第87話 作戦開始
勢い任せな接舷とともに、巨大な影が宙を舞った。
旭の乗ったヴィルデザイアが先行し、敵地に奇襲を仕掛ける。岩山に偽装された物見櫓で、見張りの兵士が悪態をつく。よりによってシフト交代の間際でこんな不幸に見舞われれば、文句のひとつも言いたくなるだろう。
少し遅れてサイレンが鳴り響く。耳障りな甲高い音をかき消すように、旭は叫んだ。
「メテオフラッシュ!!」
焼ける岩肌。火薬庫に引火でもしたのか、岩盤の一部が膨れ上がって大きく爆ぜた。その隙間に、水平線の向こうから朝の光が差し込む。
倉庫の奥底に、ズラリと並んだ鉄鎧。これも全て、小型のVMなのだという。光の使っていたトライスコーピオを思い出す。
作戦目標は敵の全滅……要するに、二度と商売ができなくなるように売り物をメチャクチャにしてやればいい。
足を大きく振り上げ、適当に薙ぎ払いながら無遠慮に突き進む。大本命は中心部に保管されている大型の機体だ。
「貴様何者だ!!」
ハッチが開き、防衛用の機体がようやく姿を見せた。これは……逆雷と同タイプに見える。
ガリアの言葉を思い出す。
――「もし見覚えのある機体が出てきても油断するな。連中が自分で使ってる分は本国仕様か同等品。舐めてかかると痛い目見るぜ」
無論、旭はいつだって全力全開だ。
「先手必勝!!」
大きく踏み込み距離を詰め、刀を抜きつつ体当たり。たたらを踏んだ敵機を、力任せに一刀両断。
「できる……!」
肩口から火花を噴き出し後退りする敵機。右腕を失いながらも闘志までは取り落していないようだ。水晶の瞳が、ヴィルデザイアを睨み据える。
「貴様、只者じゃあないようだが……一体全体何者だ!!」
答えてやるような義理はない。
「さあね!」
「スタンナックル!!」
充填・圧縮されていた魔力がひといきに解き放たれる。それは物理的な斥力へと変換され、標的へと襲いかかった。
悲鳴を上げる間もないまま、上半身が粉微塵に砕け散る。露出したコックピットで、大柄な男がガクガクと震えていた。
スクラップを無視し、旭は奥へと突き進む。無数に飛び出すこぶりな機体を薙ぎ払い、格納庫を叩き潰す。
「スパイクショット!!」
右腕から飛び出した鋭利な弾丸が、格納庫の分厚い壁をいとも容易く貫いた。
このバルカンは使い勝手がいい。口径が大したことないので致命打にはなりえないが、射出速度が十分にあるため貫通力に優れている。
存外に広い島だ。しばらく進むと、草の生い茂る平野に辿り着いた。足を踏み入れるなり、警告音が鳴り響く。
戦闘用に誂えられたエリアなのだろう。
「ここから先へは通さねえ!」
「ガキが、俺達を舐めんじゃねえぞ!!」
大型の機体が二機、山肌のハッチから現れた。いずれも見るからに装甲が厚い。黒色の塗装が、朝の光を鈍く照り返した。
「どこの誰だか知らねえが、大人しくこのシマから出ていってもらうぜ!」
二機が走る。ヴィルデザイアの周囲を、円を描くかのように駆け回る。
連中がなにを企んでいるのか……それはすぐにわかった。
「喰らえ! ツイントルネード!!」
その鈍重な外見とは裏腹に、目にも留まらぬ速さの二機。それぞれが魔力の尾を引き、ヴィルデザイアを囲い込む。
渦巻く魔力の尾。それはまるで嵐の如く。
やがて小さな渦は大きな竜巻となり、ヴィルデザイアを呑み込んだ。
風が、土が、全てが上へと舞い上がる。巨大な旋風が猛威を振るう。
上へ上へと流れる上昇気流。いかに重厚なヴィルデザイアといえど、身の丈を遥かに上回る自然の猛威を前にしては無力――否。
否。
断じて否!!
小手先の姦計など、ヴィルデザイアには通用しない。
「ライズ!!」
逆手に構えた旭日を、天高く空へ振り上げる。
まるで登る太陽のように、燦然と輝く光の刃が竜巻を真っ二つに切り裂いた。
「なんだと!?」
「そんな馬鹿な!!」
必殺技を破られた二人は、傷一つないヴィルデザイアの出で立ちに恐れ慄くばかりである。好都合だが張り合いがない。
「ボサッとしてる場合じゃないぞ!」
大地を駆け、右の機体へ襲いかかる。その最中、これまで短刀を収納していた脚部のバインダーが動く。バシッと乾いた音を立て、十二方へと展開する。
「アクセルダッシュドライバー!!」
左を軸に回転蹴り。その広い足の平が、敵機の中心軸を捉えたその瞬間――点火。
此度の改修で新たに増設された十二のスラスターが一斉に火を噴く。回転により付加されていた斜め方向へのベクトルが、一斉に垂直方向へと変換された。
分厚い装甲に、無骨な足跡が刻み込まれる。
「馬鹿な!? そんな……ありえない!!」
狼狽える暴漢に、旭は言い放った。
「ありえるんだなこれが!!」
刹那、無防備な背後へ質量が迫る。黒い機体の片割れだ。
「背中がガラ空きなんだよな!!」
ヴィルデザイアと同等の質量による、完全に不意を突いた突進攻撃。本来であればひとたまりもない一撃だ。
しかし、純白の巨人はそれを一顧だにしない。
両足のスラスターから上方向へと一斉放射。擬似的に質量を増大させ、運動エネルギーで嵩増しした突進を受け止める。
「残念だったな!」
跳ね返し、浮いた敵機に光線を叩き込む。
「メテオフラッシュ!!」
「ぐあああ!!」
ゴロゴロと転がり、黒い機体は岸壁へと叩きつけられた。二機の攻防を目に焼き付けた片割れは、遅れながらも理解する。
「そうか、そうやってツイントルネードを……!」
その通り。
ヴィルデザイアはその両足のスラスターを用いて、上昇気流の猛攻に耐えたのだ。
「種が割れれば!」
「どうしたって!?」
遅い来る二機の巨人を相手取り、旭は一歩も
「終わりだ!!」
旭日を構え直し、二機の四肢を切り落とした。
「流石に多いな」
もうどれだけ倒しただろうか。一息ついた旭の戦いは、しかしまだまだ終わらない。
束の間の休息を許さぬかのように、島全体を地響きが襲う。
「なんだ!?」
地鳴りと共に響き渡る轟音。音源である島の中央へ目を向けると、異様な光景が広がっていた。
山が割れ、まろび出る巨人。
ただの巨人ではない。
山よりも大きい、空を覆うほどの威容。
「坊や……おじさんを怒らせちゃったねえ!!」
そのあまりのサイズ差に、旭は固唾を呑み込んだ。
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