第70話 赤の怨念

 暴力的な物量差だった。

 いくら殺してもキリがない。人狼の急所から刀を抜いた旭は、次の獲物目掛けて光線を放つ。

「メテオフラッシュ!」

 焼けただれた腹部に三段銃を押し当て発砲。血を吐いて倒れた人狼を蹴飛ばし、次へ。

「ぐああ!」

 コウガの悲鳴。後ろだ。

「コウガ!」

 振り返ると、カウヘッドが五匹の人狼に囲まれていた。絶え間ない暴行が繰り返される中、旭はその中の一匹に狙いを定める。

 刀を抜き、ワンステップで急接近。無防備な背中から腹部に向けて、鬼の一突き。更に――

「くたばれ!」

 痛みに悶え、苦悶に歪む顔面を後ろから鷲掴む。左のマニピュレーターに出力を集中させ、破砕。恐れ慄いた残りの四匹は散り散りに逃げ出した。

 まだ刀は抜かない。

 ヴィルデザイアの背中を狙う不埒の輩。素早く機体を翻し、人狼を突き刺したままの旭日を力任せに振り上げ、下ろす。

「ウルフハンマーだ!!」

 適当に叫んで気合を入れる。自分と同等の質量を叩き潰された人狼がペシャンコに潰れたのを確認し、コウガに手を伸ばす。

「起きろ。逃げた連中を追うぞ」

 ルディ達が居るのだ。決して逃しはしない。

「わかった」

 三段銃に構え直した旭は、四匹の足を狙い撃つ。足を奪われ、あるいは足元を崩された人狼は、皆一様に前のめりになりゴロゴロ地面を転がった。

 そこへカウヘッドが飛びかかる。

 もみ合いになる巨体と巨体。泥を巻き上げ殴り合う両者。マウントポジションをとったカウヘッドが、その鋭い角を人狼の顔面へ突き刺した。

 断末魔の悲鳴を無視し、次へ。

 無銘の刀を大きく振るい、次々と人狼を斬り伏せていくコウガ。旭も負けじと飛び出した。

「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 遂に人語すら話さなくなった老狼が、満月をバックに飛び上がる。鋭い眼光が尾を引くように奔り、夜闇に銀色の体毛が舞った。

 上から来る相手には下から構えたくなるが、それでは力で負けてしまう。正解は上だ。

 迫る老狼。相手の鼻先を迎え撃つイメージで、旭も刀を振り下ろす。大上段からの一撃。

 直撃、そして――跳ね返す!

「メテオフラッシュ!」

 間髪いれずに攻め立てる。三段銃に構え直し、何度も何度も発砲した。

 立ち込める砂煙。ゲホゲホと咳き込む老狼に、旭は再び斬りかかる。目指すは開いた口の中。

「食らえ!!」

 無防備な口内に逆手で刃を突き入れ、喉の奥を狙う。

「オアアアアアアアア!!」

 負けじと喰らいつく老狼。鋭い牙が装甲を削る。旭は空いた左手で下顎を掴み、刀をひたすらに奥へと押し込んだ。喉奥を乱暴に切り裂くと、赤黒い血がドクドクと湧き上がってくる。

 刹那、旭の視界が反転した。

 声にならない叫びと共に襲いかかる、縦揺れの衝撃。荒ぶる神の激しい怒りが旭を突き上げ、紙くずのように飛ばされたのだ。

 背中から地面に叩きつけられ、嗚咽を漏らす旭。老狼もまた、湧き出す己の血液で何度も噎せ返っていた。

(神様相手にこんなことして、罰当たりにならないかな……?)

 絶え絶えの息を整えながら、旭はそんなことを考える。

 ルディ曰く、神格とは人間の祈りや願いにより生み出され、信仰によってその力を増していく。

 故に旭は思う。全て大本を辿っていけば、巡り巡って人の業だ。勝手に願って勝手に生み出し、疎ましくなったら排除する。

 なんと傲慢なのだろうか。

 だが、それでも。

 旭には守りたいものがあるし、生きていきたい世界がある。それを壊されるわけにはいかない。

「たとえ神を斬ってでも……悪魔を撃ち殺してでも……」

 血を吐く思いで立ち上がる。

「おいおい大丈夫かよ」

 人狼の死骸を放り投げ、コウガが駆け寄ってきた。

「大丈夫。さあ、まだまだ来るよ」

 影から湧き出す異形ども。

 月明かりの照らす大地で、二機はそれぞれ走り出した。



 戦の音を聞きながら、暁火達は洞窟まで辿り着いた。

「上手くやっているようだな……」

 追手の姿はない。一時はどうなるかと思ったが、なんとか遂行できそうだ。暁火はほっと胸をなでおろす。

 このままトラブルなく済めばいいのだが……そうは問屋がおろさない。

 洞窟に一歩足を踏み入れた瞬間、ルディに腕を掴まれた。ぐいと引き戻されてバランスを崩した暁火は、黒衣の魔女に抱きとめられる。後頭部に当たる乳がデカい。

「止まれ。なにか臭う」

 ルディの言葉に真彩がスンスンと鼻を利かせる。少しばかり経って……その正体に気づいたのだろう。震える声で、こう呟く。

「これは……血の臭い?」

 その言葉で、暁火の背筋に怖気が走った。昨日来た時はそんな臭いなんてしなかったはずだ。

 つまり、洞穴の奥から漂うこの臭気は。

「な、なにか、居るって……ことですか?」

 人か獣か、どちらにせよロクなものではない。暁火の疑問にルディが答える。

「わからん。だが……生者せいじゃの気配はないな。ならこれは……魔術的ななにかに付随する現象か……?」

 考え込むルディ。そんな彼女を、真彩が颯爽と追い抜いていく。

「どっちにしたって、見てみなきゃわかんないでしょ」

「そ、そうですね……」

 すっかり臆病風に吹かれていた暁火だが、彼女のおかげで踏ん切りがついた。懐中電灯の光を追って進み出すと、背後の気配も歩き出す。

「……フン」

 進軍再開。暗く狭い洞穴の、奥へ奥へと進んでいく。そんなに大きな穴ではなかったはずなのだが、果てしなく長い道のりに感じる。

 道すがら、先頭を進む真彩が言った。

「臭いにムラがない……ずっと同じ臭いがする」

 確かにそうだ。歩いているなら、臭いの元に近づくなり遠ざかるなりするだろう。そうであれば、濃さは変わって然るべき。

 この不可思議な現象を、ルディはこのように分析する。

「この洞窟で行われたなんらかの儀式……十中八九、大口真神おおくちのまかみの封印だろうが……そこで流された数多の血が、老狼の活性化によって痕跡や供物から滲み出ているんだろう」

「つまり、そういう呪いみたいなものってことですか?」

 暁火の言葉にルディは頷く。

「呪い……まあ、そうだな。この現象を厳密に定義できる単語はないが、一番近いのは確かに呪いの類だろう」

 まだまだわからないことだらけだ。

「難しいことわかんなーい」

 茶化すように言った真彩に、ルディは白い目を向ける。

「無知を装うのはやめろ」

 背中に刺さった視線に何かを感じたらしい。

「……へいへい」

 真彩は珍しく素直に頷いた。

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