を噴き出し前腕が飛び出す。弾丸のように撃ち出されたそれは、巨大な顔面に殺到する。刹那――爆発。

 装甲の隙間から黒煙が噴き出す。それを遙か上空から睥睨する、ドラクリアンの水晶の瞳。ギラギラと照り返される陽光が、ひときわ強く輝いた。

 旭もまた敵機を見上げ、声を揃えてその名を叫ぶ。

「メテオフラッシュ!!」

 二機の瞳から放たれた光線は、しかし豪腕に防がれる。

「じゃかあしい! 上から下からチョロチョロと……!?」

 叫んだかと思えば、今度は黙り込んでしまった。それもそのはず。つい先程まで周囲をと駆け回っていた二機が、どこかへ消えてしまったのだから。

「……どこに行きやがった!? 出てきやがれ!!」

「お望み通り!!」

 二つの声が、背後で重なる。

「馬鹿な、いつの間に――」

「トドメだ!!」

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