第67話 下心

 波乱の昼食が終わり、無事に部屋に戻ることができた。

 窓の外の景色は変わらず、なにもできない時間が続く。

「いっそ夜まで降り続けてくれればな……」

 ルディ曰く、満月の夜でも月が出ていなければ問題はないらしい。

「あ、予報が変わった。明後日まで曇りだって」

 真彩が告げた朗報を、しかしルディは否定する。

「だが、今は月と老狼が互いに惹き寄せ合っている危険な状態だ。満月の日取りが早まっているほどだからな。多少の因果は捻じ曲げてくると思った方がいい」

 心当たりはあった。旭は昨夜のことを思い出し、考察を述べる。

「昨日の夜だけ晴れてたのも、そういうことだったんですかね?」

 ルディは首肯した。窓の外から視線を戻し、苦々しげに言う。

「恐らくはな。天候が不安定なのも、無理な因果改変から来る反動だろう。迷惑な話だ」

 そもそも、最初の予報では昨日一日雨が降り続き、日付が変わるあたりからしばらく晴れるはずだった。

「神様って、天気まで変えちゃうんだ……」

 呟く暁火。これから挑む相手のスケールに戦慄しているのだろう。その背中は、小さく震えていた。

「大丈夫。僕が必ずなんとかするから」

 怯えるようなことではない。暁火の肩を掴んで、まっすぐに言い聞かせる。

「旭……。うん、頑張ってね」

 旭の手を取り、彼女は小さく頷いた。触れ合う手から、伝わる温もり。暑い夏であっても、それは心地よいものだ。

 そんな励まし合う姉弟の姿を見て、真彩がなにやら呟いた。

「すっかりかっこよくなっちゃったな……」

 雨音に紛れて、よく聞こえない。

「どうしました?」

「いや、なんでも」

 それから彼女はスマホをいじり、意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「やることないし暇でしょ。心理テストやってみない?」

 小学生の頃、よく暁火やクラスの女子に出題されていたのを思い出す。どうせ暇だし、久々にやってみるのも悪くない。

「いいですね」

「懐かしいなあ。やりましょっか」

 旭と暁火が頷く。

「勝手にしろ」

 ルディは相変わらずの塩対応だった。一度咳払いした真彩は、意気揚々と問題を読み上げる。

「さて第一問。あなたは宝くじに当選しました。さて、いくら当たったでしょうか?」

 これまた随分と大雑把な問題だ。年末のどデカいものなのか、あるいは三○○円のスクラッチなのかすらハッキリしない。

「あたしは五○○万にしとこうかな」

「私は三○○円」

 そこそこいい当たりの真彩と、現実的な暁火。少しばかり考えた結果、夢はでっかく持つことにした。

「じゃあ僕は二億円で」

「おお、攻めるねえ」

 感心する真彩。そして、当たり前のように答えないルディ。

「ルディさんはどうですか?」

 暁火に答えを催促され、渋々ながらもようやく応える。

「五兆」

 一等よりも遥かに高い。海外のものはキャリーオーバーでスケールが大きくなると聞いたことがあるのだが、それでも兆には乗らない気がする。

 とにかく答えが出揃った。結果を見るべくページをスクロールさせる真彩。そんな彼女がほんの一瞬だけ硬直したのを、旭は見逃さなかった。

 嫌な予感がする。

「……結果、言うね」

 再び咳払いしてみせた真彩は、勢いのままにこう言った。

「当選金額の多さは性欲の強さを示しています。大きい数字を答えた人ほど性欲が強いことになるでしょう」

 一番大人しい数字を答えた暁火が、彼女の七十万倍近い数値を誇る旭に白い目を向ける。

「……旭のエッチ」

「あ、あはは、はは……」

 まったく否定できない。旭は苦笑しなんとか誤魔化す。

 が、恐ろしいことに旭の二億では足元にも及ばない存在が居た。

 その名も、ラムルーデ・ガリア・ドラクリア・マジータ・グドラク――貫禄の五兆である。

「……」

 文字通りの桁違い。あまりにもあんまりな数字に、茶化すこともできず沈黙する旭と暁火。そして追求を避けるためか、ガン無視を貫くルディ。それぞれの思惑が渦巻く中、ボソリと呟く者が居た。

「性欲五兆の女……性欲伍長……なんちゃって」

 真彩だ。

「よこせ!」

 寒いダジャレがよほど頭に来たのか、ルディは彼女からスマホを取り上げた。それから中身を確認し、くだらんとばかりに放り投げる。

「あっ、ちょっとそれあたしの!!」

 放物線を描き、落下するスマホ。

「おっと」

 なんとかキャッチした旭はページ名を確認。『ちょっとエッチな心理テスト』だそうだ。次いで、スクロールして項目を確認。ふむふむ。

「ルディさん、スマホの充電が残り何パーセントになったら充電しますか?」

「1000%だ」

 百分率すら超越した投げやりな答え。そんなバッテリー残量は1000%ありえない。

 因みにこの問題の結果は、『恋人と週に何回エッチしたいか』だった。



 真彩によってエロ女の烙印を押されたルディだったが、堪忍袋の緒が切れたのか遂に「その板切れを破壊するぞ」と実力行使をもって脅迫。なんとか有耶無耶にすることに成功した。ちょっとエッチな心理テストは永久に封印されることとなる。

 旭のスマホで同じサイトをブックマークしたのは絶対に秘密だ。

 ババ抜きをしながら、旭は訊ねる。

「ルディさん、鯛焼きは頭と尻尾どっちから食べますか? それとも別の場所からですか?」

「さっきからなんだ……お前、心理戦のつもりか?」

 ルディは訝しんだ。しかし旭は勢いで押し通す。ある意味心理戦ではあった。

「いいから答えてくださいよ」

 いつにない気迫に気圧されて、若干引きつつも答えるルディ。

「……頭だ。それ以外ないだろ」

 すると真彩が異を唱えた。

「え、お腹からでしょ。ねえ暁火ちゃん?」

「いや普通に頭から食べますけど……」

 因みに結果はというと、頭から食べる人はエッチの時に沢山キスをしたい人なのだそうだ。見事に先日の夢と一致する結果で、旭はめまいに襲われる。

 これは危険だ。しばらく……とりあえず、旅行中は封印しておこう。

「おい、なんでもいいから早く引け」

 そういえば手番だった。旭が慌てて一枚引くと、ルディはそれを鼻で笑う。案の定、ジョーカーだ。

 これは負ける流れだと悟った旭は、特に逆転の目もなくそのまま敗北。罰ゲームで二時間たっぷり幼児プレイをさせられた。

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